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【小説】閉じ込められた緋

某有名大学に通う私は先週、
所謂一流と呼ばれる企業から内定を取った。

そして今は一人、純白のワンピースに身を包み
高級レストランのある高層ビルの
エントランスを抜けている。

外に出ると冷えた夜風が心地良い。
コツ、コツ、と器用にキャッチを躱し
家までの航路を進める。まるで私の人生みたいに。


順風満帆。一言で表せばそうなるだろう。

私は幼い頃から勉強にせよ実技にせよ
その才に事欠いたことがない。寧ろ過多と言える。

「塾は大丈夫?」「習い事をしてみたら?」

両親の声が私の心に届くことはとうとう無かった。
大学に入り上京すると物理的にも届かなくなる。
たまのメールや電話のやり取りくらいか。

才があれば疎まれると何かの本で
読んだことがあった。だから私は器用に器用に。

悪目立ちしないよう最低限の関わりだけをもち、
キャッチを避けるように誰の心にも
残らないようにした。

同じくそれも両親は心配したが、
特に何も起こることは無く、
大学に1度入ってしまえばその点更に楽だった。

そんな私もこの春卒業し、社会に出る。
今だって有利になるか情報を仕入れに来たのだ。
後は期間を潰すだけ。

順風満帆。そう、半永久的な安寧。


ところで私は最近泣くことを覚えた。

いつまでも続く安心が
どこまでも私を不安にさせるのだ。

今になって何を、と自分でも思う。
しかしこうなると何かが溢れ出て止まらない。

こんな時でさえ器用に器用に。
誰にも不審がられない場所を見つけている自分に
嫌気がさしていた。

私が一人暮らすマンションの近くの河原は
この時間誰も通らない。絶好の場所だった。

一頻り泣いて今日も帰ろう。
そう思うと、いつもは無い人影が見えた。

気付かれないような位置まで歩こうと思ったが、
既に声は届いてしまっていたようだ。
近づいてくる。

「すいません、あのっ、大丈夫ですか?」

暗くてよく見えなかったが、男。
声の感じからして優しいと言われるタイプか。
歳は私と同じくらいだろう。

「…すんっ、えぇ、大丈夫です。ありがとう。」

特に何かされそうもない。
あと少し歩けば家だ。適当に遇って
何をしていたか分からないが戻ってもらおう。

「でも泣いてますし…あ、そうだこれ…
はダメか、これも…あー、今ないか…?」

いつの間にか掴まれていた手を離し
何かを探しているようだ。
っていうかこれ…。

「あなた、絵を描いていたの?」

「えっ、あ、そうですけど
なんで分かったんですか?」

「これよ。」

何色かは分からないが感触には覚えがある。
中学校の美術以来か。手にべっとりと絵の具。

「あっ!すみません、なんか、
声が聞こえたんですぐ行かなきゃって思って…。
いや、本当すみません!」

「いえ、洗って落ちるタイプのものでしたら、
大丈夫ですよ。」

「すいません、ほんと…今あの、
ハンカチの代わりになるの探したんですけど
全部汚れちゃってて…。」

それを探していたのか。
それよりも何かこの人は…。

「いえ、もう、大丈夫ですよ。
ところで、こんな時間に絵を?」

「あっ、もう流石に暗いんでそろそろ今日は
寝ようかと思ってたんですけど…。」

「寝る…ホー、いえ、一人旅とかされてるの?」

先週ここに来た時には確かに居なかったはずだ。

「あー、実はそうなんです。私中学卒業してから
高校行かないで絵ばっか描いて色んなとこ
回ってるんです。

昼間にその地元に住んでる人と仲良くなったら
1晩泊めてもらうとかしてるんですけど、
今日は上手くいかなかったので、ここで。」

「なるほどね。あー…。」

やっぱり、何かこの人には惹かれる。
それに明日は1日することもない。
セキュリティも大丈夫な筈だし…。

「だったら、一晩だけ私の家に来ますか?」

「えっ、いいんですか!?
ほんと嬉しいです!この時期流石に冷えるんで。」

「じゃあ、すぐそこだから。
持ってくものとか揃えて来て下さい。」

「はい!ありがとうございます!」


ミニマリストさながらの
最低限のものしかない白い部屋に
明らかに浮いている汚いバックパック。

