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#12 疲れている部屋

少し、疲れた。

在宅勤務が続き、「勤務時間」という概念が溶けていき、仕事をすることと自由な時間すべてがまざりあってきた。この感覚は、夏休みの宿題を終わらせなきゃならないというプレッシャーに近い。ぱっくり空いた時間のなかで、自分で、やらなければならない、という焦燥。

時間で区切られないことによるストレスというのもあるらしい。ペースはコントロールしているつもりでも、すべてが勤務時間ですべてが自由時間となっているなかでは「仕事をやらない時間」がストレスになってしまう。

本来的には、今日は日曜日だから思いっきり休んでいいはずで、休みだ!と切り替えればいいものの、結局期限を気にして今日終わらせてしまおうと何時間も捧げることになって、休むのが下手になる。フリーランスで仕事をしている人は、こういう生活が日常なのだろうから、そういう切り替えをうまくしているのだろう。

そういうことだから、疲労マネジメントのようなこともここ数日ずっと考えている。肩こり対策と眠気対策にスタンディングデスクを設置したことは、かなり効果的で、仕事の捗りや、こうした文章を書く際にも身体的なストレスは感じなくなった。

それと、食事に関しても、プチ断食をとりいれて朝食を抜いて水ばかり飲み、昼過ぎくらいまで空腹でいるのも、集中力が途切れないのでいい結果に結びついている。

山田知生『スタンフォード式 疲れない体』(サンマーク出版)によれば「「朝食抜き」は三食中一番❝やばい❞」とされている。これを読むと、え、まずくないか?とも思うのだが、なぜ朝食を抜くとまずいのかと言えば「血糖値スパイク」がおきやすくなるからだ。

つまり、朝食を抜いて、その分昼食でたくさん食べることによって、血糖値がグンと上がり、そのあと急降下することによって、眠気や疲労を感じるのだ。ぼくはとくにその影響を受けやすいのか、いつもいつもひどい疲労を感じていた。

ランチに誘われて揚げ物を食べることがあって、そのあとは仕事どころではなくなってしまうことが多々あった。こんなのでよく誘ってきたおじさんたちは大丈夫だなあと思って席を見ると、案の定眠りこけていた。

ただ、昼食も「血糖値スパイク」対策をすればそう眠くなるものではない。たくさん食べなければいいし、栄養は考えたうえで、野菜を中心にして食べて、量を調節すればいい。それで、午後の生産性も保つことができるようになった。

あとは、朝食を抜くと体温が上がりづらくなるというのが問題としてあるようだが、たしかにプチ断食生活のはじめは冷えを感じたような気はするが、慣れてくるとあまり問題はなくなった。

運動も、長時間の散歩やエクササイズなどで適宜やっているので、そのあたりも問題はない。

いちばんいま問題なのは「睡眠」のような気がする。24時ごろには眠りにつき、7時に起きるのだが、なんだか眠気のようなものがひどい。起きてしまえばなんてことないのだが、すっきり目覚めることができていない。

睡眠については西野精治『スタンフォード式 最高の睡眠』(サンマーク出版)で勉強したことがあるが、どれだけ深く眠るかがポイントとなる。人は体温が下がるときに眠くなるから、風呂に入る時間を調整することによって、深い睡眠を得るというのが、簡単に言えばこの本の骨子だ。その風呂に入る時間は、眠る90分前というのがベストなタイミングだ。

風呂に10分程度つかって上がった深部体温が下がるのが、90分後くらいらしく、そのときに眠気をいちばん感じるので、そこで眠るのが深い睡眠に入るポイントらしい。通常勤務をしているときから、23時ごろに眠ることから、21時半には風呂を上がるような計算で生活をしていたから、それは守ることができていた。

しかし、おそらく、この生活で、ここが崩れてしまったらしい。ストレスばかりの生活ではあったが、ある意味ではサイクルがうまく回っていたわけだ。もう一度、睡眠について見直さなければならないようだ。

今日は、かなり疲労を感じている。あまり詩の話ができる状態ではないが、ぼくはずっと「疲労」と向き合って生きてきたような気がする。たぶん、人より疲れやすい身体のような気がしている。こればかりは主観なんだけれど。だから、詩も、疲労と向き合ったものが多い。

今日は一日有意義であった
熱い風呂につかりながら
ああ、気持ちいいなあ、と
幸福な息を吐きながら

瞼が落ちそうになる
瞼の抗しがたい重みは快楽である
(どこへもいかない)

この詩の出来不出来は別にして、「疲れ」というものが詩の底に流れている。思えば、他の詩も、読んでいると「疲れ」がある。先日話した「季刊びーぐる」にはじめて載った「帰途」という作品も「疲れ」ている。

「疲れ」のふるまい。もっと意識的になってもいいのかもしれない。が、こういうのは無意識に出るのがいいのだろうね。

今日は疲れたからここまで。

マガジン『部屋のなかの部屋』
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