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コミュニケーションの問題は、"性格"にあるのではなく”ソーシャルスキルの不足”にある

エモスタ研究開発パートナーの酒井です。この記事では、私の研究テーマである「ソーシャルスキル」という考え方を紹介します。コミュニケーションに悩みを感じている人や人間関係が煩わしい人にぜひ読んでいただければ幸いです。


コミュニケーションの本質とは「他者とわかりあうこと」である

コミュニケーションでは、何かしらの情報が伝達・共有されます。心理学では、コミュニケーションは、「道具的コミュニケーション」と「自己充足的コミュニケーション」の2つにわけられています。「道具的コミュニケーション」は、特定の目的を達成するためのコミュニケーションであり、例えば、相手を説得したり、相手に指示したりすることが挙げられます。その一方で「自己充足的コミュニケーション」は、会話することを目的としたコミュニケーションであり、例えば、相手に自分の気持ちや考えを伝えることが挙げられます。「道具的コミュニケーション」と「自己充足的コミュニケーション」はそれぞれ使用目的が異なりますが、コミュニケーションは基本的に相手がいる「ソーシャルな現象」ですので、その本質は「他者とわかりあうこと」であると言えます。「他者とわかりあう」ためには、「コミュニケーション能力」を発揮することが求められます。

コミュニケーション能力について考える時、①「誰かが」(送り手)、②「いつどこで」(状況)、③「誰に対して」(受け手)、④「何を」(メッセージ)、⑤「どのような手段で」(メディア/チャネル)、⑥「どのような効果」(社会的影響力)を及ぼしているのかという視点で考えると良いでしょう。


働く上で「コミュニケーション能力」は必要?

一般社団法人日本経済団体連合会(2018)は、企業の大卒等新卒者の採用選考活動を把握することを目的に、「新卒採用に関するアンケート」を実施しています。「新卒採用に関するアンケート」では、「コミュニケーション能力」が第 1 位(16 年連続)、「主体性」が第2位(10 年連続)、「チャレンジ精神」が第3位(3年連続)という結果が示されています。この結果から、コミュニケーション能力は働く上で最も求められる技能(スキル)であると言えます。

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また、厚生労働省が実施している「労働安全衛生調査(2018)の調査」では、仕事や職業生活に関する強いストレスの内容に「対人関係」(セクハラ・パワハラを含む)があります。この結果から、働く人たちが人間関係に悩みを抱えていることが推察されます。

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※「セクハラ」とは、「セクシュアルハラスメント」のことを指し、「労働者の意に反する性的な言動が行われ、それを拒否したことで解雇、降格、減給などの不利益を受けること。また、性的な言動が 行われることで職場の環境が不快なものとなり、労働者の能力の発揮に大きな悪影響が生じること」を意味します。
※「パワハラ」とは、「パワーハラスメント」のことを指し、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間 関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」を意味します

これらの調査結果から、「コミュニケーション能力」が求められていると考えられますが、人間関係の悩みが尽きることはないのでしょう。

人間関係の悩みを完全に無くすことはできなくても、その悩みに立ち向かうために「ソーシャルスキル」の考え方を身につけておくことが役立つと思います。そこで、以下には、「ソーシャルスキル」の考え方について説明します。


「ソーシャルスキル」は学習可能である

ソーシャルスキルという概念は、アーガイルという社会心理学者が人間の「運動モデル」をもとに考えました。

例えば、車を運転するときに、教習所で運転の仕方を学習しますよね。運転の仕方が未熟だと、スピードの加減がわからなかったり、ほかの車の状況を読み取れなかったりして事故につながる可能性を高めます。

このことは、コミュニケーションの仕方にも当てはまります。私たちはコミュニケーションの仕方を特別に教えてもらった経験がありませんが、日頃からコミュニケーションの仕方を学習しています。私たちは、コミュニケーションの複雑さを認識した上で、他者とのより良い関わり方を模索し、日々実践しているのではないでしょうか。コミュニケーションの取り方が未熟だと、人間関係に悩み、トラブルに巻き込まれる可能性を高めます。

車の運転の仕方がトレーニングで上達するように、ソーシャルスキルという考え方を身につければ、人間関係はトレーニングによって後天的に改善できるのです。

自分が人間関係に悩んでいる時、その悩みは自分の「性格」や「遺伝」といった普遍的かつ先天的なものが原因で起きていると考える人がいるのではないでしょうか?そのように考えれば、コミュニケーションの原因を特定することができるかもしれませんが、「性格」を変えることは難しいですし、ましてや「遺伝」は変えようがありませんので、具体的な解決策を出せないかもしれません。

しかし、「ソーシャルスキル」という考え方を身につければ、自分の人間関係の悩みは「ソーシャルスキルの不足」によって起きていると考えることができます。そして、特定のスキルを身につけることによって解決することができます。


ソーシャルスキルの考え方を身につけて人間関係を円滑にする

この記事では、ソーシャルスキルの考え方を身につけるために、ソーシャルスキルに関する理論モデルを紹介します。なお、ソーシャルスキルに関する理論モデルは様々なものがありますので、この記事では一部のみをご紹介します。

