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シミの住人|SFショートショート

ある人間の食べ物の液が一滴、その者の服に落下した。
それが世界の始まりだった。


その液体は服の布に染み込み、繊維の一本一本にまで浸透していく。
そこにある時、細菌が一つ、外界から飛来してきた。
細菌にとってその栄養価の高い液体の中がとても居心地が良く、その中に留まる事とした。
その場の栄養を使い、細菌は順調に個体数を増やしていった。何も考える力はなく、個体を増やす事のみに専念していく。

そうしているうちに、液体の水分は蒸発を進め、一部に乾燥した部分ができた。
細菌の世界からすれば、それは"大陸"とも言える。
小さな島もいくつかできた。
生物の本能なのだろうか、細菌達の一部はその陸の上に上がる事にした。

彼らは陸に上がる者、液体の中に留まる者、の二種類に別れた。
液体の中に留まった者達は時間が経っても特に大きな変化は起きず、液体の中を漂ったり、個体数が適度な数にキープされる程度に個体を増やしたりしてのんびりと過ごした。

陸に上がった者達は、冒険者のような気質を持っていたのだろう。水分が少ない過酷な環境でも新しい世界を見付ける為、あえて突き進んで行った。
そして彼らはいつしか、液体の中で生活する機能を失ってしまった。
もうこの先は陸の上で生活するしかない。


過酷な陸の上に適応する為に、彼らは急激に進化を進めていった。
始めは道具を作り出した。繊維に染み込んで硬くなっている栄養を剥ぎ取り、自分たちが食べる為だ。
家も作り出した。陸の上でもある程度の水分を貯める事ができるように。

次第に原子や分子を組み合わせて作った乗り物も発明された。大きな大陸の間を早く渡る事ができるものだ。また、大陸間や、小さな島の間を渡れる船も発明された。
地域によって独自の文明を築いていった彼らは、交易によって更に文明の進化が加速していった。

参考までに、エネルギー問題や、食糧問題は彼らの問題とするところではない。大陸自体が燃料であり、食糧として扱えるからである。その量は彼らの体のサイズからするとほぼ無尽蔵と言える。

原子をクオークレベルまで分解し、更に微細な物も作れるようになった。そこではコンピューターのような物も発明された。
コンピューターを使った産業も発達し、多くの分野で活用された。


コンピューターの進化も大きく進んだ頃、この世界の成り立ちを研究をしていた研究者が重大な研究結果を発表した。
その研究の中で超高性能コンピューターのシミュレーションによって算出されたのは、この世界はもうすぐ終わりを迎える、という事だった。

この世界の外側にいる"ニンゲン"と呼ばれる大きいだけの下等な生物が、ある化学薬品によりこの染みの世界を"全て溶かしてしまう"、という恐ろしい事が分かった。

幸い、彼らが宇宙(つまり染みの外の世界)に飛び立つようになれるまで文明を築き上げる時間は残されている事も分かった。
ニンゲンが事を起こす前に、彼ら全てを乗せる『方舟』の開発を世界をあげて進めていく。


更に継続した研究で分かった事があった。
この染みの大陸の地中奥深くには繊維と繊維が巧妙に入り組んでいる部分があり、その隙間部分にのみ、多少の大陸の成分が残留する、という事だ。
しかし、ここは非常に狭い領域であるため、彼らが住める程の場所ではない。

彼らはこれを活用し、後世この近くで彼らに近い文明を持った者達が現れた時の為に、彼らが住んでいた記録をその部分に残す事とした。


もうすぐ世界が終わる、という頃、無事方舟は完成した。
全ての彼らの同胞を方舟に乗せ、宇宙に旅立つ準備ができる。
ある開発者がナノテクノロジーによって発明した大容量の記録デバイスに書き記した。
染みから生まれた高度な知的生命体、その名も『シミェン』がいたという事を。

それは地中奥深くの繊維と繊維の間に埋め込まれる。
そして彼らはニンゲンの目にも見えないほど小さな方舟に乗って、新しい世界へと飛び立っていった。



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