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「この歌を君のために歌うこと」(仮)

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書きながら考える試み。最終回で本当のタイトルを見つけることが希望。
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「この歌を君のために歌うこと」(仮)⑥

 その当時、僕の音楽生活の中心はもう真理子さんとのDUOになっていたけど、まだサークルでの活動も続けていた。スタンダードを中心に演奏したり、アレンジにチャレンジするのは刺激的だったし、特に同級生の代は馬の合う友人も多くて、音楽の話やその他のいわゆる大学生がするようなやんちゃも楽しんでいた。さて、8月に入ったら2回目の夏合宿だ。真理子さん達4年生の代は就活優先といった理由で最終日の前日から参加するの

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「この歌を君のために歌うこと」(仮)⑤

 僕らの初めてのライブ、バレンタインライブは友人とお店の常連さんでありがたいことにほぼ満席になった。といってもキャパは20席程度なので集客をそんなに苦労した訳でもなかった。僕らのオリジナルはこの時点では10曲にも満たなかったので、1stではスタンダードのカバーを、2ndでオリジナルを中心に演奏した。感想は好意的なものが多かったがオリジナルは取っつきづらい、スタンダードは文句ない、みたいな傾向だった

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「この歌を君のために歌うこと」(仮)④

 僕らは初めスタジオに入ってレパートリーを増やしていったのだけど、知り合いずてに紹介されて初めてデュオでライブをやった東中野のジャズライブハウスのマスターが僕らの音楽を気に入ってくれて、営業時間外の昼間を僕らに無償で提供してくれたのは本当にありがたかった。

 マスターは白髪の混じった髭が特徴で、初め、ちょっと気難しい感じを受けるが、とても面倒見が良くて、何人かの有名ミュージシャンがこのライブハウ

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「この歌を君のために歌うこと」(仮)③

 真理子さんの住んでいる家は二子玉川の河川敷に歩いてすぐに行けるところに建っているよくあるタイプの低層マンションだった。1LDKの室内は綺麗に整頓されていて、あまりものがないのだけど、玄関付近の花瓶に活けてあるコスモスの微かな香りが部屋に少しだけ華やかさを添えていた。真理子さんは紅茶をいれてくれて、しばらく他愛のない会話をした。

 「さてと、ちょっと待ってくれる?」そう言って部屋の隅にあるキーボ

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「この歌を君のために歌うこと」(仮)②

 夏休みに入ってすぐの8月第一週に恒例のサークルの夏合宿がある。約一週間程、長野のスキー場にある宿泊施設に滞在して固定バンドや合宿だけの特別編成のバンドが練習を続ける。最終日の前日には各バンドの演奏発表があるのだが、そこではバンドの優劣ではなく、最優秀演奏者をそれぞれのパート(楽器)毎に全員投票で決定する。そして最優秀者に選ばれた奏者は自分と共演する演奏者を指名することができ、翌日の午前中の演奏会

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「この歌を君のために歌うこと」(仮)①

「この歌を君のために歌うこと」(仮)①

 本番15分前。この時間が本当に苦手だ。いつも逃げ出したくなる。でも今日はいつもと違う。あの歌を初めて披露するんだ。あの人に届くように歌いたいと思うと少しだけ勇気が出る。そう今日はこの歌をあの人のために歌えば良いんだ。

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 真理子さんと出会ったのは大学のジャズサークルの新入生歓迎ライブの時だった。僕が入部したのは学内では硬派と言われていたサークルで、先輩達は普段はとても気さくな優しい人達

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