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忘れられない旅ごはん

 旅の思い出は、目にしたもの、聞いたこと、さまざまな体験と結びついているけれど、食べたり、飲んだり、その土地で口にしたものはとりわけ印象深い。

 ガイドブックで調べた郷土料理、地元の人に教えてもらったおすすめの店、直感で選んだメニュー。旅の数だけ、舌の上にも思い出が 残る。

ナイフとフォークでハンバーガー、カナダ

 初めての海外の旅はカナダ。大学生の夏、バンクーバー に住む伯父一家を頼り、短期間の語学留学も体験した。今ほど海外の食文化に触れる機会もなかったから、何もかもが新鮮で珍しかった。

 私がまだ幼かったころ、祖母が「ハンバーガーを食べたい」と言って、家族で出かけたことがあった。伯父(祖母にとっては息子)を訪ねカナダを旅行したときに口にしたらしい。私の住む町でもハンバーガーショップくらいはあったと思うのだけれど、近くに店がなかったからか、結局そのときはフライドチキンのファストフード店でチキンフィレサンドを買ってきて家で家族みんなで食べた。

 バンクーバーでは、従姉たちが有名な観光スポットに連れて行ってくれた。バンクーバー発祥の地といわれるギャスタウンに行ったときだったろうか。ランチに入った店で、ハンバーガーと一緒にナイフとフォークが出てきたときにはびっくりした。当時はチェーン店以外で食べたことがなかったので、ナイフで切るなんて初めてだった。祖母の場合はもしかしたら、初めてのハンバーガーがこんなタイプだったのかもしれない。私たちと一緒にチキンフィレサンドを食べながら、なんだかちがうなと思っただろうか。そもそも中身がハンバーグですらなかったけれど。

 あまり好きではなかったアボカドや、なじみのなかったズッキーニをおいしいと思うようになったのも、スモークサーモンを挟んだベーグルを初めて食べたのもこの旅だ。マーケットで見た山盛りのベリー類も珍しかった。思えばこのカナダ滞在をきっかけに、私の食に対する興味も深まったように思う。

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フィンランドでコケモモと対面

 大学の卒業旅行ではフィンランドとイギリスに行った。帰国して「何を食べたの?」と聞かれたけれど、学生の貧乏旅行だったから、大したものを食べていない。お惣菜を買ってきて部屋で済ませたことも多かった。それでも名物料理はしっかり押さえた。

 フィンランドでは、ツアーのランチでトナカイ肉のステーキを食べた。サンタクロース村の後だったけれど。コケモモの甘いソースが添えてある。このコケモモという響きにひかれた。子どものころに読んだ外国の昔話に出てきたからだ。

 ビュッフェスタイルの朝食で、穴あきチーズを見たときは、「『トムとジェリー』のチーズだ!」と思った。雪の中にぴょっこり立つ看板を目印に、降り積もった雪を踏みしめながら、パン屋さんに行ったのも印象深い。サーモンのスープにリコリス(甘草)ソースのアイスクリームを食べた日も。甘いリコリスは初めての味だった。

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イギリス、カーニバルな朝ごはん

 イギリスでは、留学経験のあるMihokoから「パブめし」がおいしいのだと教えられた。ビールを飲むバーのようなイメージのパブだけれど、料理メニューが豊富な店やランチを提供する店もある。Mihokoおすすめのジャケットポテトは、日本ではあまり見たことのないような大きなジャガイモを使ったベイクドポテトだ。イギリスのチーズ・チェダーやサワークリームなどのソースをかける。

 定番のファストフード、フィッシュ&チップスは持ち帰り(イギリスではtake awayと言う)して、列車の中で包みを開いた。思った以上に大きい。塩とビネガーをかけて食べるので、salt & vinegarの発音を練習した。

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 イギリス式の朝食はライという石畳の美しい街にあるB&Bで体験した。品のいい年配のご夫婦の経営で、部屋はピンク色にまとめられていてかわいらしい。朝食のときに「ベーコン、ソーセージ……」と言われるままに、「yes,yes」と答えていたら、笑いながら「カーニバル!」と言ってお皿を出された。

 ベーコンにソーセージ、ベイクドトマトにマッシュルーム、ハッシュドポテト、中央にはスクランブルエッグ。Mihokoから、普通はベーコンやソーセージの中からどれがいいか選ぶものなんだよと教えられた。だから「カーニバル」だったのだ。薄いトーストにバターとマーマレード。ミルクティーと一緒に、最高の朝ごはんだった。

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ギリシャの島のしなびたトマト

 初めてギリシャを訪れたときは一人旅だったが、知人からギリシャ人のAさんを紹介してもらい、アテネを案内してもらった。ランチに連れて行ってくれたのは、大勢の人で賑わうモナスティラキ広場にある店。ぐるぐる回転させながら焼く肉を薄切りにしたもの「ギロ」が、トマトやスライスしたタマネギと一緒にどっさり皿に盛り付けられ、もっちりした平たいパン、ピタが添えてある。ボリューミーな料理と格闘していると、見かねたのか「Shoko、全部食べなくていいんだよ」と言われた。完食できず無念だったけれど、暖かくて食べ物は豊富で、ゆったりしていて、豊かだなと思った。

