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短篇小説【やがて滅びる国の民へ】前編

        1
 
その列車は、国境の町まで463人の若い兵士達を乗せて干ばつ地帯を東に向かっていた。
この季節の砂漠には何の前触れも無く砂嵐が起こる事がある。
ついこの前も、ヨギは砂嵐の為に列車の中に2時間も閉じ込められたばかりだった。
代わり映えのしない景色を窓からずっと眺めていると、
今にもまた空まで覆う砂嵐が襲ってくるのでは無いかと、
ヨギは内心ひやひやしていた。
4人掛けの座席の斜向かいには盲の老人が杖を持って座っていた。
列車の揺れに時折躰を捩っていたが、
始発の駅を出てから概ね身を固くしていた。
その老人の俯き加減に伏せられた目が、
虚ろに開かれたままじっと自分の事を見ている様で、
ヨギは落ち着かない気持ちでいたのだった。
ヨギは砂漠を抜けた小さな町の小高い丘の上にある学校で教職に就いている。
8歳から13歳までの子供達に読み書きを教え、歴史を説き、計算を学ばせていた。
ヨギの父親も、その父親もその前も、ずっとその学校の教師だった。
子供達は一通りの教育を受けて15歳になると、100年続く戦争に兵士として駆り出された。その半分は生きて帰って来る事は無い。
時々ヨギは、読み書きや歴史や計算が彼等にとって何の役に立つのだろうかと考えてしまう。
まるで砂漠に種を蒔いている様な徒労を感じる時があるのだった。
しかしそんな事は誰にも、妻のトキにさえ話せない。
町の至る所で憲兵の軍靴の足音が響き渡っている。
戦時下の反体制的な発言はそれだけで死罪に処されてもおかしくなかった。
盲の老人の虚ろな目でさえも、決して油断をしてはならない時勢であると
ヨギは改めて気を引き締めていたのだった。
やがて列車は小さな乗降場に停車した。
単線なので反対方向へ向かう列車との待ち合わせの様だった。
列車の中は茹だる様な暑さで、じっとしていても自然と汗が吹き出してくる。
しかし乗降場に着くと同じ車両の若い兵士達は次々と列車の窓を閉め、
その窓に日除けの覆いを被せていった。
当然車内の熱気と湿気は更に耐え難いものになった。
唯一開けられたままのヨギの目の前の窓から、反対方向へ向かう列車が乗降場に停車するのが見えた。
その列車の窓も堅く閉ざされ、やはり覆いが被せられていて中の様子は見えなかった。
「その窓を閉めなさい」
突然盲の老人が口を開いた。
「いや、しかしこの暑さでは少しでも外の風を入れた方が」
ヨギは老人の虚ろな目の中で濁った眼球が左右に揺れているのを見た。
「反対方向の列車には傷付いた兵士と死んだ将校の棺が乗っている。これから戦地に向かう若い兵士達には耐え難き光景じゃ」
ヨギが周りを見廻すと、若い兵士達は一様に俯いて目を閉じていた。
ヨギは慌てて窓を閉め日除けで景色を遮った。
薄暗い車内は静まり返っている。
黙って息を殺している若い兵士達のまだ汚れていない軍服が立てる衣擦れの音が、将校達の咳払いと共に暫くヨギの耳に残って消えなかった。
 