災害用の即席のカレーライスを頬張る彼。
少し離れて私は一夜限りの変化に興味津々だった。
そしてそれは、私の心も含めて。

どうして彼に惹かれてしまったのかが、気になる。
明るみに出た彼の姿はとても汚れていて、
それが美しいと思わせた。

身長は170ある私より少し小さいくらい。
肩幅とかも私くらいで華奢なのに、
何か見えない大きさを感じた。

矛盾ばっかりだ。でも、それが楽しい。
楽しいのか。何時ぶりだろう。いや初めてかも。

「中身気になります?
あ、こっちの画材の方ですか?」

いつの間にか食器は真っ白だ。
魅入っていたのがバレていたとしたら恥ずかしい。
でも、そうだろう。

「ええ、両方とも。」

「折角だしちょっと散らかりますけど、
中身全部出してもいいですか?
ほら、あの怪しいものとか入ってるかも。」

しゅしゅっと、平らに重ねた両手の上の方だけを
スライドさせる。手裏剣って。
もう危なくないのは分かっているのに。

「そうね。見せてくれる?」

「じゃあまず、これが…


テント。懐中電灯。寝袋。缶切り。乾パン。
ラジオ。ソーラー式充電器。etc…

30分くらいかけて見事に
私の部屋を散らかしてくれた。
でも、まだまだ話し足りないって顔だ。

「じゃあ次は画材!こっちは俺の自慢のセット!
好きな色…あ、そうだ、名前。」

あっ、とこちらを見る。そうだ、名前。

「緋心っていうの。あなたは?」

「ひみちゃんか!あ、俺は真白。
ひみちゃんは何色が好きとかある?」

何色が好き…。小学生みたいな質問だ。
面接練習では1度も聞かれたことがなかった。
簡単なのに、難しい。

「んー、じゃあとりあえず全部見せようか!
どのみち全部見せるし。」

そういうと小さなカンバスや絵筆、
全部汚れてる布巾とかはさておいて
横に長い絵の具ケースを出した。

パカッ、と宝物を見せるような雰囲気で
私に中身を見せた。

「これが俺がいつも使ってるやつで、
例えばおんなじ青でもスカイブルーとか、
ウルトラマリンとかコバルトブルーとか…

ひみちゃん、それ、パーマネントスカーレット
って言うんだ。綺麗で燃えるみたいでしょ?」

開けた途端にその色が私の心を掴んでいたことに、
完全に気づかれていたようだ。
パーマネントスカーレット、って言うんだ。

「その色はさ、なんかこう…
舞台で1番目立つ色!って感じでさ、
ぼおぉって情熱みたいなものがさ、伝わるんだ。」

身振り手振りで楽しそうに話す。
舞台…情熱…。

「ひみの『ひ』ってもしかして緋色のひ?」

「え、そうだけど、なんでわかったの?」

「なんかさ、いやさっきそこであった時にさ。
泣いてるの聞いた時に、なんか凄いなって思って。

なんて言うか、心が叫んでる感じ?がして。
そのなんて言うんだっけ、あれ、ワンピースだ。
その色とちょうど真反対な感じだった。」

「真反対?」

「なんか、閉じ込められたくない!って感じ。
あ、そうだ。言いたくなければいいんだけど、
そういえばなんで泣いてたの?」

心が叫んでる…閉じ込められたくない…。

「実はね、私…


「あー、そっかそっか。なんか、
上手く行き過ぎてて上手くいってない?
なんかおかしいけど、そういうことか。」

「…うん、そう。」

話してる最中に2回もまた泣いてしまった。
でも、さっき真白くんが言っていたことが
だんだん、本当の意味でわかってきた。

「まあ、今からならまだまだ何でもできるよ。
っていうか俺と同い年だったんだな。
外ほっつき歩ってる奴もいるし大丈夫だよ。」

ニッと笑う。

「うん、ありがとう。」

時計を見ると1時を過ぎていた。
視線に気付くか真白くんが、

「あ、そっかごめん邪魔しといて。
緋心ちゃんっていつももう寝てる?」

「うん、そろそろ寝ようかな。
私ここで寝るから、真白くん
ベッド使っていいよ。」

「いや、あ、電気はいつも付けて寝てる?」

「ん、うん。付けて寝てるけど。」

「そ、そっか。俺じゃあ今日は夜でも明るいし、
折角だからちょっとだけ絵描かせてもらうわ。
だから気遣わなくて大丈夫。」

「そっか。じゃあ、先に私は寝るね。」

「うん。おやすみ。」

「おやすみなさい。」

そういえば夜に何かされるとかあるのかな。
