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ストレスチェック制度の基本と最新情報~コロナ禍でのメンタルヘルスの動向

不知火塾 第1回目は不知火クリニック 中村 純 院長による産業精神保健の基本問題の講座でした。
産業保健の幅広い内容と、コロナ禍における働く人のメンタルヘルスの動向、ストレスチェック制度、それに伴うリワークの復職準備性についての内容です。

最後には活発に質疑応答もなされ、非常に有意義な講座でした。

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1.産業精神保健の基本問題

メンタルヘルス不調とは

メンタルヘルス不調とは、自殺関連の事例をコアとし一般的な精神科分類で診断される精神障害例を指します。広義ではハラスメントによるストレス障害も含みます。

産業衛生活動を構成する要素

産業衛生活動を構成するのは4つです。それぞれが交叉して成り立つとおっしゃいます。

産業精神保健では事業所の方針が重要であり、就業規則などの約束事がある一方で、安全配慮義務もあるとも伺いました。

ご本人が復職して「仕事ができる」といっても企業側が止めることもあり、実際の事例を交えてお話しをしていただきました。

精神医療機関と産業衛生活動の連携と情報共有

精神医療機関は心理教育、薬物療法、認知行動療法、リワークプログラムを導入しながら職場復帰、社会機能回復を目指します。

産業衛生活動としては精神医療機関と連携し、復職プログラムを組むなど環境の調整をします。
産業衛生活動と精神医療機関が互いに連携と情報共有し、復帰してもらいます。そして、再発・再燃しないようにすることが今の方法とのこと。

復職における4つの判断ポイント

メンタルヘルス不調労働者における目標は、職場適応の促進再発予防です。産業医には下記の4つの判断ポイントがあるそうです。

①就業規則
②安全配慮義務(危険予知義務・結果回避義務・増悪防止義務)
③疾病性 ※医療者の視点 (科学的視点、一般性)
④事例性 ※職場や産業医の視点(個人の視点、個別性)

職域では、疾病性(疾病管理)と事例性(労務管理)の両者およびその関連性の観点が重要とのこと。

労働者のストレスに対する対策

労働者のストレスに対する対策

約20年前よりストレスを抱えている労働者への対策がなされてきました。

働き方改革の一括法は2024年までに義務化されますが、特に運輸業や医療業界では、人材不足もあり改革が決定できていない部分も多くそう。

職場のメンタルヘルス不調者の早期発見と再発を見据えた復職支援が課題です。
そのためストレスチェック制度ができ、復職準備性の評価(産業医・治療者の診たての重要性)がなされるようになったと述べられました。

労働者の心の健康の保持増進のための指針とストレスチェック制度

心の健康づくり計画の策定により、4つのメンタルヘルスケアが推進されました。セルフケア、ラインによるケア 、事業場内産業保健スタッフ等によるケア、事業場外資源事業会社ケアです。

このようにしてメンタルヘルスケアの教育研修・情報提供や職場復帰における支援がされていきました。

そして、職場環境の把握と改善、メンタルヘルスの不調への気づきと対応を背景にストレスチェック制度ができました。
ストレスチェック制度は、病気の早期発見ではなく未然に防ぐ、一次予防の考え方です。

ストレスチェック制度の流れ

ストレスチェック制度の大まかな流れ

テーマ『産業精神保健の基本問題』では、基本的な定義をはじめとし、復職における4つの判断ポイントを具体的に学ぶことができました。

医療者の視点と職場の視点それぞれが異なるため、情報共有と連携が重要だとあらためて考えさせられました。

また、高ストレスとされた人が上司に面談を申し出られないまま、医療機関を受診し休職になった実際の事例を交えてお話しをしていただきました。

上司とその労働者の人間関係が良好であれば、上司との面接の申し出は必要ありません。中村先生はストレスチェック制度の問題についても指摘されており、納得する部分が多々ありました。


