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【美術展】皇室のみやび 第3期(前期):近世の御所を飾った品々 2/4@皇居三の丸尚蔵館

「源氏物語図屏風」1双(そう)の右隻(うせき)の題材の一つが「蜻蛉(かげろう)」だが、描かれているお姫様(女一宮(おんないちのみや))は源氏物語上、あまり登場しない。
そもそも「蜻蛉」が結構暗い内容であり、女一宮もそれほど印象に残る人物でもない。なぜにこの帖を取り上げて画にしたのか絵師に聞いてみたいわ。注文主からの依頼なのかなぁ。

「女一宮」。令和の現代だと春から日赤で働いている「愛子さま」。

この「女一宮」を垣間見ているのが光源氏の息子・薫(27歳)。

「源氏物語図屏風」伝 狩野永徳 桃山時代(16~17世紀)(右隻(うせき))

殿上人のようするに「覗き」の画にはいつもその背中に「可笑しみ」を感じてしまう。この時代、覗きでもしないと家族でもない女性を「見る」なんてほぼ無い。
薫は正しくは源氏の子ではなく、源氏の友人の息子・柏木と自分の正妻・女三宮との間の不義の子。

覗き見といえば、その状況を上手く表現した屏風があった。

「糸桜図簾屏風(いとざくらずすだれびょうぶ)」狩野常信 江戸時代(17世紀)

屏風の茶色い部分が「簾(すだれ)」になっていて、簾を通して奥にある画が透かし見える。簾にもうまい具合に絵(糸桜)が描かれている。

簾の奥に、お姫様がいるの見えます?
こらちも別のお姫様。顔の部分に丁度、糸桜(枝垂桜(しだれざくら))の花が掛かっていて、はっきり「御尊顔」を拝せないのが奥ゆかしい( *´艸`)

これは江戸時代の作品だが、昔は高貴な女人ほど文字通り「深い窓」の奥にいて、顔なんてまもとに見ることなんて結婚でもしない限り無理だった。
だから、「光る君へ」を見る度に、『いや、そんな顔全部さらして廊下の端と端でばったり男性と邂逅』なんてあり得んだろう、とつぶやきつつ、あのような場面でもないとドラマ的に絵にならないしね、と時代とかけ離れた部分を楽しんではいる。

展示室1の「源氏物語図屏風」


丁度、大野晋と丸谷才一による「光る源氏の物語」を読み終わっていた。きらびやかな屏風を前に、この本の一節を思い出した。

大野 『紫式部日記』の後半部に至ると、紫式部は本当に孤独になり、三十代の半ばの孤独な女性が機嫌が悪くて、することなすこと不愉快で、ほんとうに厳しくて激しくなるさまが表されている。『紫式部日記』の文章は、読むうちに身が切られるような、激しい波濤にぶち当たるようなものなんです。そこでぼくが読み取ることは、この女の人は頭が構築的であって、神経が非常に強くて、しかも大変こまやかな優しいことがわかる人だということ。それがとんでもない不幸な状態、女にとって不測な状態に追い込まれたということです。そのときの文章なんです。単に夫が死んだからの不幸などというものじゃない。

「光る源氏の物語 上」大野晋、丸谷才一

紫式部自身の生涯は、決してきらびやかな恵まれた人生ではなかっただろう。

色々な外国語に翻訳された上に、何度も何度も絵の題材になり、その絵が人を引き付けている、この状況を作者・紫式部に伝えられるものなら伝えてあげたい。
「光る君へ」で何度も出てくる主人公・まひろ(紫式部)のセリフ、
『私は私らしく、自分が生まれてきた意味を探してまいります』
を聞く度に、
「あなたが生まれてきた意味あり過ぎるよ。あなた、世界中で読まれるすばらしい長編小説を書くのよ」
と心の中で思う。

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