戯曲『1995年のサマー・アンセム』(1/6)
これまでに僕が手がけてきた戯曲を公開します。
今回投稿するのは、『1995年のサマー・アンセム』という作品です。
全6回に分けて投稿していきたいと思います。
公演時の詳細情報については、前回の記事をご覧ください。
今回も上演時間2時間弱の作品で、それなりに長いですので、暇なときにでも読んでいただけたらうれしいです。
ぜひ最後までお楽しみください!
【登場人物】
杉森健児(35/17)
石黒竜也(35/17)
小寺千恵(35/17)
岡島亮子(18)& 向井琴子(16)
中西和樹(17)
秋山花恵(18)
石黒奈江(32/15)
滝川希美(27)
平松哲生(35/17)
1 お葬式
暗転した中で、交通事故の音。
明転――。
ひとりの女子高生が、うつぶせで倒れている。
その傍らに、もうひとりの女子高生・岡島亮子(18)が立っている。
亮子 (倒れた女子高生を指して)これは、あのときの私です。……私が死んだのは、1995年の7月でした。私は野球部のマネージャーで、その日は県大会の決勝戦でした。……集合場所に向かっていた私は、その途中で交通事故にあいました。小さい子猫が、フワッと車道に飛び出したのを、見て、ワッと私も飛び出して……助けようとして、で、パッと見たら、トラックが目の前に走ってきてて……いきなり目の前に現れたっていう感じだったんですけど……だから、私は死んでいます。私は死んでいて、もう、この世界には、私はいません……私は、死んでしまったから。
亮子、慈しむように辺りをゆっくりと見回し、客席に向かって微笑む。
四人の高校生たちがやって来る。
マネージャー・亮子の葬式にやって来た野球部の部員たちだ。
投手・杉森健児(17)、捕手・石黒竜也(17)、野手・平松哲生(17)、マネージャー・小寺千恵(17)。
四人、客席に背を向け、倒れた女子高生に向かって立つ。
石黒 (遺体に向かって話しかける)亮子……決勝戦、負けちゃったよ……ごめんな。一緒に甲子園に行こうって約束したのにな……。
泣き出した石黒を、平松と千恵が慰める。
千恵 (遺体に向かって)……亮子……なんて言っていいのか、わかんないよ私……ずっと、卒業してもずっと友達だよって思ってたから……。
平松 友達だよ。これからもずっと。なあ、亮子。
亮子 ありがとう。うれしいよ。
千恵も泣き出して、平松が肩を抱く。
石黒 なに死んでんだよ……なんか言ってやってよ、スギくんも。
杉森 ……俺はあきらめねーぞ。
一同、杉森を見る。
平松 なに?
杉森 俺はあきらめねえ。
平松 ……(よくわからないなりに)亮子、聞こえるか? あきらめないんだって、スギくんは、あきらめないんだよ。
亮子 ……。
千恵 スギくん、本当は、優勝したら、亮子に告白するつもりだったんだよ。
平松 え、マジで?
千恵 (杉森に)そうだよね?
杉森 ……俺はあきらめない。
平松 (遺体に)あきらめないぞ。スギくんはあきらめないぞ!
杉森 俺はあきらめない、絶対に甲子園に行く。
一同 ……。
杉森 亮子、甲子園、連れてってやるからな。
千恵 スギくん……わかるけど、嘘はやめよう。私たち、もう引退じゃん……。
石黒 気持ちは、みんな一緒だけどさ。
杉森 行こうぜ、甲子園。
千恵 わかるけど……。
杉森 行こうぜ……え、行かねえの?
千恵 ……。
平松 俺たち、もう引退なんだよ。
杉森 は? それ、誰が決めたんだよ?
平松 や、誰って……俺たち3年じゃん。
杉森 誰が決めたんだよ? 俺は引退なんかしねえぞ。
平松 ……。
石黒 しょうがないだろ。俺たち3年生なんだよ。
杉森 3年でも何年でも関係ねーよ。俺は卒業しない。俺は、卒業しない。来年、甲子園に行くっ!
千恵 ……(おどけて、遺体に)ははっ。やばいね。スギくん、狂っちゃったよ。亮子が死ぬからだよ……(と泣く)。
気まずい間……。
杉森 竜也、千恵、平松……なあ、一緒に行こうぜ、甲子園。みんな一緒に、亮子と一緒に。約束しただろ?
一同 ……。
杉森 来年。な、そうしよ。来年。
平松 やだよ。俺、留年なんかしたくねーし。
杉森 ……卒業なんかできねえよ、このままじゃ……卒業しない。絶対。卒業なんてしない!