2.コロナ禍における働く人のメンタルヘルスの動向

コロナ禍において、5人に1人が過去1年間に心の健康が悪化しています。

コロナ禍では感染防止のため多様な働き方が増加しました。

リモートワークでは無駄話や疑問の解決がしにくい状況です。これらが職場のコミュニケーション低下に繋がり、メンタルヘルス不調が増加した要因である可能性があります。

特にコロナ禍2年目からメンタルヘルス不調の長期休業者は増加しています。厚生労働省の調査によると職場のメンタルヘルス対策はコロナ禍においても変わらず実施されていた様子。

データをもとに、具体的に現状をお話しいただきました。私の周りでもコロナ禍をきっかけに新しい働き方をしている人が多くいます。

メリット・デメリットはそれぞれあるかと思いますが、適応できない人も多いのだと、実感しました。


3.ストレスチェック制度の動向

ストレスチェック制度が始まり5年が経ち、どう変化したのか気になるとことでした。

令和3年度厚生労働省委託事業「ストレスチェック制度の効果検証に係る調査等事業」において調査がまとめられています。

アンケート調査からは、大企業ではストレスチェックは約98%とおおよそ実施されており、ストレスチェック制度の実施状況は良好ですが、50人未満の単独事業場では実施頻度はごく僅かなことが判明。

事業場アンケート調査

厚生労働省のデータをみると、高ストレス者の割合が多い一方、面接指導を申し出る人は約5%未満。

集団分析の実施事業場のうち職場環境改善を実施できているのは約半数ですが、実状では集団分析まで至っていないのではないかと中村先生は、予測されます。

ストレスチェック制度の効果:文献調査

事業場は従業員のメンタルヘルスへの理解・意識向上等について有用である、労働者は医師面接や職場環境改善がメンタルヘルス不調への対策として有用であると捉えているとのこと。

複数の研究によるとストレスチェック制度は、単体ではなく面接や職場環境改善と一緒に行うことにより、労働者のストレス反応等において有意な改善がみられると報告されています。

一部ではストレスチェック制度の労働者の心理的負担軽減効果や、職場におけるメンタルヘルス対策の進展に対する影響はないと見解を示す文献もあるそう。

ストレスチェック制度の効果:事例から

製造業、全従業員約600人の1事業場(従業員38人)では、保健師による全員面談や他事業場からの一時的な人員補充等による職場環境改善の結果、総合健康リスクが、136→96 に改善し、高ストレス者の人数も7人から6人、ハラスメントの申告者も3人から0人へと減少したという効果があったと報告されています。

中村先生はフェイスtoフェイスで面接をすると効果があるのかもしれないと述べられました。

健康経営について

現在、健康経営の概念とストレスチェック制度を合体させようという動きがある様子。
メンタルヘルスの向上は健康経営にとって優良だという考えをもとに、健康経営に取り組む企業は増加しています。

健康経営銘柄選定基準及び健康経営優良法人認定要件などでは、評価項目のひとつにストレスチェック制度の実施があります。

ウェルビーイングとは

ウェルビーイングには身体的、精神的、社会的ウェルビーイングの3つがあります。

身体的ウェルビーイングとは、身体機能の質やパフォーマンスを指します。精神的ウェルビーイングとは心理的、認知的、情緒的な人生の質(QOL)を指し、社会的ウェルビーイングとは自身の周辺のコミュニティやより広い社会のコミュニティにおいて、人が他者とうまくつながっていることを指します。

ウェルビーイングを考えながら、人として生きることが大事とのこと。
ストレスチェック制度も、このなかのひとつで精神的ウェルビーイングに分類されます。

ストレスチェック制度の今後の展開

今後のストレスチェック制度はどう展開していくのでしょうか。
ストレスチェック制度の効果的な運用と小規模事業場への普及、また新職業性ストレス簡易調査票などの活用が必要になることや「ストレスチェック」実施促進のための助成金があることも、講座を通して知りました。

現在のストレスチェック制度の課題に対する具体的な企業の工夫を様々な事例をもとにお話しいただきました。
例えば、高ストレス者からの面接指導の申し出が少ないという課題に対する企業の工夫など。