        2
 
「やがてこの国は滅びる」
そう一言だけ、今際の際に吐き捨てて死んでいったのがヨギの育ての母親のタンネだった。産みの母親はヨギが5歳の時に病気で死んでいた。
ヨギは沢山の人の死を見てきていたが、戦場の経験は無かった。
ヨギが15歳の時、国の先王が崩御し喪に服す為に1年の停戦が敷かれた。後にヨギと同年の子等は「運命の世代」と呼ばれる様になった。
この100年で唯一戦場を知らない世代。
国の歴史にぽっかりと空いた穴の中で、自分達の存在意義を問い続ける事を半ば強制された様な格好だった。
丘の上の学校には、赤く色付いたメタセコイヤの木々が外周に立ち並んでいた。その外側には鉄線が張り巡らされている。
校庭では、この地方に古くから伝わる民謡に合わせた体操を、
最高学年の生徒達が一糸乱れず行っていた。
ヨギは教師専用の休憩舎で簡単な昼食を取り、開け放たれた窓からその体操の様子を眺めていた。
今朝の列車の光景が嫌でも頭を過る。
あの生徒達も数年後はあの列車に乗って国境の戦地に送られる。
そこで半数が死に、残りの半数が傷を負って帰って来る。
それが長い間繰り返されてきた、この国の歴史の全てだった。
義母のタンネが滅びると吐き捨てて死んでから既に15年が経つ。
その間戦況は一進一退を繰り返し、貧しい暮らしは少しも変わらず、
疫病と不作に怯える民の表情は一様に暗かった。
ヨギは妻のトキと2人で王都の役人住居に住み、
僅かな給与の慎ましい生活を送っていた。
子供は無く、病弱なトキの看病で雇っている老婆の給金が家計を圧迫していたが、まずまずの暮らしをしていると言ってよかった。
近頃では王都を追われた反体制派の集団が最北の「神授の森」で賊に成り果て、闇夜に紛れて近隣の村を襲う事件が多発している。
彼等は目の縁を赤く隈取している事から「赤目」と呼ばれ、
戦地から脱走した兵士なども含まれていると噂されていた。
「やがてこの国は滅びる」
それは戦争によってなのか、或いは疫病によってなのか、若しくは天災や飢饉が原因なのかも知れない。いずれにせよ滅びるという結果に違いは無い。ヨギには何故かその根拠の無い予言がずっと心に引っ掛かっていた。
タンネの血走った目の奥にあった言い様も無い憎悪と諦観が、
ヨギには解らなくも無い様な気がしていた。
狭い役人住居の、薄暗いオイルランプの灯りの下で手伝いの老婆が拵えたミルク粥を啜っていると、何とも言いようの無い侘しさと空しさに苛まれてしまう時があった。
いっそ滅びるのであれば、どうか一気呵成に跡形も無くと考えてしまう事もあった。
周りの人々は互いに密告を恐れ本心を明かす事は無い。
憲兵達に連れていかれてそのまま帰ってこない隣人が後を絶たない様な状況だったのだ。
「来月の鎮魂祭での出し物はもう決まりました?」
不意に後ろからヨギと同年の所謂「運命の世代」に属するクスイという男性教師が、巻煙草に火を点けながら話し掛けてきた。
「いや。生徒達は詩篇に材を取った創作劇を考えている様だけど、何せ時間が無いからね。もっと簡単な出し物になると思うよ」
ヨギがそう言うと、特にその答えには関心が無かった様にクスイは黙って煙を窓の外に深く吐き出した。
「聞きましたか?また王都で赤目の連中が何人も捕まったって話。どうやら地下室に奴等を匿ってた家があったんだそうですよ。全く何がしたいんだか分からん奴等ですよね」
クスイは南方の湖水地方出身の男だった。
風光明媚な土地から来た人間とは思えない皮肉っぽい性格の男で、
ヨギは内心快く思ってはいなかった。
「最近の治安の乱れには本当に困りますね。憲兵達も森の奥への捜索は困難だろうしね」
ヨギは適当に話を合わせた。クスイの様な男には特に警戒しなくてはならないと考えていた。
丘の麓の町から時を告げる鐘の音が聞こえてきた。
「それでは、そろそろ午後の授業に向かいます」
ヨギはその場にクスイを残して足早に立ち去った。
どこであろうとも他人の弱みを握って優位に立とうとする人間は数多く存在する。
容赦なく降り注ぐ強い日差しに、黙って耐える様な日々も際限なく続く。
それでも職があり、住居があり、食べるのに困らない立場で居られる事に、満足するべきだとヨギは自分に言い聞かせていたのだった。
 
