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畑中幸子『南太平洋の環礁にて』(毎日読書メモ(526))

先日、友人の勧めで有吉佐和子『女二人のニューギニア』(河出文庫)を読んだのだが(感想ここ)、その際に有吉が寄宿した(寄宿なのか?)文化人類学者が畑中幸子さん。有吉と同い年だが存命、現在93歳。中部大学名誉教授。
有吉がニューギニアの畑中の家に滞在したのは1968年だが、元々畑中の研究テーマはオセアニア研究で、1961年から64年にかけて、実地調査を行ってきた島々の中で一番長く滞在した、フランス領ポリネシアのトゥアモトゥ列島のあるプカルアという環礁の島での記録を書いたのが、『南太平洋の環礁にて』(岩波新書、1967年刊)である。
本の中にある、プカルアの地図、そして、トゥアモトゥ(本書内ではトゥアモツ)諸島を含む、フランス領ポリネシア(タヒチが有名)の地図を、の本を読みながら何回も何回も見た。
タヒチのパペーテがフランス領ポリネシアの中心的都市のようで、プカルアはそこから1400㎞近く離れている。

i プカルア地図
iv-vフランス領ポリネシアの地図。プカルアは右ページのやや上の方。タヒチは左ページ。

タヒチからの物資はスクーナーと呼ばれる機帆船で運ばれてくるが、来るのは2か月に1回程度。限られた予算の中で、生計を維持しながら、住民への聞き取り調査を行っている。
元々は自生しているタコの木(パンダヌス)の実を食べて暮らしていたプカルアの人々だが、フランス政府の命で、ヤシの木を植え、ヤシの実から獲れるコプラ(油の原料)を収穫するようになる。
しかし、その日暮らし、ゆきあたりばったりで何も困っておらず、収量を上げて金持ちになろうとか、そういう考えが*誰にも*ない。そこへ食い込んできた中国人商人が、本来所有できない土地をじわじわと入手していき、そこで生産性を追求しながら大量のコプラを生産する。プカルアの人たちは木から落ちて転がっているコプラを拾って収穫を増やそうとかそんなことも考えない。中国人のヤシ畑では落ちているヤシの実なんてなくて、すべてが利益を得る元となっている。
たまたま中国人が近くに暮らしていることで、プカルアの人との対比が明確化され、昔ながらの生活で何も疑問を持たずに暮らしているプカルアの人々の様子が伝わってくる。
勿論フランス人宣教師が島に入って、フランス流の教育をほどこす学校が開設されている。他の島から派遣されてくる先生(同じポリネシア人だがフランス語教育を受けた者)は無責任か暴虐かどちらか、といった状況。僻地プカルアに赴任することで、すごい手当が貰えるらしい。完全に昔のままではない。
子どもたちはある程度進取の気性に富んでいるが(優秀な子どもは他の島の学校に留学したりもする)、大人たちは怠け者で何も考えていないように見える。その境界線はどこにあるんだろう?
言語も、ポリネシアの他の島々とかなり違っていて、言語の分岐について考察したりもしている。
外部の人間として観察しているともどかしく、貧しいプカルアの人々だが本人たちは幸福そうで、争いなどもない。外部の世界で戦争が起こっていて、それが自分たちの生計や仕事に関わってくる、という話をしても、何故争わなくてはいけないのかわからない、と言う。
1960年代初頭の時点でもどんどん消えつつあった昔からの習俗や祭りや歌など、必死で記録する作者。血縁と家族制度に基づく助け合い、そして、近隣の島との行き来により、ある程度の交雑があり、それによって左右される個々の人間の幸不幸とか。
考えてみたこともなかった価値観が、グーグルマップをぐいぐいと拡大しないと島影すら見えてこないような南太平洋の環礁の島にある。

しかし、南太平洋でフランス軍が核実験を行うようになり、タヒチはフランス軍関係者であふれ、物価は急上昇し、乏しい予算で、核の危険のある地域で調査活動を続けることが困難になっていく。
結果として、畑中は調査フィールドをニューギニアに移し、そこではオーストラリア政府の援助を得ることが出来たので、内地のオクサプミンという場(ここもまた到達するのが超大変な僻地だが)に立派な家を1軒貸与され、『南太平洋の環礁にて』の印税を原資に、シシミン族への聞き取りとフィールドワークを進める。そこにやってきたのが、有吉佐和子、というのは、また、別の物語だ…。

学者の知ろうとする意欲、存続の危機にある習俗をなんらかの形で記録し、保持しようとする力、しかしどんどん散逸し消えていくものへの哀惜のような念。学問とは何なのか、それは役に立つのか、役に立つとかそんなことを考えていると消えてしまうものは意味のないものなのか? プカルアの人の幸福感にある価値を、どう測ればいいのか。様々な疑問と共に、プカルアの今について思いを馳せたりする。

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