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人の目を惹きつけて離さない。雪下まゆさんの装丁が写しだす物語たち

ふと訪れた本屋で店内を見渡していると、自然と目が惹きつけられる、印象的な装丁そうていに出会うことがあります。

色鮮やかな色彩で描かれているもの、タイトルが一際目立つように配置されているもの、かわいらしいイラストがデザインされているもの。

そんな多種多様な装丁がたくさん並ぶ本棚で、一見リアルに映るのに、どこかフィクションに生きる登場人物の内心を浮き彫りにしているような、不思議なイラスト。

小説の装丁だけでなく、広告やファッションなど、さまざまなアートワークを手がける作家・雪下まゆさんが描く装丁を、誰もが一度は目にしたことがあるはずです。

この記事では、そんな雪下まゆさんが手がけた装丁によって彩られた、人間が奥底に抱える光と影を映しだす小説たちをご紹介します。


六人の嘘つきな大学生/浅倉秋成

最初に紹介するのは、2022年の本屋大賞候補作にも選ばれた、浅倉秋成さんの長編ミステリ『六人の嘘つきな大学生』

瞬く間に世間の羨望を集めたベンチャー企業の最終選考に残った6人の就活生が、内定を賭けた最後の議論の場で、嘘と欺瞞に巻きこまれてく様が描かれます。

成長著しいIT企業「スピラリンクス」が満を辞して募集を開始した、新卒採用の狭き門を潜るべく、数々の選考を乗りこえて残った6人の就活生たち。

彼らは、最後の課題であるグループディスカッションに向けて交流を深めていきます。

誰もが自らの能力を遺憾なく発揮し、チームとして一つになりかけていた6人でしたが、本番直前に「6人の中から1人だけを採用する」という非情な決定が通達されます。

打って変わってライバル同士になった彼らは、戸惑いながらも冷静に議論を交わしていきますが、ひとつの謎の封筒が契機となり、それぞれの罪と嘘が明らかになっていきます。

「自分から見えているもの」をその人の全てだと錯覚して、事実も言葉も人格も、何もかもをわかりきったかのように振る舞ってしまうこと。誰もが心当たりがあるのではないでしょうか。

雪下まゆさんの手によって描かれる、装丁の登場人物たちが抱える罪と嘘を知ったとき、どれほど人が人を表面的にしか見られていないかを突きつけられます。

また、2024年9月には実写映画化が発表されている作品でもあるので、映画が放映される前に、ぜひ原作も読んでみてください。

レモンと殺人鬼/くわがきあゆ

女性の顔のまわりを輪切りのレモンが埋め尽くす、衝撃的なイラストが話題となった『レモンと殺人鬼』は、くわがきあゆさんによる長編ミステリです。

憂鬱な日々を送っていた主人公の女性が、同じように質素な生活をしていた妹が殺されたことで浮上したとある疑惑を晴らすため、過去から続く謎に迫っていきます。

冒頭で彼女は、保険金殺人の黒い噂が立ち込めていた妹への追及が自身にも及び始めたことから、妹の潔白を晴らすために行動を開始しました。

しかし、関係する人物たちの過去を探るうちに、さまざまな憶測を呼ぶ事実が浮上して、事態は思いも寄らない方向へと転がっていきます。

自虐的な思考が張り付いている、主人公の目から見る世界

それは、彼女が発する言葉や心の奥底で煮えたぎる想いを代弁するように、何もかもが敵意を持って追い詰めてくるような圧迫感を抱かせます。

あらぬ噂に踊らされる無責任な人々のように、物語の行く末を他人事のように眺めている読者がいたのならば。

きっと読み進めていくうちに、一瞬で事件の輪の中に放りこまれた気分になるはずです。

傲慢と善良/辻村深月

次に紹介するのは、累計100万部を超えるベストセラーとなった、辻村深月さんの長編恋愛ミステリ『傲慢と善良』

結婚式を目前に控えていたなか、突然、姿を消した婚約者のゆくえを探す渦中で浮かびあがる現代社会の生きづらさを描く話題作です。

今年、実写映画化することも発表されており、映画のティザービジュアルも雪下まゆさんによって書き下ろされたイラストが使用されています。

主人公の男性・架は40代が間近に迫るなか、婚活中に出会った女性・真実と交際を経て、結婚を決意しますが、彼女は結婚式を前にして、忽然と姿を消してしまいました。

真実の消息をつかむため、彼女が東京に来るまで過ごした場所や面識のある人々を訪ねるなか、架は彼女が今まで見せることのなかった過去を知ることになります。

物語を読み進めていけばいくほど、自分のなかに確かに存在する、善良さで取り繕った傲慢さを実感させられる本作。

登場人物たちの心に溢れた言葉に共感できなくても、抑えようのない胸騒ぎがするのは、どこかに思い当たる節があるからかもしれません。

あまりにも鋭く突きささる登場人物たちの沈痛な叫びを、最後まで耳を塞ぐことなく見届けてみてください。

同志少女よ敵を撃て/逢坂冬馬

最後に紹介するのは、ライフルを手にする少女のまっすぐな瞳に惹きつけられる、逢坂冬馬さん『同志少女よ、敵を撃て』です。

第二次世界大戦の最中、ソ連の狙撃兵として戦場を駆け回った少女たちの生き様を描く本作は、2022年の本屋大賞にも選ばれました。

ドイツ軍に襲われた故郷の村で全てを失った主人公の少女が、駆けつけた女性兵士によって、女性狙撃兵を養成する訓練学校に連れていかれるところから物語は始まります。

同じように家族や親しい人々を失った少女が集うその学校で、彼女たちは銃の撃ち方から戦場での極意に至るまで、狙撃兵として生き抜くための知識と技術を叩き込まれるのです。

そして、晴れて学校を卒業した彼女たちが送り込まれたのは、第二次世界大戦の独ソ戦において最激戦区となったスターリングラードの攻防戦でした。

史実に沿って忠実に描かれる戦況の中で、彼女たちは仲間の死を見届け、敵兵の命を自らの手で奪い、戦争によって引き起こされる「死」に慣らされていきます。

獣を打つことに抵抗を抱いていた少女が、命乞いをする敵を無慈悲に撃ち抜いていく。引き金を引くことを躊躇っていた少女が、殺した敵の人数を「スコア」として誇る。

読者は歴史の中でしか知る由もない、怒り、憎しみ、悲哀、興奮にまみれた戦場を主人公とともに追体験しながら、戦争が生み出す悲劇を目の当たりにします。

しかし、この作品で命からがらに戦場を駆け回る彼女たちは、決してフィクションによって生まれた人物などではなくて、史実の中で確かに生きた女性狙撃兵たちの姿に他なりません。

女性狙撃兵たちが「敵」と見做したのは誰だったのか。
主人公の勇姿を、最後まで見届けてほしいです。

惹きつけられた装丁を手にとって

いかがだったでしょうか。

小説そのものの魅力はもちろんですが、雪下まゆさんが描く装丁は、作品を読まないと浮かんでこない登場人物たちの一面を、表情とともに表してくれているような気がします。

著者やタイトル、物語のあらすじで読む本を決めている人が多いと思いますが、一度、お気に入りの装丁を見つけて手にとってみてください。

もしかしたら、これまで出会うことのできなかった、好みの小説に出会うチャンスかもしれません。

〈文=ばやし(@kwhrbys_sk)

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