        3
 
今日もまた、昨日と同じ1日が過ぎていった。
王都の中央駅の構内には、ここ数年浮浪者の姿が増えていた。
退役軍人達に支払われていた年金が、
新たな戦費に取られ次々と打ち切られているという話だった。
「運命の世代」のヨギにとって、国の窮乏には何処か後ろめたい気持ちがあった。
同じ街に暮らしながら、同じ辛酸を嘗めていないという疎外感。
松葉杖の退役軍人の足元に置かれた欠けた皿に小銭を入れて立ち去る時も、ヨギは背中を刺す様な冷たい視線を感じずにはいられなかった。
踏み均されて角が丸くなった石畳の通りを薄明るく照らすガス灯がこの日も、役人住居の前でヨギの帰りを静かに待っていた。
3階の角部屋の窓は既に暗い。トキはもう眠っているのだろう。
美しい緋色の髪を持った医者の一人娘のトキを娶ったのが6年前。
教職に就いてからは3年目の冬だった。
同じ村出身のある将校が持って来た縁談だった。
若い男は皆戦争に行って死ぬか、帰って来られたとしても何処かしらに傷を負っている。
そう言う訳で「運命の世代」の男には条件の良い縁談が自然と集まってきた。
ヨギは義母のタンネと王都の東にある小さな村に住んでいたのだったが、
義父となった医者の計らいで王都に住まいを移した。
タンネが肺を病み死んだ時には、この義父の御蔭で手厚い治療を受ける事も出来た。
ヨギは人と比べ恵まれた自分の境遇に、いつか倍返しの不幸が襲って来るのでは無いかと何時の頃からか考える様になっていた。
なるべく目立たず、人を信用せず、警戒を怠らない様に。
憲兵よりも恐ろしいのは、クスイの様な普通の顔をした隣人なのだと肝に銘じていたのだった。
ヨギは静まり返った役人住居の通路を靴音を立てない様に気を付けて歩いた。そして部屋の扉の足元に見慣れぬ白い封筒が差し込まれているのに気が付いたのだった。
慎重に拾い上げたその封筒には宛名も差出人も書かれていなかった。
誰かが直接ここへ持ってきたという事だ。
ヨギは通路に誰もいない事を素早く確認し、オイルランプの頼りない灯りの下で封筒を開け中の手紙を取り出した。
 
ーやがて滅びる国の民へー
 
手紙はそう書き出されていた。
癖のある筆跡で変わったインクの匂いがした。
 
ー真実を知りたくば、神授の森の深くに来られたしー
 
そこまで読むとヨギの頭には「赤目」の存在が浮かんだ。
何かの陽動行為なのだろうか。
神授の森に潜伏すると噂の「赤目」が王都の市民に向けて何か仕掛けてきたのかも知れない。
手紙を持つヨギの手には自然と力が入っていた。
 
ー沼の底に沈む3枚の絵の答えがそこにあるー
 
たった3行の手紙の最後はそう締め括られていた。
ヨギは一気に全身に汗が噴き出すのを感じた。
まるで頭を鈍器で殴られた様な衝撃だった。
 
「なぜあの事が書かれているんだ」
 
ヨギの手は震えていた。必死で堪えなければ声を上げてしまいそうだった。
 
「あの事は俺と弟しか知らないはずだ」
 
役人住居の薄暗い通路の壁に、もたれ掛かる様にして辛うじて立っていたヨギの頭には、遠い日の記憶が鮮明に蘇ってきていた。
 
        4
 
それはまだヨギが学校に通う前の話。
ヨギの故郷の村の外れには森に囲まれた沼があり、
そこは子供達の恰好の遊び場になっていた。
苔の様な深い緑色の沼は底無しという噂で、
大人達からは近付かない様に言われていたのだが、
その日ヨギと弟のテオは、朝早くから沼の辺で遊んでいた。
2人は沼に迫り出した大きなブナの木の枝に登り、
そこから石を沼に放っていた。立ち昇る水しぶきの高さを競い、
3歳下のテオが向きになって石を放るのをヨギは笑って見ていた。
何処へ行くにも後を付いて廻る弟のテオを、ヨギはからかいながらも良く面倒をみてやっていたのだった。
昼近くなり、東の空に黒い雲が広がっているのに気が付いたヨギは、
テオに声を掛けて村へ戻る事にした。
その時ブナの木の根元の小さなうろの奥に、
何か紙の様な物が隠されているが目に入ったのだった。
ヨギが目一杯腕を伸ばして何とか届く位に、
それはうろの奥に押し込まれていた。
その紙は時が経って変色した油紙に包まれた上に麻紐がきつく巻かれていて、何か触れてはならない様な不穏な雰囲気を漂わせていた。
ヨギがゆっくりと包みを解くと、中には小さな絵の様な物が入っていた。
「何?これ?」
テオが覗き込んでヨギに言った。
絵は全部で3枚あった。
若い女が不思議な服装で椅子に座っている様子の絵。
髭を生やした男が白い服を着て何やらキラキラした部屋で笑っている絵。
そして最後は見た事も無い様な高い建物が立ち並ぶ町の絵だった。
ヨギがまず驚いたのは、その絵がまるで目に見える景色そのものの様に緻密で立体的に描かれている事だった。とても人が描いた様には見えない。
その紙自体も妙につるつるとした滑らかな紙で、
鏡の様に光を反射していた。
「何だか変な絵だね。まるで鏡を覗いているみたい」
テオが静かに言った。
ヨギは余りの驚きと、落ち着かない気持ちで言葉が出てこなかった。
今でもはっきりと覚えているのは、見た事も無い大きな建物が並ぶ町の絵に書かれていた文字だった。ヨギは学校に通う前から教師の父親から読み書きを習っていた。
そこにはこう書かれていた。
 
