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毎日読書メモ(199)『エレジーは流れない』(三浦しをん)

三浦しをん『エレジーは流れない』(双葉社)を読んだ。「小説推理」に連載されていた...あ、ついこの間読んだ津村記久子『つまらない住宅街のすべての家』と同じ時期か(単行本の刊行は1ヶ月違い)。中間小説誌の懐の深さを思いつつ読む。
舞台となった温泉街、餅湯温泉を頭の中で思い浮かべる。『まほろ駅前多田便利軒』がハコQ沿線の街まほろを舞台としていて、首都圏に土地勘のある人ならああ、〇〇市のことね、と、すぐ推察できるように、餅湯温泉は、新幹線(あ、ハコQと違って実名の電車ではないか)開業で一気に観光客が流入するようになった、海と山をそなえた温泉街である。自分自身、何回も訪れている、あの新幹線停車駅の温泉街を思い浮かべ、温泉街のアーケード商店街の中の土産物店で育った高校2年生の穂積怜の生活を思い浮かべる。
周囲に気を遣いすぎ、結果として将来への展望もなく、なんだか覇気のない怜の生活。がむしゃらに勉強しなくてもそこそこの成績をとり、体育会的な暑苦しさもなく、クールな伶のたたずまいを見ていると、たぶん同級生にいたら、絶対気になる男子だったと思う、そんな怜は、もてもせず、自分自身、幼馴染の悪友竜人のような熱愛をすることはないだろう、と、高校2年生にして妙に達観している。美術部の幽霊部員として、実質ほぼ帰宅部でまっすぐ母一人子一人の土産物店兼住居に帰宅して、そんなに儲かってなさそうな土産物店の店番と家事をこなす。こんなにお金なさそうなのに大学に行きたいなんて言えるのかな、と葛藤する怜には、1ヶ月に1週間の別世界の生活があった。突然、リアルな青春小説が、理解不能のミステリになる。
商店街の干物店の息子竜人、喫茶店の息子で絵画に打ち込むマルちゃん、小学校のときから仲良しのサラリーマン家庭の心平(竜人同様脳みそまで筋肉、みたいな天然キャラ)、餅湯と対抗する近隣の温泉街元湯温泉の大旅館の息子藤島、この5人のつるみ方とか、九州への修学旅行時の笑えるエピソード(伏線となっていて、最後にきちんと回収される)、すべてが、時代を超越した青春小説になっていて、自分自身の高校生時代のことを思い出して、気持ちがじんわりするのだが、これって、今を生きる若者にも伝わっているのだろうか。
餅湯城(コンクリ製の観光施設)の元に作られたさびれた博物館からの縄文土器の盗難事件と、怜の出生の秘密、という、ふたつのミステリが並行で語られ、その中で5人の少年が少しずつ自分自身の進路と向き合っていく。どの子も可愛い。それぞれの親たちの気持ちとかも思うといとしい。男子の莫迦さ加減に笑い、また、家の外に出たら7人の敵がいると思う人と、誰もが自分を助けてくれる人だと思う人のメンタリティの違いについて考察する。
ところどころ、細かい描写に声に出して大笑い。
愛なき世界』とか『神去なあなあ日常』とか『仏果を得ず』とか『星間商事株式会社社史編纂室』とか『舟を編む』とか、三浦しをんは職業小説の名手、という印象が強かったが、別に、特定の職業についての理解を深めた、という訳ではなく、生きるということ、それにどう向かい合って行くかということについて、真摯に向かい合ってきた結果が小説に結実しているのだということをあらためて思った。
テーマがいささか地味で、注目度は低いような感じもするが、それでもこんなに愛しい小説はなかなかない。幸せな読書であった。

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