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モンゴル滞在記 (3)平和ボケという欺瞞

自由気ままに。
お神輿の道順下見の最中だというのに、私は一人勝手にアイスを買った。
シングルでと言ったものの、お札を出すとコーンの上にもうひとつアイスがのせられた。ダブルアイス。おつりは戻ってこなかった。そういえば、この国ではコインを目にしない。物価それ自体は日本円に直すと安い。気分的には65%オフくらい安い。それなのに、表示される数字は桁がひとつ多い。たとえば日本円で1000円くらいの金額が、こちらで20000と表示される。ちょっと大きな金額を支払った時、6,000,000と表示された。円だったら泣いたな。社会主義から移行した段階で大きなインフレがあったのだろうか。と、真面目に考えるものの、今目の前でおこっているのはアイス事件だ。頼んだひとつめのアイスに乗せられたふたつめのアイス。渡したお札はダブルアイスの金額にしては安いのだ。でも、店員さんの笑顔をみているとどうもそれでいいらしい。どういう勘定かわからない。彼女ははたしてオーナーなのか。もしバイトならどういう風に売り上げ報告するのか。気になる。まぁいいか。ここはモンゴルだ。単位はトゥグルグだ。アイスの味は不明だ。

今回のモンゴルツアーは「伝統芸能チーム」というコラボレーションチームでの訪問となっている。お声がけくださった和楽器・笙の奏者である出合さん、共通の知り合いが多い筋肉質な書道家小塩さん、そして心意気と心優しさの神輿チーム、明日襷の面々だ。ありがたいことに、移動には基本的にガイドさんと運転手さんがついてくれる。オーガナイザーである松村さんの配慮で、リハの合間に現地の名所を案内してもらうことになった。普段、観光しないので変な感じがする。まるで学校をずる休みしているような、みんなが仕事している水曜に割引価格で映画館に行くような気分。

市民の憩いの場でもあるスフバートル広場(Sükhbaatar Square / Сүхбаатарын талбай)。御神輿は、イベント会場であるホワイトロックセンターからこの場所を目指す。

バスで移動して、わたしたちは長い長い階段をのぼった。


そこにあらわれたのは、ザイサン・トルゴイ(Zaisan Tolgoi / Зайсан толгой)。
大日本帝国とナチスドイツに勝利した、戦勝記念碑。

必死で脳内の記憶を掘り起こす。近代史は苦手だ。ずっと前に観たミュージカル「李香蘭」の歌が蘇ってきた。
あぁ、そうだ。ノモンハン事件だ。
(モンゴルではハルハ河戦争と呼ばれる。)
平和ボケと言われて久しいものの、勝手に平和に浸って、勝手に記憶から消しているのは自分自身だということに思い至る。誰も、忘れてくれなんて言っていないのに。
モザイク壁画の中、折られた旭日旗が目に入った。
いやいや、そのことを取り上げて過剰な反応をしないでほしい。
だってわたしたちは、それ相応のことをしたのだから。
誰だって、いつだって戦争を仕掛ける側になりうる。
だからこそ、二度と起こしてはいけないし、誰かが戦争をするのを止めなくてはいけない。
たとえ平和ボケしまくっていたところで、わたしたちは、けっして過去と、それから未来とに、無関係ではいられないんだ。

次に向かったのは、日本人墓地跡。
シベリア抑留のことは、多くの日本人が知っていると思う。
じゃあ、モンゴル抑留のことは?

私はまるで知らなかった。
さっきのスフバートル広場も、その向かいにある外務省もオペラハウスも、当時抑留された多くの日本人が作ったのだそうだ。

そして、この地で亡くなっていった。
冬はマイナス30度になるこの国で。
亡くなった方々のお名前や出身地を眺める。
―沖縄出身。
どれほど帰りたいと思っただろう。

壁の片側はモンゴル、もう片側は日本。上部は日の丸を意味している。
モンゴルには「二人の友情は石壁よりもかたし」という言葉があるそうだ。


モンゴルには16箇所、日本人の墓地がある。全部で約1700人が埋葬されていた。
ここはその中でも、一番多くの方が埋葬されていたダンバダルジャー(ダムバダルジャー/Дамбадаржаа)だ。
各地で亡くなった方の名簿も保存してあった。
私だったら戦った相手を葬れるだろうか?
もし友が殺されていたら、遺体を丁寧に埋葬できるのだろうか?

けれど色んな想いはあっただろうに、丁寧に埋葬してくださったのだ。
だから、2000年前後に遺骨が回収でき、日本へと帰国することができた。

「当時、線路を作る時に日本人が歌っていた歌が、モンゴルに残っている」
ガイドさんがそう口を開いた。
だから、モンゴル語でその歌を聞いたことがあるのだと。
うろ覚えだという彼女に歌ってもらった。
鉄道唱歌だ。
わたしたちは、帰りのバスでそれを大声で歌い続けた。

英語の記事はこちらから


https://ekotumi.medium.com/travel-to-mongolia-3-7799dfa4fff7

モンゴル滞在記 次回は...
(4)ラクダの子守唄
https://note.com/ekotumi/n/n1b313c297bc0
(5)本の旅
https://note.com/ekotumi/n/n0ea854b0ad57
(6)拡大しつづける民と安定を求める民
https://note.com/ekotumi/n/n37c8f6c6e27a
(7)ゲルと恐怖と砂漠と
https://note.com/ekotumi/n/n0ec232d014c8
(8)ゴビ砂漠への旅
https://note.com/ekotumi/n/n7319796de9e0
(9)我夢に胡蝶となるか 胡蝶夢に我となるか
https://note.com/ekotumi/n/ne552689ffb0b
(10)赤い土地バヤンザグ
https://note.com/ekotumi/n/n6157eefc4a99

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