ー2048年 独立記念日の朝 ニューヨークにてー
 
ヨギには何の事かまるで分からなかったが、
何か見てはならない物を見てしまった様な焦りを感じた。
「ねぇ、これ何て書いてあるの?」
まだ文字の読めないテオがヨギに聞いた。
「いや、俺にも何て書いてあるのか分からないよ」
ヨギは咄嗟に嘘を付いた。何故かそうした方が良いと思ったのだ。
「それじゃあ、持って帰ってお父さんに読んで貰おうよ。きっととても凄い発見だよ」
テオは無邪気に興奮していた。
ヨギは絵を油紙に再び包み麻紐を結び直した。
「駄目だ。これは持って帰ってはならない。元あった場所に戻すんだ」
ヨギは何時になく強い口調でそう言った。
この見た事の無い景色を見た事の無い方法で描いた絵が、
何か恐ろしい事態を招く様な予感が強くして、
ヨギは一刻も早く何処かに葬ってしまいたい気持ちになっていた。
「ヨギ、どうして!これを見たらきっと皆驚くよ!」
テオは兄の信じがたい決定に憤慨していた。
幼い弟には事態の異様さは分からない様だった。
恐らくは村のどんな大人だってヨギの様に敏感に事の重要性に気付く事はなかっただろう。
ヨギはこの頃から物事の表面だけでは無く、その奥にある真理に直感的に反応する性質を兼ね備えていたのだった。
事は起きてしまうと後戻りが出来なくなる。
既に3枚の不思議な絵は2人の子供の脳裏に強烈に焼き付いてしまっていた。
ヨギは足元に転がっていた大きな石を油紙の麻紐に括り付けた。
沼の畔に群生していた葦の茎で更に解けない様に幾重にも縛り、慎重にブナの木の枝に再び登った。
「ヨギ、何するの?どうしたの?」
テオが木の根方で兄の無言の行いを見上げていた。
「テオ、この絵の事は誰にも話すな。絶対に誰にもだ。勿論父さんにもタンネにもだ」
ヨギは語気を強め、有無をも言わさずにテオに命じると、
振り子の要領で勢いを付け石を括った油紙を沼のほぼ中央に投げ込んだ。
今日一番の水しぶきが立ち、泡と共に緑の沼に沈んでいく油紙をヨギは何時までも見つめていた。
その後この出来事は兄弟の間であっても口に出す事の赦されない秘密として葬られた。
弟のテオは15歳になると兵隊に取られ国境の町に行ってしまった。
そして何年経とうと反対方向に向かう列車にテオの姿を見る事は叶わなかったのだった。
 
        5
 
トキは寝室で静かに寝息を立てていた。
音を立てない様に気を付けながら、ヨギは白い封筒を手に書斎に向かった。蒸し暑い夜だったが、開け放たれた窓からは僅かに風が入ってきた。
ヨギは飾り気の無い簡素な机の上に置かれた小さなランプに灯りを付け、
色褪せた革張りの椅子に腰を下ろした。
とても冷静でいられる状態ではなかった。
何度か手紙を読み返し、自分の身に何が起きているのか順序立てて考えた。あれから何年経ったのだろうか。
あの3枚の絵を見た時の、忘れ掛けていた不吉な予感の様なものがヨギの心に蘇ってきた。
 
「あれはやっぱり見てはならない物だったんだ」
 
ヨギはおもむろに机の引き出しから小さな木箱を取り出した。
表と側面に鳥と魚の彫刻が施された漆塗りの使い込まれた箱だった。
ヨギはその古びれた箱をじっと見つめ一度大きく息を吐き出した。
やがて決心が付いた様に箱から数枚の紙束を取り出した。
紙は酷く変色していて、所々インクが滲んでしまっていた。
それは15歳のテオが国境行きの列車に乗った3週間後、
タンネ宛てに届いた戦地からの手紙だった。
ヨギはその手紙をランプの灯りの下に慎重に広げ、
その隣に白い封筒の手紙を並べて置いた。
 