一同 ……。
杉森 (空を見上げて、清々しく)ああー、今日は空が青いなぁ。この空の向うに、きっと甲子園があるんだろうなぁ。
一同 ……。
亮子 このとき、私は、ちょうどそのへんに浮かんでいて、杉森くんと目があってました。っていっても、杉森くんはもちろん気付いてなかったんだけど……私は、なんだか私が死んだってことが信じられなくて、でも、みんなのことを見てたら、ちょっと泣きました。(照れて)ふふっ……これは、もう17年も前の話です。1995年の、夏の……あれから17年も経ったんですね……。
亮子、去る。
杉森 (客席を向いて)そうして、2012年。俺は、高校20年生になっていた……。
音楽①。
暗転――。
2 学校(1)
明転――。
17年後・現在(2012年7月)――。
場面は、高校の教室(3年11組)。
机と椅子が五人分並んでいる。
高校20年生になった杉森(35)、自分の席に座る。
そこに、同じく高校20年生になった石黒(35)と千恵(35)が登校して来る。
石黒 おはよー。
杉森 おー、おはよう。
千恵 おはよ。
杉森 千恵千恵、英語の宿題やった? 英訳。
千恵 うん。
杉森 ちょっと見せて。忘れちゃった。
石黒 あ、俺も。
千恵 いいけど……宿題なんか毎年ほとんど一緒じゃん。去年のプリントとか、捨てないで持ってればいいじゃん。私、丸写しだよ。
石黒 あ、それ頭いい。
千恵 え、普通……二人とも、野球部の練習ばっかりやってるからアレなんだよ。
石黒 勉強はもういいよ。
杉森 毎年毎年、おんなじことの繰り返しだもんな。
石黒 ほんと、もっと突っ込んだ授業してくれれば面白いんだけど。
千恵 しょうがないじゃん。私たちに授業を合わせるわけにもいかないでしょ。
石黒 そうだけど。
杉森 ちょっと便所。
石黒 あ、俺も。
杉森と石黒、トイレに行く。
千恵、自分の席に座ると、引き出しにカバンから出した教科書を入れる。
と、引き出しの奥に、なにかがあるのを感じて、ひっぱり出す。
出てきたのは、ラブレターっぽい封筒だ。
千恵 (封筒の中の手紙を出して読む)小寺千恵さま。ずっとあなたのことが気になってました。好きです。付き合ってください。中西より……。
千恵、驚いて、辺りを見回す。
誰もいない。
千恵 (再び手紙を見て)……中西くんが、私のことを……?
そこに、ふたりの高校生が登校して来る。
高校三年の中西和樹(17)と、秋山花恵(18)だ。
中西 (千恵に)おはようございます。
千恵 (ドギマギして)あ、中西くん、おはよ。
花恵 ちょっと、なんでオバサンに声かけてん。老けるで、こっちまで。
中西 なにそれ? 意味わかんねーよ。
花恵 ほんまやって。仲良くすると似てくんねんで。ウチの親なんかそっくりやもん……ていうか、あの人35なんやって。知っとった? ヤバくない? ウチの親のいっこ下なんやけど。
中西 てかそれ、めっちゃ若いじゃん、親。
花恵 え? そうそう、学生結婚やってん、ウチの親。
と、ふたり席につく。
花恵 ていうか、どうなん、今年の野球部? エースとしては、甲子園とか狙えそうなん?
中西 当然、視野には入ってますよ。
花恵 マジで? すごいやんそれ。応援行くよ。
中西 来てよ。そういうのめちゃめちゃ必要なんだよね。
千恵 (中西が気になる)……。
杉森と石黒がトイレから戻って来る。
中西 おはようございます。
杉森・石黒 うぃーす。
中西 ……。
花恵 ねえ、私ずっと思っとったんやけど、野球部に20年生って必要なん?
中西 え?
花恵 杉森先輩も石黒先輩も、補欠なんですよね?
石黒 そうだけど?
花恵 意味ないんとちゃいますか?
杉森 意味とか言ってんじゃねーよブス。
花恵 ……いい加減にもう部活辞めいーや。甲子園の邪魔やで。(中西に)なあ?
中西 まあ……。
そこに、担任教師・平松(35)がやって来る。
平松 おはようー。
一同 おはよーございまーす。
平松 はい、みんな座って。
花恵 先生ぇ。
平松 なに?
花恵 なんで私たち、こんなクラスなんですか?
平松 こんなって、いきなりなに? どういう意味?
