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石川宗生『ホテル・アルカディア』(集英社)は当世の幻想文学だった

昨年、第30回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を、石川宗生という知らない作家が受賞して、紹介文を読んだら面白そうだったので、読んでみたら本当に面白かった。
選考委員は野矢茂樹。作者の仕掛けにいちいち驚いている実況中継みたいな選評が賞の公式サイトに出ているが、他にどんな候補作があった中からこの作品が選ばれたのかも気になる(ドゥマゴ文学賞は、毎年一人選考委員が選ばれ、その選考委員一人で受賞作を決定する)。

『ホテル・アルカディア』の紹介文を読んだら、大体枠物語って書いてある。代表的なのがボッカチオの『デカメロン』、ペストを逃れ郊外の別荘に逃れた10人の男女がかわるがわるに様々な物語を語る、という構成。
『ホテル・アルカディア』にも一応枠があり、それは、ホテル・アルカディアの奥に閉じこもった支配人の娘プルデンシアを外の世界に呼び戻そうと、投宿中の芸術家たちがさまざまな物語を語る、というものだが、その枠は非常にうっすらとしていて、この物語はどこからやってきて誰に何を伝えたいんだろう、と頭を抱えるような、人を食った物語が秩序なく次々と繰り広げられる。時代考証もなく、風俗描写もなく、世界の歴史の中を漂白しながら、過去から未来まで旅をする。

元々は「小説すばる」に発表された短篇小説と、この雑誌のウェブサイトに掲載されたショートショートがあり、それを書き下ろしの枠でつないでいるのだが、枠が、全然物語をつなごうとなんてしていない。読者は物語の迷宮の中で、右を向いたらいいのか左を向いたらいいのかもわからない。というか、べつにどこかを目指そうとしないで、物語を堪能すればいいだけだ。
この物語好きだな、とか、訳わかんない、とか、気持ち悪い、と勝手に思いながら読み進める。
好きだった「チママンダの街」は、王様が亡き太后への愛の証として、超高層都市を建造させ、まだ建造途上の年を探検家たちがどんどん昇っていく物語。これは中井紀夫『山の上の交響楽』を思い出させる、味わい深い物語だった。
それから「激流」は、ほぼ川の流れの中にだけ存在する国家チャラテリーを6泊7日の船旅で体験する旅行者の物語。
システムAIが書いているシナリオに基づいてせりふを語りながら生きているシナリオ都市グローブで、革命が起き、システムAIの電源が落とされる「機械仕掛けのエウリピデス」も、オチは見えたが愉快に読んだ。
しかしそんな断片的な紹介はたぶん、誰の役にも立っていない。次々と繰り広げられる作者の話術に飲み込まれてこその読書だから。
落としどころもないし、教訓もない。

そこにあるのは、自分がこれまでに読んできた物語の記憶と融合する新たな物語への出会いの至福。

万人受けはしないけれど、きっと好きな人が一定数はいる小説。
そういう人に気づいて貰いたい。そういう意味でドゥマゴ文学賞はよいきっかけになったのかな。
(と言いつつ、この本の話題を身近なところで聞いたことはないが...)

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