また、これからの健康経営の考え方とストレスチェック制度が一体となってどう動いていくのか、最新のお話を聞くことができました。


4.復職準備性を考える

職場における適応障害・うつ病

臨床からみると職場に適応できない人が増加しているそう。
要因の一つに仕事量、仕事内容の変化があげられます。

近頃、転職サイトの広告が目立ちますよね。
キャリアアップではなく、実績のない同業種への転職であれば同じことが繰り返される可能性を指摘されていました。

非正規雇用の労働者は増加し、組織への従属意識は昔よりも軽減しています。減少傾向にあった自殺率がコロナ禍で増えたのは、女性の非正規雇用が増加し貧困に陥ったことが一因として考えられるそう。

男女雇用機会均等法の導入やハラスメントの問題、共働き家庭の増加、働き方改革で長時間労働が抑制されたことも適応障害やうつ病が増加した要因。

働くには、体力・意力・活動量が必要です。職場環境の調整、人間関係の改善とともに、レジリエンス「回復力」「弾性(しなやかさ)」を高めることが重要とのことです。

レジリエンスを高めるために

レジリエンスを高める方法には、トレーニング、コンサルティング・コーチング、アセスメント・サーベイ、タレントマネージメントシステムなどがあります。

医療者はリ・スタートの形で復職を支援しています。

リ・スタート導入前のチェック項目

うつ状態などの精神症状がある程度改善していること
 (ハミルトンうつ病評価尺度で10点以下)
希死念慮がない
休職中であること
リ・スタートプログラムに間に合う時間に起床できていること
2時間程度の外出を少なくとも週に1~2回はできていること
本人にリ・スタートプログラムへの参加意欲があること
職場とクリニックとの連携に本人が同意していること

不知火クリニックマニュアルより

復職支援のプログラムに入るには、精神症状がある程度回復していることが求められます。

中村先生が考えるうつ状態・うつ病患者の復職判断

うつ状態などの精神症状がある程度改善していること
本人の復職への意思が明確にあること
睡眠・覚醒リズムが整っていること
2時間程度の外出を少なくとも週に1~2回はできていること
本人が職場の休職期間や復職条件などを理解していること

不知火クリニックにおけるリ・スタートプログラムスタッフの評価項目

交流性 社会性 適応力 役割行動 課題処理能力 応用力 問題解決能力
柔軟性 自己表現 場の雰囲気の理解

不知火クリニック

復職を決めるのは企業側

復職は企業の産業医を含めた衛生委員会で決定されます。
衛生委員会は労働者の健康障害の防止や健康の保持増進に関する取り組みなどの重要事項について、労使一体となって調査、審議を行う場です。

ストレスチェック制度ができたときに多くの病院は管理者と産業医が兼務していましたが、 現在は兼務ができません。

適応障害患者の増加に対して

中村先生の臨床的な感覚では、働くことの意味が理解できていない人が多いと述べられます。医療よりも教育・家庭の問題を考える必要があると。

職場のメンタルヘルス不調に対しては、医療だけでなく、人事の問題として捉えることが必要な場合もあり、配置転換だけで適応できる人もいるのではないかと伺いました。

テーマ『復職準備性を考える』では、不知火クリニックのマニュアルや中村先生の具体的な復職判断基準をお聞きすることができ、非常に貴重な講座でした。

不知火クリニックの実際の患者さまの事例をお聞きし、ハッとさせられる場面もありました。
私自身も多くの気付きを得られた講座でした。


まとめ

  • コロナ禍が続く中、働き方の変化が進み、職場のコミュニケーションの低下、それによるメンタルヘルスの不調の増加が懸念されます。

  • ストレスチェック制度の5年目の評価では、制度をより効果的に活用すること(職場環境改善の普及など)、小規模事情場への普及が課題です。健康経営との連携は今後の普及の鍵となるかもしれません。

  • 臨床的には、復職準備性評価をより精緻に行う必要があります。

  • 人的資本経営の枠組みの中で、労働者のエンゲージメント向上、その基盤としての健康とウェルビーイングへの取り組みが注目されています。今後職場のメンタルヘルス対策を含む健康増進活動の経営への統合が進むと思われます。


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