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米澤穂信『栞と嘘の季節』(毎日読書メモ(473))

米澤穂信『栞と嘘の季節』(集英社)を読んだ。これって「図書委員」シリーズって言うんだ...なんか身も蓋もないな。「古典部」と「小市民」と「図書委員」ってか?
読む前に、『本と鍵の季節』を再読し(感想ここ)、堀川次郎と松倉詩門の立ち位置を確認。次郎も詩門も、積極的に自らを語ろうとしないが、『本と鍵の季節』は詩門の自分探し的な要素が後半の肝となったため、読者は詩門についてはなんとなく知ってしまっている。それに対し次郎ってどう? 『栞と嘘の季節』を読了してなお、語り手である次郎は自分を開示していない。この先、次郎が自分をさらけ出す日は来るのか?

次郎が自らを語るのはこんな部分だけ。図書委員が図書室をどう思うか、という語りが実に愛おしい。

「……人を集めたいかどうかって言われたら、来てほしいって気持ちも、ちょっとだけある。だけどそれは、本がもったいないからとか、せっかく係でやってるんだから張り合いがほしいとかいう、外側の理由で言ってるだけだと思う」
(中略)
「たぶん、人が来ても来なくても、どっちでもいいと思ってる」
(中略)
「たぶん、図書室は、っていうか図書館は、偉大になれる可能性の担保なんだと思う。それがどれぐらい使われるかはあんまり問題じゃなくて、あるかどうかが問題になる」
「偉大にって、誰かどんなふうに」
「誰でも、どんなふうにでも。だからこれだけの本が必要だし、こんなもんじゃ足りない」

pp134-135

人があまり来なかった中学の図書室、沢山の人が利用していて規模も大きかった高校の図書館、両方で図書委員をつとめたわたしは、図書室がこうあってほしいとか、そんなことは考えたことはなかった。図書室(図書館)は空気のようにわたしの前にあり、わたしにとっての歓びであり、その歓びを共感できる人が一人でも多くいれば、それが図書室にとっての善なのではないかと、漠然と思っていた。今そこに目に見えない何かを、可能性を担保するものとしての図書館、わたしが思っているよりもっと大きなものであるところの図書館。

さて、『栞と嘘の季節』、図書室に返却された本に挟まれていた押し花の栞は、猛毒を封じ込めたものだった。その栞を探して焼却しようとしている美少女瀬野(『本と鍵の季節』の中にも瀬野のエピソードは挿入されている)、元々瀬野自身が僅か2枚作った栞が、複製され、毒が高校中に、更には街中にまで流布されている。一体誰が? 堀川と松倉と瀬野が謎の3人組を結成し、栞のルーツを探す中で、瀬野の屈折が、毒の栞が必要だった事情が語られる。
そして、登場した時点では点と点のように、別々の立ち位置にいた登場人物たちが、「少女団」というキーワードで緊密につながっていく。毒の栞は少女団にとって一体何だったのか? 切り札は誰かを救うのか? 救われた、と思っている人がいたとして、それは本当に救いだったのか?

物語は正義を声高に訴えず、各人の判断は物語の中では明示されない。瀬野さんは守りたかったものを守れたのか? 詩門は? そして、次郎は傍観者だったのか? 自己を開示しない次郎こそ、切り札を必要としていたのか?

米澤穂信のミステリは一見「日常の謎」シリーズを踏襲しているようで、実際はずっと深くて暗い。『本と鍵の季節』も、『栞と嘘の季節』も、心の奥底の闇をずん、と提示してくれた。無邪気からほど遠い場所。

図書委員たちは再度姿を現してくれるだろうか。次郎と詩門と共に、図書室にたたずみたい気持ちと、人の深いところにある闇を見せられる不安がないまぜになりつつ、でも、たぶん続巻を待つ。

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