「やっぱり同じ筆跡だ。この癖のある字はテオのものに間違いない」
 
およそ20年前の遠い過去に書かれた手紙と、ごく最近書かれた様に見える手紙の文字が、重なり合ってヨギに何かを必死に伝えようとしている。
あの日緑色の沼に沈んだ3枚の絵のその答えが、何故「赤目」が潜伏するというあの深い森にあるというのだろうか。
そして義母のタンネがその死の直前に吐き捨てたあの言葉が、
何故この手紙の冒頭で引用されているのだろうか。
 
「この国は本当に滅びようとしているのだろうか」
 
戦争を免れた「運命の世代」のヨギにとって、これまでの半生はこの国で生き延びる事の意味を自らに問う行為そのものの様に感じていた。
なぜ生きているのか。
そして何の為に生きているのか。
砂漠を抜けた町の丘の上の学校で、子供達に読み書きや歴史や計算を教える事で、一体何が変わると言うのだろうか。ヨギはずっと抱えていた漠然とした虚無感が、一気呵成に自分の人生に襲い掛かってきた様な恐怖を感じていた。
 
「テオ、今更俺にどうしろと言うんだ」
 
ヨギは2通の手紙を漆塗りの木箱に入れて蓋を閉めた。
それを机の引き出しの奥に仕舞い、念の為に鍵も掛けた。
ヨギは何よりも、15歳で死んだと思っていた弟のテオが、
20年以上経った今になって何処かで生きているのかも知れないという事に、眩暈がする様な思いであった。
それも反体制の危険分子として恐れられる、「赤目」と何かしらの関係があるのかも知れないという事が、より一層の不安を感じさせたのだった。
「ヨギ、帰っているの?」
突然、書斎の扉の外からトキの声がした。
ヨギは椅子から飛び上がる程に驚いてしまった。
「ああ、さっき帰ったんだ。君はよく眠っている様だったから、少し学校の資料を整理していたんだよ」
ヨギは両の掌で顔の汗を拭い、ゆっくりと立ち上がって部屋の扉を開けた。
「お帰りなさい。食事は?今日は体調が良かったので市まで買い物に出掛けたの。小麦のパンと羊肉の煮込みがあるわ」
トキの緋色の美しい髪が窓からの微かな風に揺れていた。
「ああ、ありがとう。それじゃあ着替えたら食事にするよ」
ヨギがそう言うと、トキは少し微笑んで、ゆっくりとまた廊下に消えていった。
トキは4年前の冬に血を吐いて倒れた。厄介な肺の病だった。
みるみるうちに瘦せ細り、床に伏す日々が続いたが、持ち前の気力と、
医者の義父の尽力で病状は一先ず安定していた。
近頃は体調が許せば外に出る事も出来る様になっていた。
ヨギは義母のタンネが肺を病んで死んでいた事もあり、出来る限りを尽くしトキの看病に当たっていた。
何の為に生きているのかと問われれば、
迷わずトキの為にと答えればそれで良いはずだったのだ。
ヨギは堅く閉ざされ鍵を掛けられた引き出しをじっと見た。
 
