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2019年、7回台湾に渡航した、何者でもない私に会いたくて。

タイトル通り、2019年、7回台湾に渡航した。なぜそこまで台湾に行ったのかはよくわからない。
いや、挙げればあるのだ。魅力が。

・ごはんがおいしい
・温暖な気候
・温和な人々
・近い
・LCCのおかげで渡航費が安くすむ
・シミを焼ける(しかもお安い!)

でも、結局ひとことでまとめると?と言われると
何者でもなくなるから
なんだなとこの1年行ってみて結論づけている。

何者かになりたい人が多い時代に何者でもなくなりたいと思う

なぜなのか。何者かになりたいはずなのに、何物でもなくなりたいと思ってしまう。
何者、はすごく身辺的にいうと、なんだかんだでみんな何者であるから、なのかもしれない。

私の場合の役割は、下記。
・個人
・妻
・母
・会社員
これだけでも4つある。

それぞれの役割は期待役割が異なり、ミッションも異なる。それぞれの役割の中での細かなミッションや進捗も異なり、それを当然だけど、同時並行で進行していかねばならない。
人生というプロジェクトを進めているので、基本的には待ったなし。

いつの間にかそんな役割を演じ続けていることにつかれることもある。
無意識に疲れている、んだと思う。

その解決策がたまたま旅だった、というわけ。

個人の役割も外れて、知らない人だらけの場所に行き、言葉も通じない世界。本当にひとり。純粋に生活として自分が何を選び取るのか。それに集中できる。
誰かと旅をしていても、あくまで日本人という枠組みくらいで、現地のしきたりにもちろん従いながらも、その中で本当に純粋にそれぞれの欲求に向き合うことができる。
恥も外聞もいつもの数割減くらいになっている中で受け取る様々な出来事はいつもよりももっと繊細に、まっすぐ受け取ることができる。感動や感情の手触り感というか、すごくすごく純粋でいられる。
この純粋なまっさらの自分に会いに行きたい、という欲求が旅に出る由来なのかもしれない。

その中で近くて手軽なので、まっさらな自分に出会いたい欲求が簡単に叶う。だから私は台湾に行くんだと思う。

母であるわたしを手放して


プロフィールにも書いているけれど、我が家には1人、手のかかるむすこがいる。”手のかかる”とオブラートに包んでいるけれど、いわゆる支援のいる、先天性の疾患を持つこども、である。
強がりでもなんでもなくて、わたしにはむすこ1人しかいないので、きっといわゆる一般家庭からすると、”手のかかる”むすこなんだろうなーくらいで過ごしている。一緒にも旅に出るし、たくさんいろんなところに一緒に行っている。
”●●くんのママ”として、保育園や、教室、役所、病院、冷静に考えると超難易度の高いテトリスを毎日しているんだな、と思うのだけど、常々役割を全うしているし、闘いが必要な時は闘う。なんというか、まぁその場対応で生きてる感じ。なので、振り返れば大変だけど、その時は必死すぎてよくわかんない。

誰も知らない、言葉もよくわからない場所にいくと、無意識に気にしている”申し訳なさ”がなくなる。助けてくれる人に純粋な感謝でいられる。生きづらさなのか、なんだかよくわからないけれど、常々感謝と謝罪がセットになっている。そうしなければならないかのように。”ありがとう”と”すみません”は必ずセットになっている日々から解放される。”ありがとう”だけになる。

私一人で渡航すると、それこそ、母である肩書もなくなる。
単純に”わたし”ひとり。この”わたし”の時間を取り戻すこと、定期的に”わたし”の時間を積極的に作ることは”わたし”に栄養を入れる時間なんだと思う。

それこそ矛盾してるけど、はやくむすこに会いたいなーって思うし、一度自分が自分ですべて決めれる時間があるからこそ、自分らしさが帰ってくる。
そして、それこそ遭遇するトラブルの数々だって、素の自分がリラックスして相対するのでなんか緩やかな気持ちで受け入れられる。

あー、なんか自由。
自由っていいよねー
飾らない自分で生きていきまーすという宣言を渡航先でする豆腐メンタル。
それでいいのだ。

2020年も張り切って参りましょう、TAIWAN!

2020年、オリンピックのチケットはすべて外れたし、いろんな試験も待ってるし、お祝いごともたくさんあるし、もちろん行きたいところはたくさんある。

持ち前のオタク根性炸裂は変わらず、好き!に正直にドン欲に生きて参りたいと思います。

最後に、一緒に行ってくれる友人、あたたかく見守ってくれる友人、家族に感謝の念を。











超ありがとうございます。推しへの活動につなげます。