#002 「地方で働く」ことを通じて思うこと
こんにちは。ファームノートの下村です。前回投稿からだいぶ時間が空いてしまいました。反省。
今日、新元号が【令和】として発表されました。その名付けられた意味を知ると良い名前だなと感じます。令は「よい」という意味を持つとともに、皆を「和」へといたら令める。政府の意図を感じるとともに、この時代の「和」という文字にも重みが増していると感じます!
そして私は、2019年4月1日でファームノートに入社してから丸5年が経ちます。1,826日。4番目の社員でした。
はえぇ・・
平成の時代に転職をして地方で働くということを自分自身が体感してきたので、幾つか思うことを書いてみたいと思います。
帯広に初めて来た時の衝撃
なんか暗い、でした。全体的に。(※写真はイメージです。十勝は4月頃から朝夕に霧に包まれることがままあります)
初めに断っておきますが、私は北海道出身、東京の大学進学までに川崎→平塚市→長野県上田市→函館市と割と地方都市で暮らしてきた田舎者です。
ただ、大学生から転職直前の3月末まで通算13年東京に住み、東京を超満喫していた私にとってはこのGAPはなかなかに心の中にこびりつき、最初の帯広到達時イメージが悪かったのを覚えています。
街中に人もいないし、地方都市とはこういうものなのか・・(自分も田舎もんのくせに)
この話を読んでいただくにあたり、「都市レベル」について私の主観との目線合わせをお願いします。※定義はあくまで私の主観です。昔のシムシティのような感覚(キャピタルとかメガロポリス的な)
Lv.5 首都・大都市(≒東京とかNY 人口数百万〜数千万人)
Lv.4 政令指定都市(≒札幌とか名古屋とか大阪/数百万人程度)
Lv.3 地方都市(函館市とか帯広市/十数万〜数十万人程度)
Lv.2 小都市(網走市とか岩見沢市/数万人程度)
Lv.1 町・村・郡(豊頃町とか猿払村/数千人程度)
※考えるのが面倒なので上の例はほぼ北海道の市町村名にしました
東京と地方という構図から誰も抜けられない?
比較対象があると人は=や> , ≦ で比べ合います。当然私の頭の中も東京>地方という図式が出来上がりました。正直に言いますと私もこの考えから抜けるのに数年かかりました。それはそうで、Lv.5の都市に住んでいたのがLv.3と2ランクダウン(聞こえが悪いかもですがあくまでサイズ感の話)したのですから。
その証拠に、大半を北海道で過ごしているにも関わらず、転職後1年半くらい東京にも住宅を借りていました。月で東京に過ごす日なんてたかだか1週間前後なのにです。また、車社会であるにも関わらず車も持たずに生活をしていました。
※転職後も住居を借りていた湾岸エリア付近(シェアリングしてました)
つまり、東京で暮らしていた自分のイメージに執着して、この地に住むということに自覚的になれなかった、向き合えていなかった。長い出張感覚?東京に住んでた者の上から目線?そんな感じです。
結構これって大きな壁で、一旦「東京絶対主義」にハマってしまうと抜け出せません。札幌→帯広移住の可能性でさえ、色んな人と話していると厳しいと感じます。
地方に半ば移り住んだ自分を支えていたのは、「この事業を成立させる」という、良くも悪くも執着心のみ。
「この町には何も無い」とは言うけども
帯広とか、さらにサイズが小さい市町村の方と話すと一定数の人たちが言うんです、「この町には何も無いから」と。最初はそうだよなぁ何もねぇよなぁとただただ鵜呑みにしていました。そうすると私もだんだんそういった脳内の思考に侵食されていってしまう。最初の「なんか暗い」というイメージがもっとガッチリとfixedしてしまう。
この仕事に携わってからの3年くらい、ひたすら全国のLv.1〜3程度の市区群町村を訪れました。徐々に私の考えが無意識ベースで変わっていくことになります。
多分100市町村以上は回りましたが、その中で、気づくことがありました。はてさて同じ町など一つもない。多彩で、特徴のある産業や経済活動がちゃんと行われている。そしてそれに誇りを持って、命をかけて働いている人がいる。
ファームノート立ち上げ当初、相当お世話になった猿払村のオヤジと酒を酌み交わしていたときに言われた言葉があります。「(町や村の)産業をつくるってのは、そこに沢山の人がぶら下がっていい状態をつくるってことだ。」と。うる覚えで表現もやや後ろ向きですが、いくつもの町村を見てきてその言葉でふと思ったのが、「そこにある現実と向き合い、技術を確立して、一定規模以上の経済活動を確立している」ということでした。
「何もない」という目線では絶対に何も生み出せない。「ここにある」という目線になって、初めて価値を創り出すことができる。
「ある」という目で見られるようになると、本当にいろいろあることに気づく。土がある、海がある、良い気候がある、技術がある、知恵がある。資源がある。
※ 猿払村へ続く道の途中。夕日が美しい。
今、地方という言葉を再構築してみる
※十勝上空からの冬景色。ここから年間何千億円もの生産物が創出される。
私は「地方創生」という言葉が嫌いです。なぜならばやはりこれも東京>地方という比較・対立構造から生まれている言葉に感じるから。創生するのっていったい誰なのん?
どこかの都市と相対的に比較して「ない」という幻滅に陥らず、ひとつひとつの都市・町・村が絶対的に「ある」という立場を取った瞬間に、もう地方創生は達成されたと言っても過言ではないと思います。
地方という何となく後ろめたい言葉を脱ぎ捨て、「私は天塩町だ!」「私は高鍋町である!」と高らかに宣言してみたらいい。そういう自律的な町々村々がお互いに影響を与えあって日本全体を構築するひとつのシステムとなる。素晴らしい社会ではないでしょうか。
「地方」の言い換えは、あなたの町の名前そのものです。
何か私たちの活動がKPIに反映されたらいいな=北海道の人口を増やす
ということで丸5年経った今、目下私の生活KPIのひとつに北海道の人口を増やすというものがあります。特に北海道の東半分の人口。目標でも何でもありません。PIくらいかもしれませんし、人口減に抗えないのであれば、北海道のGDP上昇がそれかもしれない。
自分たちが取り組んでいる活動は、酪農畜産業にインパクトを与えることなので、この産業が豊富な利潤を追求できる産業となる時、必ずそこに「ぶら下がれる」人や周辺企業が増加し、多様性が生まれ、町自体が強くなります。そんな町村が自律駆動的に影響を及ぼし合えば、たくさんの面白いことが起こるかもしれない!
そしてそれを達成できていたら、上記指標に何かしらの変化が起き、私たちのやっていることに対する自信の裏支えになるのではないかなと思いました。
※話をわかりやすくするためにだいたいの町村名を北海道に絞っているだけ(宮崎も混じってますが)で、ファームノートは全国対応です。私も全国津々浦々のみなさまにお世話になりました。
※東京と鹿児島にも拠点があるのでお近くにお立ち寄りの際は是非お声がけください!
それでは、新しい令和の時代も目指したい道へ進んでいきましょう!
明るい!
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