        6
 
その日は砂漠に巨大な砂嵐が派生して、
朝から国境行きの列車は止まっていた。
ヨギは王都の中央駅から東に向かった繁華街にある一軒のパブに、
幼馴染のリッケを尋ねて来ていた。
国の憲兵とはまた別の、王都の守備や犯罪を取り締まる警官隊に所属するリッケが、非番の日は大概このパブにいる事をヨギは知っていたのだった。
ヨギがパブの重い木の扉を押し開くと、バーカウンターの一番奥の定位置にリッケがもたれ掛かっているのが目に入った。
「よう。リッケ。こんな時間からもう出来上がってるのか?」
ヨギが隣の椅子に腰を掛けると、リッケは眠そうな目でヨギの顔をまじまじと仰ぎ見た。
「ヨギじゃねえか。お前仕事はどうした?昼からこんな所来て柄じゃねえなあ」
リッケの目の前には特大ジョッキにトウモロコシ酒が並々と注がれていた。
「今日は砂嵐で列車は運休なんだ。丁度この時間ならこの店にお前がいるって思い出してな」
ヨギは薄暗い店内を見廻してさり気無く他の客の様子を確認した。
どうやら憲兵やその周辺の密告屋の類の人間は居ない様だった。
「それで何だ?運命の世代のヨギ先生がしがない警察官の俺に何の用だよ?」
リッケはヨギの故郷の村で共に育った幼馴染だった。
年は1歳下で、リッケはヨギと違い兵士として戦争に行っている。
そして無傷で帰ってきた珍しい男だった。
「リッケ、これは内密な話として聞いて欲しい。あくまでも俺とお前の間の他愛無い世間話としてだ。いいか?」
「ああ、いいとも。ヨギと俺との他愛の無い話だな。俺は政治の話と占いの話以外だったら何だってつまみにして飲める質なんだぜ」
リッケは普段は勤勉な警察官で通っていたのだが、
それも酒が入っていない時に限る話であった。
「リッケ、赤目の話だ。あいつらの事を少し詳しく知りたいんだ」
ヨギがそう言うと、リッケの表情が一変した。
「おいヨギ、一体どうしたんだ?どうしてまたそんな事が聞きたいんだ?」
リッケは辺りを見廻し小声になっていた。
「リッケ、最近この町で赤目の逮捕者が出たっていう話を聞いたんだ。奴等は森から町に活動を移してきているのか?町に内通者がいるという噂もあるし。奴等の目的は何なんだ?」
「おい、ちょっと待てよ。ちゃんと順を追って話してくれよ。ヨギ、何かあったのか?」
リッケはジョッキを傾け一気に半分程を喉に流し込んだ。
ヨギには何処まで話して良いものなのか迷いが無い訳ではなかった。
しかし殆ど兄弟の様に育った長い付き合いのリッケの事は信頼していたし、何より赤目に関する情報を持っていそうな唯一の知り合いでもあったのだった。
「テオから手紙が来たんだ」
ヨギが呟く様に言った。
「あっ?テオ?テオってお前、あのテオか!?」
「ああ、多分テオだと思うんだ。手紙に差出人の名は無かったけど、あいつの字に間違い無い。その中に神授の森に来いと書いてあったんだ」
ヨギがそう言う間、リッケのジョッキを持つ左手はずっと空中で静止していた。
「でも、お前、テオはもう20年以上も前に戦争で・・・・」
「ああ、でもたった1枚の紙切れがそう告げてきただけだ。髪の毛1本の遺品だって戻ってきていない」
その時背後の扉が大きく開いて、2人組の大柄な男がパブに入ってきた。
リッケは目の端でその男達を確認すると、小銭をカウンターに置いて素早く立ち上がった。
「ヨギ、歩きながら話すぞ」
リッケの表情にさっき迄の酔いは無かった。
ヨギもゆっくり立ち上がりリッケの後を追って店を出た。
 
        7
 
リッケはずっと黙ったまま、時折後ろを確認しながら王都中に張り巡らされた運河に沿って足早に歩いた。ヨギもそれに黙って従った。
王都は砂漠からは遠く離れていたが、砂嵐の余波なのか、
時折強い風が吹いていた。
「ヨギ、お前あの森に行くつもりなのか?」
半刻程歩いた後、リッケが唐突に口を開いた。
「ああ、そうしようと思っている」
2人はその時、町の中心にある王宮広場に辿り着いていた。
強い日差しを避ける物が何も無い広場には、2人の他に人の姿は無かった。
「さっき店に入って来た2人組は憲兵だ。ああやって市民に成り済ましてウロチョロしてやがる。ここ最近の王都は特に緊迫状態でな。どこに密告屋がいるかも分からない」
広場の反対側には王宮の正門が見えた。武装した哨兵が何人か立っている。
「さっきの話だがな。確かに戦場から突然消えちまう兵士ってのはいた。そして中には神授の森で赤目の集団に加わる奴等もいたって話だ。俺もこの仕事に就いてから何度か森の縁にまでは行った事があるがな、何せ国が1つまるまる入っちまう様なとんでもなく大きな森だ。素人が入ったらまず迷って出て来られない。テオがもし本当に森にいるのだとしても、探し出すのは難しいだろう」
リッケはそう言うと、上着から巻煙草を取り出してマッチで火を点けた。
「見てみろ。あの大きな王宮の殆どは伽藍洞だ。中身はねえのさ。あいつら憲兵が守っているのは王族なんかじゃない、ただの均衡だ。パンパンになった風船が破裂しない様に少しずつ中の空気を抜いているだけなんだ。終わらない戦争も、厳しい統制も、全部変化を一番に恐れるあいつらの悪足掻きそのものだ」
リッケが吐き出した煙が風に乗って流れていく。
その煙の行く先をヨギは目で追っていた。
「やがてこの国は滅びる。タンネはそう言って死んでいったんだ。俺達の育ての母親だ。
テオの手紙の書き出しにも同じ様な言葉があった。俺はずっと運命の世代と持てはやされて、周りの人間と同じ苦しみを味わって来なかった事に後ろめたさがあった。でもそれ以上にこの国に何が起きているのか、俺はその事実から必死に目を逸らして生きて来たんだ。もしテオがあの森で生きていて、俺に何かを伝えようとしているのなら、俺は今度こそ逃げずに向き合いたいんだ。それがどんなに不都合な事実であっても」
ヨギの真剣な顔を横目に見ていたリッケは、
おもむろに巻煙草を投げ捨て、大きく息を吐いた。
「ヨギ、こうしよう。今日俺とお前は会わなかった。俺は1日中パブで酔いつぶれるまでトウモロコシ酒を煽っていたし、お前は思わぬ休日を自宅のトキの傍で過ごした。そう言う事に出来るなら、お前があの森で赤目の連中に会う方法が1つだけある」
リッケはヨギの目を真っ直ぐ見て言った。
時の鐘の音が広場に鳴り響き、遠く運河の方から汽笛も聞こえてきた。
ヨギにはそれが何かが始まる合図の号砲の様に聞こえたのだった。
 
