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7ヶ月かけて『三体』を読んだ2023年だった(毎日読書メモ(507))

劉慈欽『三体』の第一部が早川書房から刊行されたのが2019年7月だった。当時からSFファンの間で大きな話題になっていて、気になっていたが、続編があるらしいので、中途半端に読むと続きが気になっても邦訳はなし、という状態になるだろうし、そもそも早川書房から単行本で出たSFはおいそれと文庫には落ちないので、シリーズ全部読むとどれだけの出費になるんだよ、と思ってなかなか手が出ずにいたのだが、ふっと気づいたら、図書館の棚にある...予約待ちとかしなくても読めるんなら読もうではないか、と読み始めたのが3月上旬。あまりにハードで一気読み出来ず、別の本を読んでは『三体』に戻り、という生活をしていたら、なんと、『三体』(劉 慈欣 (著), 立原 透耶 (監修), 大森 望 (翻訳), 光吉 さくら (翻訳), ワン チャイ (翻訳))、『三体II 黒暗森林』(上下・劉 慈欣 (著), 富安 健一郎 (イラスト), 大森 望 (翻訳), 立原 透耶 (翻訳), 上原 かおり (翻訳), 泊 功 (翻訳))、『三体III 死神永生』(上下・劉 慈欣 (著), 富安 健一郎 (イラスト), 大森 望 (翻訳), 光吉 さくら (翻訳), ワン チャイ (翻訳), 泊 功 (翻訳))の5冊を読むのに、7ヶ月以上かかってしまった。ばりばりのハードSFなので、書いてあることも100%は理解出来ないまま、ひとつひとつのシーンに圧倒されながら、表舞台に出てこない三体人と地球人のencounterを、息を詰めて読み進める7ヶ月だった。『三体III 死神永生 上』の冒頭に、そこまでの3冊のあらすじが書いてあり、おお、完全には読み解けていなかった物語の肝はそういうことか、と感心しつつ第III部に突入し、そこからの風呂敷の広げ方にただただ圧倒される。

有限の寿命しかない人類が、冷凍睡眠技術により、どんどん未来へと自分の身を移していく。小心者の読者であるわたしは、冷凍睡眠と蘇生で、失敗するという不安はないのか、と思ってしまうが、物語の中の人類に迷いはない(『プロジェクト・ヘイル・メアリー』だって、宇宙船に乗った3人のうち2人までは蘇生しないで死んでしまったのに!)。そして、高速移動の技術を持たない三体人と地球人、物語が進んでも進んでも直接あいまみえることはない。そんな数百年の危機紀元の間に、太陽系内そしてその外までも航行できるようになった地球発の宇宙艦隊、その艦隊を作るための資源、そしてエネルギー源を一体どこから調達したんだろう、と思ってしまう。そして宇宙に出たまま非地球人類となって、どこまでも宇宙の果てに挑む空母の乗員たち、滅亡の危機はないのか。かわりばんこにコールドスリープしているだけでなく子孫を繁栄させる手段はあるのか、とか、三体世界の圧倒的な技術に太刀打ちできないのに、こんなにも「わたし、失敗しませんから」的な技術を繰り出す地球人に、荒唐無稽さを感じつつ、暗黒森林と化した宇宙の中で中途半端に抵抗する姿がまたいとおしかったりもする。
第I部で、没入型ゲームで三体世界を体験する人たちが描かれ、また、冒頭の、文化大革命時のブルジョア知識人への弾圧の激しさに、これぞ中国人が書き残すべきテーマだったのか、と思いつつ、ナノマテリアルの糸がおそるべきパワーを発揮するI巻の団円に息を呑む。
第II部からは、時をかける主人公たちの、失敗できない決断の数々、予想外のファーストコンタクトと、実は敵は同胞内にこそある、という性悪説的な悲劇、フェミニン化する未来の地球人、面壁者と破壁人の息詰まる闘い。しかし姿を現すことのない三体人。
第I部から姿を見せていた羅輯(ルオ・ジー)の、本領発揮の様子、このまま巻末まで主役を張るかと思いきや、本当にぎりぎりのところで退場して、第III部のヒロイン程心(チェン・シン)が、あまりにも拡張しすぎた未来の中で地球人類の存続に小さな灯をともす。三体人のエネルギー推進力を暗示する、雲天明のおとぎ話、「物語のない王国」の求心力にも心を掴まれたし、最後の最後で会えなかった程心と雲天明の運命には涙する。第III部上巻の末尾で地球人類が初めて体験する4次元世界の描写にくらくらし、それが、地球人からは想像もつかない圧倒的な力を持った宇宙人のおそろしい攻撃の前触れであったことに戦慄する。
すべての要素がひとつひとつで、長編SFのネタになりそうな、そんな様々な小道具を惜しげもなく使う劉慈欽のこんなものではすまさないぜ的自信がすべてのページから溢れ出ている。

これは確かにエポックメイキングなSFだ。7ヶ月かけていて一気読みとは言えないが、じらされることなく何百年、何光年もの宇宙の旅を、一気に体験出来た気分。
宇宙は手が届かない遠さだと思っていたのに、そんなことはないんだよ、と物語に肩を押された気分。

今年も読んで嬉しい本を沢山読んできたけれど、2023年を後から振り返ればずっとずっと『三体』を読んでいた年だったな、ということになるかもしれない。

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