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毎日読書メモ(256)『自分で名付ける』(松田青子)

半年くらい、部屋の隅で積読状態になっていた、松田青子『自分で名付ける』(集英社)をようやく読んだ。「小説すばる」に2020年5月から約1年間連載されていた、出産、育児を主なテーマとしたエッセイ。
子どもを産み、育てるということは、きわめて個人的で、一人ずつ、置かれた環境や思うことが本当にばらばらで、それぞれにこだわりがあり、語りだすと止まらないようなことだ。わたしが出産、育児をしていたのはもう25年以上前のことだが、それでも話す機会があればどれだけでも語れる気がする。
松田さんは配偶者とそれぞれ、自分の持って生まれた姓を尊重したいという気持ちが一致したため、夫婦別姓を、現行の法制度の元で実現する手段として入籍しないで同居する、という暮らし方を選んだ。これは、住民票の続柄が「妻(未届)」と表記されることである、というのを、この本を読んで知った。入籍しないで子どもを産んでも、同一の住民票の中に未届の配偶者がいる場合、シングルマザーという認定にはならず、一人親家庭としての補助等を受けることは出来ない、というのも初めて知った。
このエッセイを書き始めた時には、連載が終わるころには夫婦別姓の制度が出来ているかも、と思っていたのに、逆に状況は後退していた、と怒り、悲しみつつ、夫婦別姓をめぐる、何人かの知り合いの事例を紹介している。譲れないものやポイントが人それぞれに色々あることを改めて感じ、しかし、それを許容することが出来ないようになっている現行のこの国の制度について、色々な生き方を認める糸口はないものだろうか、と思う。
夫婦別姓制度は状況的に後退しているが、出産・育児の環境は後になればなるほど改善されていることが多く、だから、出産は遅くできる限り遅くしたいと思っていた、という作者の主張はわたしには目鱗で(どちらかというと、体力がある若いうちに育児をした方が楽なのでは、と思っていた)、そうだよな、わたしが赤ん坊の双子を育てていた頃はエレベーターの設置された駅は殆どなく(エスカレーターもないか、上りか下り1本しかない駅も多かった)、双子用ベビーカーを押して歩いていた時代に、わたしは一人で電車に乗ったことはなかったな、と、思い出した。どこの駅もかなりバリアフリー化が進んでいるものね。とはいえ、バリアフリー化を待って出産を遅らす、というのはタイミング的に無理だったのも事実。液体ミルクという、20世紀には考えたこともなかったアイテムも、ここ数年で一気に普及したらしい。なるほどなるほど。
子どもを産むなら絶対無痛分娩、というこだわりと、こだわった割りに結構苦しい思いをして(させられて?)出産することとなった経緯も興味深く読んだ。わたし自身無痛分娩で双子を産んでおり、しかも、予定日から10日過ぎてて産気づきもせず破水もせず、もう促進剤で生んじゃいましょう、と、入院し、翌朝、促進剤の点滴が始まった頃にはもう意識がなくなっており(全身麻酔だった)、破水も知らず、いきみもせず(無意識でも身体はいきめるんです、と医師に説明された)、全く痛みを感じることなく、意識が戻ったらもう赤ん坊は新生児室に運ばれてしまった後、というお産をしたわたしは、お産をしたとすら言えない他人事のように、二人の子どもと対面することとなったのであった。
母性、という言葉への疑念を、作者は終わりの方で語っているが、わたし、母性というものを感じたことないかもしれない、と読んで初めて気づいた。産んだ直後は、全く痛い思いをしていないから、親としての実感がないのか(父親は自分で産んでないから親になった実感を持てない、と言われることがあるが、それと同じ?)と思ったが、体重激増で、普段の半分以下のスピードでしか歩けなくなり、子宮口開きかけているから絶対安静外出厳禁、と医師に言われて、出産前3ヶ月以上実家軟禁状態だった(なのに結果として予定日10日以上超での出産)わたしが苦しくなかった訳ではないし、会陰切開の傷は相当痛かったけど(でも本当に出産時の痛みはここ一点だけだった)、別に痛みや苦しみが母性をやしなう訳ではないよねぇ。
産前には見えていなかった光景が見えてくる面白さとか、妊婦や育児中の人に対して寛容でない社会の在り方への怒りとか、作者の観察眼の鋭さと、理不尽な待遇に屈しまい、という強い意思が各章からあふれ出ていて、大きく同意したり、自分はこんな風に思ったよ、と言いたくなったり、響くところの多い読書だった。
お子さんの性別が明示されておらず、ああ、性別なんてわからなくても、子どもを育てるという状況は普遍的なものだなぁ、と思って読んでいたら、最後の方で戸籍上の性が書かれていた。でも勿論、男の子だからこう、女の子だからこう、という思い込みとか、持ち物の性別明示とかのナンセンスさを語り、ジェンダーフリーな社会の実現への願いが書かれ、読んでいるわたしも、誰もが生きやすい社会の実現を助けられるように暮らしていきたいなぁ、と思った。これは、育児エッセイという枠組みを使ってはいるが、人間がどう生き、人に対してどのように優しく出来るかを考える、大変普遍的な生き方論であった。

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