Trower(1982)は、ソーシャルスキルの「行動的側面」(social skills)が具体的な対人行動に関するレパートリーであり、ソーシャルスキルの「能力的側面」(social skill)が具体的な対人行動に関するレパートリーを生み出している能力であると捉えています。Trower(1982)の示唆に富んだ考え方から、ソーシャルスキルという概念には、能力と行動との間に「能力は行動を生み出し,行動は能力を高めることに寄与する」という関係性があると考えられます。ここでの「行動」とは、個人が対人関係を円滑に開始し、維持するために、相手に効果的に反応する際に用いる言語的・非言語的な行動レパートリー(相川・佐藤・佐藤・高山, 1993)を指し、いくつかの言語的・非言語的な行動の要素が組み合わさって実行され、当人だけでなく相手にとっても利益を最大にする対人行動(Michelson, Sugai, Wood, & Kazdin, 1983高山・佐藤・佐藤・園田訳1987)を意味します。

この記事では、Trower(1982)の考え方を踏まえて,ソーシャルスキルの「行動的側面」と「能力的側面」の定義を包括し,ソーシャルスキルを一連の生起過程で考える「ソーシャルスキル生起過程モデル」(相川,2009)を紹介します。

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【引用元】相川 充 (2009). 新版 人づきあいの技術 ソーシャルスキルの心理学 セレクション社会心理学-20 サイエンス社

「ソーシャルスキル生起過程モデル」では、ソーシャルスキルを、「対人場面において、個人が相手の反応を解読し、それに応じて対人目標と対人反応を決定し、自己の感情を統制した上で、適切かつ効果的な対人反応を実行するまでの循環過程」と定義した上で、認知から感情そして行動までの一連の生起過程として捉えています。簡潔に言えば、相手の反応を理解した上で、自分が望んでいる「相手との理想の関係」を築くために、状況に適した方法で行動するということです。

ソーシャルスキル生起過程モデルでは、「相手の反応の解読」「対人目標と対人反応の決定」「感情の統制」「対人反応の実行」の各過程があります。

(1)相手の反応の解読:相手の表情や仕草の反応を読み解く過程
(2)対人目標と対人反応の決定:対人場面における目標と行動を決定する過程
(3)感情の統制:対人場面で生じる感情を調整する過程
(4)対人反応の実行:自分の対人目標を達成するために対人反応を実行する過程

「ソーシャルスキル生起過程モデル」において、ソーシャルスキルには以下のような特徴があると言われています。

(1)認知過程があることで初めて対人反応の実行が適切かつ効果的になる。
(2)認知過程は行き交いする。
(3)対人反応は階層構造になっている。
(4)各過程は意識的に行われた結果、次第に自動化していく。
(5)「相手の反応」と「対人反応の実行」からフィードバックを受ける。
(6)ソーシャルスキルの実行の背後には「社会的スキーマ」がある。


ソーシャルスキル生起過程モデルにおける「社会的スキーマ」とは、「人間関係に関する体系化された知識」を意味し、時と場面に適した行動を取ることに役立ちます。社会的スキーマには以下の5種類があると言われいます。

(1)人スキーマ:他者の反応を解釈するために役立つ知識
(2)自己スキーマ:自分に関係する情報処理に役立つ知識
(3)役割スキーマ:社会的な役割やカテゴリーについての知識であり、特定の集団に対する判断やステレオタイプ的な認知をもたらす知識
(4)出来事スキーマ:ある社会的状況で生じる出来事についての知識のであり、出来事に関する情報処理が促進され、相手の反応を予測することに役立つ知識
(5)因果スキーマ:物事が生じた原因とその結果に関する認識の枠組みであり、原因や結果を推測するのに役立つ知識

人間関係で悩みを抱えている人は、ソーシャルスキル生起過程モデルにおける「相手の反応の解読」「対人目標と対人反応の決定」「感情の統制」「対人反応の実行」の4過程のいずれかで、問題が生じている可能性があります。また、ソーシャルスキル生起過程モデルにおける「社会的スキーマ」の精度が低いことによって問題が生じている可能性も考えられるでしょう。

今回の記事の内容についてさらに詳しく知りたい方は、下記の書籍がオススメです。

なお、今回の記事の内容は、下記の記事で説明した内容を一部取り入れています。


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参考文献

相川 充 (2009). 新版 人づきあいの技術―ソーシャルスキルの心理学― セレクション社会心理学-20 サイエンス社

相川 充 (2013). Chapter 7 人間関係のスキルとトレーニング 上野 徳美・岡本 祐子・相川 充(編著)(2013). 人間関係を支える心理学――心の理解と援助―― 北大路書房 p.175-188.

相川 充・佐藤 正二・佐藤 容子・高山 巌 (1993). 孤独感の高い大学生の対人行動に関する研究―孤独感と社会的スキルとの関係― 社会心理学研究, 8, 44-55.

Argyle, M. (1967). The psychology of interpersonal behavior. Penguin books. (M. アージル(著) 辻 正三・中村 陽吉 (訳) 1972 対人行動の心理 誠信書房)

Michelson, L., Sugai, D. P., Wood, R. P., & Kazdin, A. E. (1983). Social skills and child development. In social skills assessment and training with children: An empirically based handbook (pp.1-11). New York: Springer US. (高山 厳・佐藤 正二・佐藤 容子・園田 順一(訳)(1987) 子どもの対人行動――社会的スキル訓練の実際――(pp.1-17) 岩崎学術出版社)

Trower, P. (1982). Toward a generative model of social skills:a critique and synthesis. In J.P. Curren, & P.M. Monti (Eds.), Social skills training:A practical handbook for assessment and treatment. Guilford Press. pp. 399-427.

記事執筆者:エモスタ・研究開発パートナー 酒井智弘

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