 ピタパンでギロとトマトやキュウリのディップ「ザジキ」などを包んだギロ・ピタは、ギリシャの定番ファストフードだ。

04.8.4 ギロピタ

 ギリシャは島巡りが楽しい。島のタベルナ(レストラン)では、イカのフライ「カラマリ」や小魚のフライ、オリーブオイルとレモンのソースをかけて食べる焼き魚、シーフードスパゲティなど海の幸を満喫した。日本と同じようにタコを食べるのも親近感がわく。ギリシャではタコをバシバシと地面に叩きつけてやわらかくするという。そのおかげか、大きなタコの足もやわらかかかった。

 Mihokoと一緒にイタキという小さな島に滞在したときのこと。キッチン付きの部屋に泊まったので、食材を買いに街へ出かけた。食料品店の店先で日に当たったトマトは少ししなびていた。しかたなく買って帰ったのだが、驚くほど甘くておいしかった。ギリシャの太陽をたっぷり浴びて育ったからだろうか。

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イワシ焼く煙漂うポルトガル

 ポルトガルを旅したときは、事前にガイドブックでどんな料理があるのか予習した。塩ダラを使った料理が名物で、ジャガイモや卵と一緒に炒めてある。

 海辺の町・ナザレでのことだったと思う。路地から香ばしい香りが漂ってきた。炭火でイワシが焼かれている。道端で干物まで作られていて、思わず写真に収めた。ここだけ見ると日本の港町だと言っても通じそうだ。

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 街歩きの後、みんな疲れて部屋で休んでいたので、私は一人、夕食の店の下見に出かけた。ガイドブックで紹介されているところを見て回り、ピンときた店を提案した。結果は大正解! グリルしたタコやエビ、魚の入ったトマトスープ。お米と一緒に皿にとる。ごはんを食べるとほっとする。デザートのプリンは固めでなつかしい味だった。

 旅に出るずっと前に、新聞に載ったポルトガル料理の特集記事を切り取って持っていた。天ぷらも金平糖もカステラもポルトガルにゆかりがある。この記事を読んだころ、その地に自分が行くことになるとは思わなかった。遠く離れているけれど、味はつながっていた。 
(この旅についてNorikoの記事はこちら→28歳のポルトガル

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旅で出合った驚きの味

 旅に出て、初めての味にいろいろ出合ったけれど、何だこれ!?と驚いたものもあれば、これはちょっと、と戸惑う味もあった。

 カナダでは、生でブロッコリーやカリフラワー、マッシュルームが出てきて驚いた。米が野菜感覚でサラダに使われていたのも新鮮だった。イギリスで、ヨーグルトを買ったつもりで口に運んだら、米が入っていて面食らった。ライスプディングだったらしい。甘いお米なんて、と驚いたけれど、考えてみれば日本にもおはぎがあった。

 「おいしいものは、地元の人に聞け」をモットーにしていた私は、ギリシャのクレタ島を旅したとき、ホテルのフロントの女性に、おすすめの店を尋ねた。ロビーにいた地元の男性に聞いてごらん、と言われたので尋ねてみると、店まで案内してくれるという。一緒に旅していた大学時代の友人Yと2人で付いていくと、なぜか案内してくれたおじさんとその友人たちとで一緒に食事をすることになり、いくつか料理を注文してくれた。出てきた料理の中にヤギ肉のローストだったか煮込みだったかがあった。「おいしいか?」と訊かれてあいまいに頷いたが、これはなかなかクセがあって、食べにくかった。

 そういえば、フランスでヤギ乳のミルクかヨーグルトを食べたことがある。これも独特のにおいと味だった。『アルプスの少女ハイジ』のアニメでは、ヤギのミルクがおいしそうで、飲んでみたいと思ったのだけれど。

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7.2 ハニア街並み (2)

 フィンランドの首都ヘルシンキのホテルに泊まったとき、部屋で夕食をとることにして、スーパーで買い出しをした。ジャムや何かと思って、茶色い液体だかペーストだかを買ってきた。口にして、強烈なにおいと味に面食らった。「野菜の煮汁とイーストのドリンクを間違って買ってしまった。強烈なにおい!!」とアルバムに書き残している。

 Mihokoが「イギリスのマーマイトみたいなものじゃない」と言っていたので、調べてみると、マーマイトはビールの醸造過程で出る酵母を原料にした発酵食品だという。一時期、ダイエットや健康にいいと流行ったビール酵母の味に似ている気もする。今も忘れられない衝撃の味だ。

旅の記憶、味の記憶

 今では料理の写真を撮る人も珍しくないが、海外旅行に行きはじめたころはテーブルで写真を撮っていると、お店の人に笑われた。

 写真を見ると、これを食べたときにはこんなことがあった、と思い出も一緒に甦る。私の場合は、旅の記憶が味の記憶と結びついているようだ。一緒に食べた人のことも思い出される。誰かと一緒だったから、より味わい深いのかもしれない。旅の思い出は、味の思い出でもある。

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(text:Shoko, photos:Mihoko&Shoko) ©️elia ※写真はイメージ




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