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毎日読書メモ(106):極上にして切ないミステリ:米澤穂信『Iの悲劇』(文藝春秋)

米澤穂信『Iの悲劇』(文藝春秋)を読んだ。タイトルを見ただけで、ミステリって感じだよね。でも、物語の見た目はミステリではない。市町村合併で出来た南はかま市の末端にある蓑石集落、限界集落から完全に住民がいなくなった場所に、市外の人を誘致するプロジェクトが市役所に出来て、一旦住人のいなくなった集落に格安の家賃で人が入る。それをアシストする、「甦り課」に配属された昼行燈な西野課長、主人公にして語り手の万願寺、新人の観山。

西野課長は何も仕事をしない、定時で職場を去る、無能な上司、と万願寺は思っている。なのに、同僚が課長を「間野市(南はかま市合併前の主要市のひとつ)の郭源治」を呼ぶ。郭源治? いつの時代の例えだよ(笑)。万願寺に郭源治では通じなかったので次に出た例えは「南はかま市の佐々木主浩」だよ。これすら、若い読者にはわかるまい(わたしにはビンビンに伝わるよ)。

限界集落と言うと黒野伸一『限界集落株式会社』(小学館文庫)のようなアプローチもある。或いは高橋ユキ『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社、わたしの感想はこちら)というノンフィクションもあり、この小説の舞台の蓑石集落はこちらに近いか。地方振興というと、有川浩『県庁おもてなし課』、荻原浩『オロロ畑でつかまえて』、篠田節子『ロズウェルなんか知らない』、真保裕一『ローカル線で行こう』など、色々なアプローチがあるが、『Iの悲劇』はどれとも違う。ワトソン君たる万願寺は、至極真面目に地方自治に取り組んで、市町村合併の末端の蓑石集落で、移住者が平穏に暮らせるように心を砕く。しかし、救急車を呼んでも40分以上かかる集落、就学児をどうやって最寄りの学校に通わせればいいか、途方に暮れる僻地、そもそも、ここに住んだら、会社勤めも出来ない場所で、老若男女はどうやって生きるというのだ?

各章の終わりで、事件は名探偵がもやもやと解決し(それをどう解釈するかは住人に委ねられる)、物語は切なく終わる。あー、そこまで謎解きしちゃうか、と鼻白む思いをしつつ、地方自治について色々考える。万願寺が、東京にいる弟と電話で会話するシーンを読みながら、人間の幸福はどこにあるんだろう、と考える。

#読書 #読書感想文 #米澤穂信 #Iの悲劇 #文藝春秋 #限界集落 #市町村合併

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