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毎日読書メモ(222)『インドラネット』(桐野夏生)

桐野夏生『インドラネット』(角川書店)を読んだ。この前に読んだ桐野夏生が『日没』(岩波書店)だったのだが、これが、どーんと気持ちの落ちる読後感で(感想こちら)、桐野夏生はどこに行ってしまうのだろう、と思いつつ読んだら、これは、これなりに絶望を描く小説であったが(ハッピーエンドとは言いかねる)、主人公の主体的な動きが、物語の停滞感を打破していて、『日没』のディストピア感とはかなり違った。
主人公八目晃やつめあきらの造形は、かなり最低レベルで物語が始まる。一浪して入った三流私大を出て、IT企業の子会社の契約社員としてこき使われているが、男尊女卑的言動で、職場での立場は最低。晃にとっての栄光は、都立高校在学時に、スクールカースト最上級にあった美貌の同級生|野々宮空知ののみやそらちから親友待遇を受け、毎日のように野々宮家に入り浸り、同じく美貌の姉橙子、妹藍とも知遇を得られていたことだけだった。自身に何も取り柄のない晃がなんで野々宮家で特別な待遇を受けられたのかは語られないが、晃のパラノイア的愛情は、空知と別々の大学に進み、少しずつ親しさが薄れて行ったことで、過去の栄光にすがるような状態となっていく。橙子、空知、藍は皆、日本を出て、東南アジアに行った、という噂だけが流れ、最初はメールのやり取りもあったのが途絶え、そのまま消息不明となる。
三きょうだいの父親が訃報が実家から来たので、晃は通夜に行って、子どもたちが三人とも消息不明であることを三きょうだいの母親から聞く。そして、橙子の夫、藍のマネージャーという二人の男から、三きょうだいの消息を探しにカンボジアに行ってほしいと依頼される。職場でセクハラ糾弾を受け、嫌気がさした晃は衝動的に仕事を辞め、生まれて初めての海外旅行として、アンコール・ワットのお膝元であるシェムリアップに向かう。
入国するなり、百戦錬磨のバックパッカーに翻弄され、案内されたドミトリーで現金をまるっと盗まれ、晃のダメダメ度がどんどん上がる。ドミトリーの仕事を手伝うことになり、食住の保証を得て、少しずつ、三きょうだいの消息を探す晃。彼の元に寄せられる情報は、操作されたものなのか、本人も疑惑を覚えつつ、プノンペンの日本人やくざの元に身を寄せたり、トンレサップ湖を訪れたりしつつ、少しずつ核心に近づいていくが、この辺の描写は社会の闇、を露呈していて、一日で読み切れなかった本をこの辺でやめて就寝したら、わたしは結構うなされた。この先物語はどんどんディストピアに向かうだけなのか、と暗い気持ちで朝を迎えることに。
物語冒頭で、こんなに使えなくて嫌な奴は、神のいかづちでも受けてしまえばいいやん、とすら思えた晃は、物語後半で、主体的に動けるマッチョなキャラに変貌する。ある意味、同じ人とは思えない位の急変である。空知は死んだ、と言われ、タイ国境に近い、未だに地雷が沢山埋まっているらしい寒村に向かい、空知の墓を見に行った晃は、操作された情報とは違う系統の情報を掴み、彼をカンボジアに送った勢力に一旦収容されるが、そこから主体的に脱出する。この経緯を読んでいたら…あれ、この物語は、桐野夏生的な『羊をめぐる冒険』なのか、と、驚くことに。
晃を泳がせなくても、空知の情報は既に掴んでいた男たちだが、晃という触媒で、空知をおびき出そうとする経緯はまるで、「先生」の秘書が「僕」を北海道に送って「鼠」を召喚しようとしたのと同じやん! 1980年代の村上春樹の北海道の物語と同じように、2010年代のカンボジアで、桐野夏生の物語が進む。
そして、僕と鼠と同じように、晃と空知にも切ない別れがある。赤のコードは赤のコードに、緑のコードは緑のコードに。
物語は深い闇に呑まれて終わる。桐野夏生だからね。でも、『日没』の深い絶望感とは違う読後感。誰が晃の味方で、誰が敵だったのか、きっぱりとした線引きはされないが、ドミトリーの婆ちゃんや、鈴木との交流には、淡い光が射していたように思えた。
たぶん、カンボジアを舞台にした物語を読むのは初めてで、ネットでカンボジアの地図を検索して、小説の舞台を指さし確認しながら読んだ。雑誌連載は2018年~2020年。コロナの時代に、海外渡航の物語はどう響くか。

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