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毎日読書メモ(89)桜庭一樹「少女を埋める」を最後まで読んだ

昨日、桜庭一樹「少女を埋める」をnoteで無料掲載しているところまで読んで、途中経過的感想を書いたのでその続き。

(ネタバレになっちゃいますので、未読の方はご注意を)

夕方散歩に出て「文學界」9月号買ってきた。noteには全体の約3分の2が転載されていたが、真ん中あたりからもう一度読み直す。

昨日わたしは「少女を埋める」を私小説と呼んだ。主人公(私)は冬子という名前を与えられているが、物語の展開を読む限り、今年の2月末~3月上旬に、実際に作者桜庭一樹が体験したことをそのまま書いているように思われる。小説『火の鳥』大地編が朝日新聞出版から刊行される直前で、販促のための様々な予定が入っている中、父危篤の報を受け、PCR検査をした上で鳥取に向かう。病室で父との面会を果たした後、父は夜中に息を引き取り、話は一気に葬儀の話に進む。といっても県内の少し離れた地域にいる親族は呼ばず、一人っ子の作者と母と二人で送り、火葬後に父の親族の元へ、という展開はまるで日記のように克明で、その中に、母子の会話の中の「分かり合えなさ」がじわじわと挿入されている。その送りの過程及び母との相克が事実であるかどうかは、読み手には直接は関係のないことであり、読み手はただ、作者はこういうものを提示したかったのだな、と思うだけだ。

母が何を思って来たのか、育てられ、家を出た後も折につけ対話をしてきた作者にすら、理解できない。母子の会話を読んでも、この家庭に何があったのかは見えてこない。作者がこうだったよね、と言った過去について否定する母。二人とも亡くなった父のことが大好きで執着しているように見える。だからと言って、父を真ん中に置いて、母と娘が対決していた、という感じでもない。

いよいよ蓋を閉めるというときになって、母がお棺に顔を寄せ、「お父さん、いっぱい虐めたね。ずいぶんお父さんを虐めたね。ごめんなさい、ごめんなさいね……」と涙声で語りかけ始めた。「お父さん、ほんとにほんとにごめんなさい……」と繰り返す声を、ぼんやり寄りのポーカーフェイスで黙って聞いていた。

というくだりがあり、鴻巣友季子はここから、老々介護のなかでの虐待があった、と読み取ったのかな、と思った。桜庭一樹自身は、これは、父の介護が始まるよりずっと前にあった出来事、として認識しているが、それはこの小説の中では明示されていないので、はっきりとはわからない。

鳥取滞在中に体験したこと、色んな人との対話、そして東京在住の友人とのLINEのやり取り等の中で、故郷の風土性とか閉鎖性、男尊女卑的傾向、そして「個別性が聖痕(スティグマ)になる」社会的状況が語られ、東京と対比される。そこはもう、彼女が戻ることは出来ない場所だ。

東京に戻った後の母からのコンタクトは彼女を不安にする。父の死の前、7年間も帰郷せず、それによって保っていた彼女の精神的均衡は崩れるが、書くことによって事態を打開しようとする。そして、彼女が対決しているのは母でも故郷でもなく、個人を排除しようとする共同体であることが、明示される。「少女を埋める」というタイトルだが、埋められてなるものか、という強い意思が感じられる。

「共同体は個人の幸福のために!」

と叫んで終わるこの物語は、もっと広い世界に向いていた。

きっかけは、父の死とそれに伴う帰省だったが、糾弾されているのは母でも鳥取でもない。ここまで生きてきた自分のよりどころである個人の尊重の希求こそが、桜庭一樹の書きたかったことなのか。

#読書 #読書感想文 #桜庭一樹 #少女を埋める #文學界

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