見出し画像

元気な老人シリーズ! 藤野千夜『じい散歩』(毎日読書メモ(315))

noteを毎日更新してみよう、と思って、読み終わった本がない日には、過去の読書日記を掘り起こして、本の感想文を紹介しているのだが、そんな中に藤野千夜『夏の約束』があって(ここ)、藤野千夜って最近何しているのかな、と調べて『じい散歩』(双葉社)という近著があるのを知った。知ってからちょっと間があいてしまったが、読んでみた。おお、これは元気の出る老人小説ではないか!

元気の出る老人小説の話も昔書いたな、と思って探してみたら、もう2年以上前だった。

読み返して、新型コロナウィルス感染症が日本で拡大し始めた時期の不安、みたいなものが妙にビビッドで胸を掴まれた(自分の文章なのに)。感染者の数は今と較べるとずっと少なかったが、かかれば死に至る病のように思われていた時期だった。そんな中、自分も老人カテに近づきつつある、という事実に愕然としていたが、2年たって、老人カテにもう2年近づいた。

京極夏彦『オジいサン』と三浦しをん『政と源』の老人たちは72歳だったが、藤野千夜『じい散歩』の主人公、明石新平は小説冒頭部で88歳、妻英子は87歳。小説の最後ではなんと新平94歳、英子93歳である。長寿の家系で新平の兄弟9名全員健在、という設定で、ビバ老後、という感じ。但し、仲良くしてきた友達はもう誰も残っていない、というそこはかとない寂しさは漂う。妻には若干認知症の気配が忍び寄っているが、投薬で抑えられている、という展開で、毎年年賀状も出し続けているし、日々の食事も妻が作っている。すごい気力だ。自営業をやっていた新平夫妻の年金はどうなっているのやら、小説の中では殆ど触れられていないが、余裕ないと言いながら、新平は日課の散歩の途中で、喫茶店に寄ったり、レストランで美味しそうなご飯を食べたりしている。3人の息子は誰も結婚しておらず、一人は引きこもり、一人は自立しているが性自認を転換しており(ちゃんと家族に受け入れられているところがナイス)、一人は自営業をうたいつつも借金まみれで折あらば親にたかってばかり。新平が、お墓の相談をしようとすると全員が目をそらすので「うちの家族は、墓はなし。散骨でいいから。それで、おまえたち三人は無縁仏だ」と言い切る新平。いや、このままだと新平さん、息子たちより長生きして、息子たちの骨を拾いそうな勢いですが。

米寿になんなんとする夫婦なのに、これといった体の不調も訴えず、通院なども殆どしておらず、年金と、アパートの家賃収入があって、それで充分、池袋からの徒歩圏内で悠々自適の生活が送れている様子。新平のじい散歩の様子は、本当に、ミニ旅番組のような愉しさにあふれている。

『オジいサン』と『政と源』読んで、「10年後、82歳の徳一と源二郎と国政は元気でいてくれるかな?」と締めた2年前のわたしだったが、なんのなんの、老人小説はもっと元気な方向に振れているではないか。新平の元気な散歩の様子を読んでいると、やはり、元気な老人にならなくてはね、という意欲が湧いてくる。小説の最後は2020年4月。緊急事態宣言も発令されている。それでも、自分が感染するかも、という不安も見せず、いざというときは家を売って施設に入ればいいさ、と肚をくくってあっけらかんと生きている新平の姿こそ、あらまほしき元気な老人小説の主人公そのものであるよ。

この間の土曜日の新聞の書評欄に、藤野千夜の新刊『団地のふたり』(U-NEXT)の紹介が出ていて、すごく心ひかれたので、またきっと忘れた頃に『団地のふたり』も読んで、感想を書く日が来るであろう。誰も待ってないかもしれないけれど、きっと。

#読書 #読書感想文 #藤野千夜 #じい散歩 #双葉社 #団地のふたり #三浦しをん #政と源 #京極夏彦 #オジいサン #老人小説

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?