花恵 オッサンとかオバサンばっかやん、このクラス。
平松 ばっかって、三人だけだろ。
花恵 三人だけでも、ありえませんから。
平松 秋山。可哀想な人たちなんだから、あったかい目で見てやってくれよ。
花恵 なんでやねん。
平松 頼むよ。な? というかそれよりも今日は大事件ですよ。
石黒 なに?
平松 タバコ! 屋上でタバコの吸い殻が見つかったんだよ。
一同 ……。
平松 え? どうなってんの? 誰か知ってる? 高校生って、まだタバコ吸っちゃダメなのよ。わかってます? ていうか時代錯誤だよ。タバコなんて時代遅れだからね。ほんと、タバコやめるか学校辞めるか、ちゃんと考えたほうがいい。ねえ、杉森くん!
杉森 は? 俺じゃねえよ。
平松 そうですか?
花恵 怪しい怪しい。
杉森 はぁ?
花恵 あ、怖いー。
杉森 ちっ。
石黒 ていうかさあ、吸ってたとしても、俺たちは別にいいでしょ。大人なんだから。
平松 体は大人でも高校生だろ? 高校生は校則を守ってもらわないと。わかってるでしょ? タバコ吸ったら停学だよ?
石黒 えー、そうなの?
平松 そうなんですよ。
杉森 俺らじゃねーから。スポーツマンはタバコなんか吸わないんだよ。
平松 本当に?
杉森 本当だよ。意外と中西あたりが吸ってたりすんじゃねーの?
中西 ちょっとやめてくださいよ。
千恵 スギくん、それはダメ。
杉森 なにが?
千恵 中西くんが野球部のエースで髪の毛も長いからって、いじめちゃダメだよ。
杉森 はあ?
千恵 嫉妬したりして、大人げないよ。
杉森 全然違うだろ。
千恵 そう?
杉森 そうだよ。とにかくタバコ、俺たちじゃないから。
平松 じゃあいいけど……。
花恵 ちょっとちょっと。先生、甘やかしすぎなんちゃうん? いっつもそうやん、20年生にだけ甘いで。
平松 え、そうかな?
花恵 そうやって。
石黒 いいじゃん。元同級生なんだから。
花恵 いいわけないやんか。元同級生って、アホちゃうん?
石黒 ……。
杉森 おい! お前さ、いっつもそういうこと言ってっけど、俺らが何こ上かわかってんの?
花恵 わかってますよ。17こ上でしょ? ていうか、17こ上のクラスメイトってありえへんし。
杉森 ……ちっ。
授業のチャイムが鳴る。
花恵 いい加減、卒業しいや。なに考えとん? 死んだほうがいいんちゃうん?
杉森 ……。
平松 おい、秋山。お前もいい加減にしなさいよ。
花恵 なんで? なんでなんでなんで?
平松 なんでもだよ。人には触れられたくない傷ってのがあるだろ。
花恵 なにそれ? 野球部のマネージャーが死んだこと?
平松 秋山!
花恵 怒らんでもいいやん今更。みんな知っとるよ、そんなこと。
平松 もういいから……はい。じゃあ、授業はじめるぞ。
杉森 亮子は、学校休んでるだけだよ。
一同 ……。
杉森 死んだとか言ってんじゃねえよ。亮子は、ずっと学校休んでるだけだよ。
花恵 ……ごめんごめん。
杉森 ごめん? ごめんってなんだよ?
花恵 ごめんって。謝っとるやん。許して許して。ごめん。
杉森 はぁ? だから、ごめんってなんなんだよ。
石黒 スギくん、やめときなって。
杉森 だってこいつだろ。(花恵に)てめえ何様だよ? 死んだとか言ってんじゃねーよ。死んでねーから。死んでねーからな。わかってんのかよ。
花恵 ……。
杉森、自分の席に戻る。
平松 じゃあ、授業授業。
花恵 17年も休んでんねや?
杉森 あ?
平松 秋山!
花恵 17年も学校休んでるってどういうこと? なにしてんの家で? 17年も。
杉森 ……風邪だよ。
花恵 17年間ずっと風邪ひいてるんや? それ完全に死ぬやろ。
杉森 とっくに治ってるよ、風邪は……きっかけだよきっかけ。風邪で休んでたけど、今はただ休んでるんだよ。
花恵 へえ。
杉森 ……なんだよ?
花恵 別に。
杉森 あのさ、俺は別にお前のこと殴ったっていいんだよ?
花恵 じゃあ殴れば? 殴ればいいやん。そしたら野球部退部ですけどね、暴力事件で。ああ、でもそれいいやん。甲子園行きたいとか言ってるオッサンも、それでようやく卒業できるんちゃうん?
