毎日読書メモ(64)『オーストリア滞在記』(中谷美紀)
中谷美紀『オーストリア滞在記』(幻冬舎文庫)を読んだ。
これまで中谷美紀という女優にそんなに興味を持ったこともなく、ウィーンフィルのヴィオラ奏者ティロ・フェヒナーと結婚されたこともへー、と思って聞いていただけだったが、コロナ禍の中日本を脱出してオーストリアに滞在していたときの日記を書いた、と聞いて、読んでみようと思っていたら、実家の父の本棚にあった。
なんと、2020年5月1日から7月24日までの、僅か85日間の日記が、前書き後書き込みで文庫462ページ、幻冬舎文庫は書下ろし原稿の原稿枚数を明記しているのだが400字詰め763枚だって。長い。日記ってすいすい読めないので、読了に1ヶ月近くかかった。
わたしもホームページに毎日日記を書いていた時期があって、読んでいた人に1日何時間かけているの?、と呆れられたものだったが(子どもが保育園に行っていて、フルタイムで会社勤務していた時期だったが、子どもが小さいので夜は早めに家に帰っていて、たぶん毎日2時間位日記を書いていたような気がする、ランニングもしていなかったし)、それに匹敵、というかそれより長そうだ。
2020年3月18日、夫が迎えに来たので、ロックダウン寸前に日本を出てオーストリアに入り、ザルツブルグの家に住みながら、庭仕事をしたり、ドイツ語のオンラインレッスンを受けたり、食事を作ったり(食材にかなりのこだわりがある)、夫と前妻との間の娘(結婚したころはまだ4歳、この日記の時点でも小学校に入ったばかり)が週1回位遊びに来るのに翻弄されたり。左右の脚の長さがちょっと違うことに起因した股関節の痛みに悩み、医者にかかったりリハビリに通ったり。夫は暇を見つけてはロードバイクで走りに出ていて、日記にはあまり書かれていないが、毎日みっちりヴィオラの練習もしている模様。
毎日、ドイツ語のレッスンで何を学んだか、とか、ガーデニングの店で何を買って、どのように植えた、とか、時々ウィーンや近隣の外国(ロックダウン解除後)に行って、何を食べたとか、毎日のご飯に何を調理して食べたとか。ザルツブルグの家にこんなに腰を据えて住まうのもコロナ禍ならではで、長く住んでいると家の補修をしたくなったりして、工事に来てもらった話とか。夕食時のBGMに何をかけたかまで。緻密に書かれた日記は日常の繰り返しで、うーん、退屈、これで450ページ以上の本にするってどうよ、とか思った。
しかし、しばらく前に武田百合子の『富士日記』の感想をまとめていて、読んだのはもう14年も前のことだったが、やはり長尺で退屈で、でも、ひたすら読み続けることで、感じ取れるものがあったことなどを思い出した。この『オーストリア滞在記』も同じだ。日本にいるときは常にドラマや映画の撮影に追われ、日常生活などあってなきがごとき暮らしを続けている人気女優が、コロナ禍というエアポケットの中で、故郷を遠く離れた異国で、夫の親族と対話したい、と思いながらドイツ語を学んだり、糖質制限をしながらこだわりの料理を作ったり食べに行ったり、なさぬ仲の青い瞳の娘と遊んだり遊ばれたり。
端々に、感染に気を付けている人の様子も描かれたりしているが、そんなに人口密度の高い地域でもなく、身近な人の感染の話なども聞かず、作者に見えている光景は全体的に牧歌的。ただ、夫も演奏活動が非常に制限された状況で、中谷美紀自身も、脚本を読んだりしていることもあるが、ふだんならせわしなく日本とオーストリアを行ったり来たりしているのが、ずっとザルツブルグの家の書斎スペースで日記と向き合っている。
大きな不例。
あまり緻密な風景描写はないので、作者の思念にひたすらついていく感じだが、頭の中で、見たことのない初夏のオーストリアの緑豊かな光景を想像する。
日記の最終日の次の日に、中谷美紀は日本に帰り、映画「総理の夫」の撮影に入ることが書かれている。ザルツブルグの家はどのように変わってしまうのかな、美紀の不在を嘆くのかな。読み通して、中谷美紀が身近な人になったような気分。日記ってすごいな。
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