大学構内でそういう話聞いたこともあるけど…

あ、でもあの目はカンバスしか向いてない。
大丈夫か。
なんかさっき耳が赤くなった気がしたけど。

そういえば明日は真白くん行っちゃうのかな…。


久しぶりに何の夢も見ずに目が覚めた。
え、誰こ…あ、そうだった。

真白くん、何描いたんだろう。
ちょっとだけ覗いてもいいかな。
踏んづけないように遠くから見よう。

…。

赤い。ただそれだけじゃなく、情熱、みたいな。
舞台の上で、純白のワンピースを
燃やして、燃やして。

肩から指先は器用に、蝶のように、優雅に伸ばす。
なのに何故か全体の体の動きはばらばらだ。
とても、汚い。のに美しい。

「んぐぁ…、あ、ひみちゃん、ぉぁよう。
あ、みた?それさ、あげるよ。」

「えっ、あっ、おはよう。ごめん勝手に…
っていうか、くれるって?」

「あ、そうか、いってなかったっけ。
俺さ、一晩お世話になった人の雰囲気を
絵で描いて、お礼に渡してるの。

もちろん嫌だったら持って帰るけど…。どう?」

「これ…私?」

もぞもぞと寝袋から出て、足を組み直す。

「うん。俺にはそう見えた。
それに色々話してくれたじゃん。
緋心ちゃんは本当はそうしたいんじゃないかって。

あ、踊りたいって思ってるかはわかんないけど、
舞台って俺言ってたじゃん。イメージ的にね。
心を止めないで、動いてる感じ。」

どの言葉も全然私を表していないのに、
酷く正確に私を表した。

「真白くん。私、こうなれるかな。」

「なれるよ。緋心ちゃんなら。」

ぐうぅ〜。

「ありがとう、真白くん。
私この絵大切にするね。」

「気に入ってくれてよかっ

ぐうぅ〜。

「ごめん、朝も…。」

「あはは、全然止まんないね。
いいよ、朝もレトルトだけど、いい?」

「ありがとう!」


そうして、真白くんは約束通り
一晩で去っていった。1枚のカンバスを残して。

私はと言うと春が過ぎても
社会人にはならなかった。
内定は見事に、無視。企業さんすいません。

あの日から一週間も経たないうちに、
久しぶりに両親にかけた電話では開口一番

「私、バックパッカーになりたいの。」

とこれまでにないほど奔放な内容を告げた。
しかし思っていたのとはおよそ程遠い反応で、
緋心のしたい通りにしてみなさいと一言だけ。

テント。懐中電灯。寝袋。缶切り。乾パン。
ラジオ。ソーラーパネル。etc…

私は大きな荷物を背負って、
今は各地で色々な人に触れている。

とはいえ、そうそう上手くいくわけなんかない。
両親の心配は的中した。でもそれでも良い。

不安になってしまう夜は泣く代わりに、
パーマネントスカーレットの、
心の私から元気を貰うのだ。

心の私を振り向かせられるのは、
何にも染まっていない純白な私では無理。
苛烈なまでに燃える情熱を備えた私でなければ。

ところで、私は最近笑うことを覚えた。
カンバスがこれからの航路を問う。

貴方には、その覚悟がおあり?

カンバスの問いかけに私は、
不器用に、不器用に、
ニッと笑みを見せた。


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おはようございます、こんにちは、こんばんは。
又ははじめまして!えぴさんです。

今回は青紗蘭さんの
こちらの企画に参加させて頂きました!

詩に沿って感じ取ったことを形にしていくのは
初めての事でしたが、
楽しんで書かせていただきました!

(ちなみに個人的な話をすると
今回がこの方とはじめましてとなります。
コメントとかもしたことがありません。

誰じゃ貴様はヽ( ・∀・)ノ┌┛ガッΣ(ノ* )ノ
となる可能性も否めません。
が、きっと大丈夫でしょう。)

兎にも角にも!今回のショートショートを
あなたに楽しんでいただければ幸いです。

といったところであとがき(?)はこの辺に。

面白かったよ!楽しかったよ!等ありましたら
スキやフォロー、コメント、サポートなど
頂ければとても嬉しいです!励みになります。

それではまたお会いしましょう。
以上えぴさんでした!

創作の原動力になります。 何か私の作品に心動かされるものがございましたら、宜しくお願いします。