杉森 ……(石黒に)ねえ、なんなのこいつ。
石黒 まあまあ。
中西 秋山やめとけって。この人たち狂ってんだから。
花恵 ははっ。そっかそっか、やめとこやめとこ。
平松 おい。もういいから。
石黒 誰が? 誰が狂ってるって?
平松 石黒も、ほら。
中西 狂ってるんじゃないですか? まともじゃないっすよ。病院行ったほうがいいっしょ。
杉森と石黒、中西を殴ろうとする。
千恵 待って待って待って待って待って! 待って待って!
と、千恵が杉森と石黒の前に割り込む。
千恵 いまのは中西くんが悪い。謝って。
中西 ……。
千恵 謝って!
中西 ……先生。もうクラス替えしてくんない?
平松 アホ。もういいから、みんな座れ。授業はじめさせてくれよ。
一同、それぞれ仕方なく自分の席に戻る。
平松 はい。じゃあ、教科書出して。107ページから。
音楽②。
転換――。
3 職員室(1)
放課後の職員室。
野球部の練習する音が聞こえている。
そこに、平松と女性教師・滝川希美(27)がやって来る。
滝川 野球部、今年は甲子園行けそうですか?
平松 そうですねぇ……やあ、いろいろ問題抱えてるんですよね。
滝川 20年生ですか?
平松 ええ……今日もねえ、中西たちから、『マジで20年生が邪魔だから退部させろ』って言われちゃいました。
野球部の顧問である平松は、これから練習に参加するため野球部のユニフォームを着る。
滝川 でも、補欠でしょ? あの人たちは。
平松 公式戦は出られないですからね。年齢が年齢なんで。
滝川 卒業すればいいのに。
平松 ですよね……。
滝川 平松先生から言ってやったほうがいいんじゃないですか、やっぱり。
平松 退部ですか?
滝川 だって、同級生なんですよね?
平松 まあ……夢があるんですよね、あいつら。甲子園に行きたいって。
滝川 ……でも、35歳ですよね?
平松 そうですけど。
滝川 ……じゃあ、アレか。今年甲子園に行けたら、卒業してくれるんですかね?
平松 や、僕もね、それを期待してるんですけど……無理だろうなぁ。エースの中西は意気込んでますけどね、無理ですよ。今度の予選、二回戦で甲子園常連の高校とあたりますからね。負けちゃうと思いますよ。
滝川 コーチがそんな弱気じゃダメじゃん。
平松 うん、そうなんだけどねえ……。
滝川 あ、タメ語使っちゃった。ごめんなさい。
平松 や、いいですけど……。
職員室に、二年生の生徒・向井琴子(16)が入って来る。
琴子 失礼します。あ、滝川先生。
滝川 はい? ああ、向井さんありがとう。ごめんね。
琴子 はい。
琴子、教室で集めてきた提出物を滝川に渡す。
平松 (琴子を見て驚く)……亮子?
琴子 え?……なんですか?
平松 亮子?
琴子は、亮子に瓜二つだった。
琴子 りょうこ? って、なんですか?
平松 え、名前は?
琴子 向井ですけど。
滝川 ウチのクラスの転校生なんですよ。
平松 転校生……。
滝川 ええ。向井さん、もういいよ。ありがとう。
琴子 あ、はい。失礼しまーす。
琴子、職員室を出て行く。
平松 (見送って)……。
滝川 どうしたんですか?
平松 いや……ちょっと、昔の知り合いにそっくりだったんで。
滝川 へえ……大丈夫ですか? 野球部の練習。
平松 ああ、そうですね。じゃあ。
平松、職員室を出て行く。
場面変わって――。
廊下。
平松、琴子を呼び止める。
平松 ねえ、キミ。
琴子 (振り返って)はい?
平松 もう一回、名前教えて。
琴子 向井です。向井琴子。
平松 向井……2年、なん組?
琴子 4組です。
平松 そっか……じゃあ、僕の授業はないね。
琴子 そうですね……?
平松 や、あの……知り合いに似てるんだ、キミ、向井さんが。
琴子 はあ……。
平松 ……似てるっていうか、そっくり……(ふと思いついて)あっ。
琴子 あの、もう行っていいですか?
平松 待って……あのさあ、向井さん、ちょっと相談にのってもらえないかな?
琴子 相談ですか?
平松 キミにしか出来ないことが、きっとあるから。
琴子 ……?
音楽③。
転換――。
(次回に続きます。お楽しみに!)
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