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初めての恋人との子を流産した話③

2020年 9月2日
 お昼を一緒に食べようと、初めて会ったのと同じ場所で待ち合わせ。まだ会うのは4回目、初めて会ってから1ヶ月も経っていないのにもうすっかり馴染んでいた。
 ごはんを食べ終え、海辺まで散歩しようということになった。自然と手を繋ぎ、「今日は泣かなかったね」なんて言われて昨日のことが申し訳なくなる。信号を待つ間、突然の告白だった。
 
「結さんのこと、好きなんですけど、付き合ってくれませんか?」
 
突然すぎて、なにも言えず頷いた。
「え?え、本当に?」と慌てる彼に、もう付き合ってるじゃんって正直昨日思った、なんて言って、きちんと私に初めての恋人ができた。海辺につき、並んで座って話しながら「告白するならここだったなあ」「焦りすぎた」と漏らす本音が愛おしかった。
 
 
今思えば、なんでも早すぎたのかもしれない。焦りすぎたのかもしれない。
でも分からなかった。何もかも初めてだったから、分からなかった。普通とか、順番とか、そんなのよりも自分と相手のことだけを信じてしまった。もっとゆっくり、しっかりと、ひとつひとつ踏みしめていけていたら、今でも隣には彼がいたかもしれない。
 
一生分くらいの線香花火、それと同じような恋愛だった。
1本ずつゆっくり眺めて楽しめば良かった。
一気にまとめて、急いで使い切ろうなんて考えないで、ひとつひとつを大事にすれば良かった。
 
 
正式に付き合い始めてからも、変わらず彼は優しかった。デートは毎回きちんと考えてくれて、楽しませてくれた。好きだよと言葉にしてくれて、たくさん幸せをくれた。仕事が上手くいかなくて電話をしたら、駆けつけて泣き止むまで傍に居てくれた。誕生日も、なんでもない日も、いつだって愛をくれた。私の下手くそな愛し方でも、ありがとうと言って抱きしめてくれた。愛おしく思われていることを毎日実感させてくれた。初めて行為をした時も、全部、いつだって優しかった。初めてをたくさんあげた。でも全部、初めてが彼で良かったと本気で思って、今でも、後悔はしていない。
 
 バカみたいだけど、本気で結婚する気でいた。将来は子供3人は欲しいなあなんて、年の離れた弟を可愛がっていて保育士を志すだけある彼の夢。一緒に叶えるのは私だと思った。そうしてあげたいと思った。そのためにはまず同棲だよね、お互いにこれだけ貯金してこのあたりに住みたいよね。でもベッドは別がいいよね、2DKがいいなあ、来年の何月には…、そんな話を当たり前にしていたせいで、未来はどんどん輪郭がはっきりとしていった。
 彼も私も実家住みだったが、彼の家には何度も泊まりに行った。彼が可愛がっている年の離れた弟たちと一緒に遊んだり、親戚を交えたバーべキューにも混ぜてもらったりなんかして、毎度お世話になっていた。そうなると当然ご両親にも挨拶をしていた。
 
2020年 11月
 彼の保育士になるという夢が叶う。彼の就活が終了し、思い描く未来がどんどん差し迫っているわくわくに浮かれていた。嬉しかったのは、お互いの未来の為に、少しでも待遇や給与のいいところに目標を定めて就活していたんだと話してくれたこと。保育士は薄給というけれど、私立ではなく公務員なら安定はするから、と考えて勉強も結のために頑張ったんだと言ってくれた。当たり前のようにお互いの未来にお互いの姿があった、それが何よりも幸せだった。
 
2021年 1月
 彼と一緒に年越しをするところから始まった2021年。この頃、異変があった。休業体制は続くも週に3日ほど、来店予約の入っている日や撮影、挙式などがある日のみ出勤するようになっていた。ただ接客数は多くなく、なかなか成長が実感できない。接客がうまくいかず、この仕事には向いていないんだろうなとずっと気づいてはいたことに向き合うようになった。不定期な出勤も、心と体のバランスを取るのが難しくなる要因だった。休みが多くなると出勤するのも辛くなる、出勤が続けば体も慣れるが、慣れた頃には連休が入る。その繰り返しで、モチベーションが保てなかった。
 生理が来なかった。もともと生理不順など考えたこともないほど毎月予定通りに来ていたのに、一ヶ月以上遅れても来ない。恐らくストレスだったのだと思う。ただ、初めてのことで不安もあり、万が一のことも考えて何度か妊娠検査薬も試した。彼にも報告し、相談して話し合っていた。万が一、妊娠したらどうしよう?もちろん避妊はしていたし、検査薬は陰性なのだからそんなことは有り得ないのだと分かってはいた、でも、安心したかった。
これをきっかけに、もう一度将来についてを話し合うことは出来た。その時初めて、彼の家庭の事情についても聞いた。誰にも話したことがない、両親や兄弟との血のつながりのこと。自分が築きたい家庭の未来図。それを赤裸々に話してくれたことが嬉しかった。やっぱり私は、この人との未来を一緒に築きたい、夢を一緒に叶えてあげたい、と思った。
 
 結局まもなくして生理はきた。相変わらず仕事が辛かったが、なんとかやっていた。
 

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