明治初期の宗教弾圧:遠藤周作『女の一生 一部・キクの場合』を40年ぶりに再読
遠藤周作『女の一生 一部・キクの場合』(新潮文庫)を読む。
1980年秋から朝日新聞で連載されていた『女の一生』(一部と二部と合わせて、1980.11.1~1982.2.7)を、わたしは毎日紙上で読んでいた。あまりに重く、辛い物語だったので、完結後、単行本になった時は読んでいない。41年ぶりの再読、それも、本というまとまった形で読んだのは初めてということになる。
しばらく前に、知り合いが読んで絶賛し、それに別の知り合いが大共感のコメントを寄せていて、ああ、これは読まずばなるまい、と思って手にとってみたが、予想以上にするすると一気読み。辛い物語展開は記憶にあったのに、それでも読み急ぐように一気読み。
物語は、隠れキリシタンが住んでいた長崎の浦上地区(原爆が投下された地区だ)への地理的アプローチから始まる。数年前に長崎旅行に行ったときに、早朝、大浦天主堂にほど近いホテルから、市電の線路に沿って北上し、長崎駅を通りすぎ、平和公園までジョギングした。片道5キロ弱の道のりだが、主人公キクたちにとっては、滅多に往来も出来ない遠い道のりだった。
爆心地にあった浦上天主堂は今は少し離れた高台にあるが、この地域は長崎の繁華街から少し離れた農村で、当時は海のきわにあったらしい。キクや従妹のミツが住んでいた馬込郷は浦上の中でも仏教を信仰する集落だったが、近くの中野郷や本原郷はクロと呼ばれる隠れキリシタンの里であることを誰もがうっすらと知っていた。キリシタンが禁制になって200年以上たっているのに、当時でも正月にはみな踏み絵をしていたという。長崎の独自の風習。
記憶の中の長崎、平和公園もなく、丘の上の浦上教会もない。二十六聖人の記念館だってない。
多くの中国人が居留し、ヨーロッパ人も多く住まっていた幕末期の長崎。
大浦天主堂が建設の途にあったが、これは外国人が祈るための場所で日本人にとってはキリスト教は禁制だった。そんな江戸末期の長崎で、何百年もこっそりとキリスト教信仰を続けていた日本人を探すプチジャン神父。那覇で日本語勉強中に出会った中国人船員が言っていた、長崎にはずっとキリスト教の信仰を続けていた日本人がいるというのは本当なのか? 日本人に布教することは許されない中、プチジャンは街歩きをしながら、色々な日本人に話しかけるが、なかなか現れない。
しかし遂に、大浦天主堂の聖母像を見に、隠れキリシタンたちが入ってきた。
禁教令が出て200年以上たち、少しずつ宗教儀礼が捻じ曲げられてしまっていた浦上のキリシタンたちの元に通うようになるプチジャン。プチジャンから祝福を与えられることをひたすらに求める村人たち。その欲求の心に驚かされる。毎年正月の踏み絵を乗り越え、誰から宗教儀礼について教えられることもなく、村全体として、キリスト教信仰を持ち続けた人たちの心持ちに驚かされる。
最初の弾圧のとき、捕まった男女は、激しい拷問を受け、一人を除いてすべて、一旦転んでいる。しかし、棄教したことで許され村に戻った彼らは、残っていた村人たちに、村八分にする、と言われ、庄屋の元へ信心戻しをしに行く。
ずっと隠れキリシタンとして生きてきたのに、便宜的に転んだことにしておく、とかそういう選択をせず、改めてキリスト教を信仰することを公言し、結果として村全体が、流刑になる。
昔、津和野に旅行に行ったときに、ある人に絵葉書を出したら、津和野なんて恐ろしい場所に行ったんですね、という反応をされた。その人はカトリックの信徒で、子どもの頃からずっと、津和野藩で行われた、流されてきたキリシタンたちへの激しい拷問について話を聞かされてきたのだそうだ。
確かに、少し山を登って、乙女峠というところに行ったら、マリア聖堂という建物の周りに、浦上のキリシタンが受けた恐ろしい拷問の様子が再現されていたのである。その時に『女の一生』のことを思い出し(逆に言えばそれまで、津和野藩が特に厳しい儒教思想の元、激しい拷問を行ったことを忘れていたのだが)、その逸話(浦上四番崩れ、と呼ばれる)が今日でも教会で語り継がれているということに驚かされた。
物語の本筋である、キリシタンの清吉と、信徒ではないキクの恋愛についてはネタバレになることもあり多くは触れない。
ほんの小さなきっかけから、恋愛の情が湧き、それがこれほどまでに強固に、キクの人生を貫くこととなったのは何故だろう。
自分自身は信心しないマリア像を見上げ、恨み言を言いながら、清吉の無事を祈るキク。
そのキクを毒牙にかける、伊藤清左衛門という小役人は、キリシタンの弾圧をしながら、自虐的な気持ちにもなる複雑な精神状態でキクと清吉の恋愛を翻弄する。遠藤周作自身があとがきで、この登場人物がこんなにキーマンになるとは思わなかった、と述べている位、清左衛門は最後の最後まで、醜い気持ちを最前面に出して人を、そして自分自身を傷つけ、プチジャン神父に「神様は本藤さまより、あなたさまのほうを愛しておられることはわかっとります」と言わせしめる。伊藤の下で働いていた筈が、目端が利いて、明治政府の要人となっていく本藤舜太郎には迷いも悩みもない、立身出世の気持ちだけが見え、それよりも葛藤のある伊藤の方が、神様に近いところにいるという、不思議な対比。
長崎の大浦、浦上、そして津和野の景色を思い浮かべ、彼らが持ち続けた信仰とは何だろう、と考える。
そして信仰をもたなかったキクの、純粋な愛情。キクと一緒に育ってきた従妹ミツの、受容する気持ち。遠藤の筆にかかると、そうした、キリスト教徒は離れたところにある感情までもがすべて神の導きのように見えてくる(だってそう見せようとしているから)。
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