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その日王都から北へ向かう荷馬車の中に、
綿糸の行商に扮したヨギの姿があった。
一昨日から丘の上の学校は夏季休校に入り、王都の役人住居にはトキの従妹が身の回りの世話をする為に上京してきていた。
トキには故郷の墓参りの為に5日ばかり家を空けると告げ、
リッケの指示通りに事は進んでいた。
北の国境に近いオシムという村にリッケの手配した案内人がいるはずだった。
その男は「神授の森」に古くから住む先住民族の出身で、
リッケとは古い友人という事だった。
ヨギは行商人がよく身に付ける麻織りの白い1枚布を腰紐で結んでいた。
肩から下げた羊皮の鞄には白い封筒の手紙と護身用の短刀が入っている。
北の国境は砂漠の先の東の国境程には危険では無かったが、
「神授の森」には得体の知れない赤目達や、
先住民の部族が幾つか点在している。
何が起こるかは分からない。緊張と不安で流れる汗を、
ヨギは頻りに麻織りの服で拭いながら荷馬車に揺られていた。
やがて荷馬車が国境の村のオシムに到着すると、
ヨギはリッケの指示通りに村で唯一の旅籠に部屋を取った。
そこは街道の両側に幾つかの民家と小店が並ぶだけの、
簡素で貧しい村だった。
表にいるのは何をするでも無く辺りを眺めているだけの老人や浮浪者達で、殆どの村人は家の中に籠って息を潜めている様子だった。
村の高台には「神授の森」の先住民や赤目達を監視する為の大きな詰所があり、門兵が立哨に当たっていた。
ヨギが街道から遠くを見ると、北の方角は見渡す限り一面の森だった。
余りにも巨大なその森は、黒い山脈がそびえ立っているかの様に見えた。
ヨギは案内人が訪ねてくる事になっている夜まで、旅籠の部屋のみすぼらしい寝台で身体を休める事にした。
家から持って来たトウモロコシのパンと羊肉の腸詰で空腹を満たし、
僅かばかりのぶどう酒を飲むと、旅の疲れからか直ぐに寝入ってしまった。ヨギが目を覚ました時、辺りは真の闇が広がっていた。
ガラスの無い土壁の窓の外からは、虫の音や風に揺れる木々の葉音だけが聞こえる。
目が慣れてくると薄雲を通した月明りで部屋の様子がゆっくりと浮かび上がってきたのだったが、それでも部屋の隅に男が立膝で座っているのを見付けた時には叫び声を上げそうになってしまった。
その男は完全に気配を消してヨギをじっと見ていた。
「・・・ヨギだな・・」
男の声は酷く潰れていて聞き取り難かった。
ヨギは微動だに出来ず、背中を流れる汗が止まらなかった。
短刀の入った鞄は寝台から離れた入口の扉の脇に下げてある。
「・・安心しろ。私はお前を森に案内する為に来た。ロー族のポポイだ。もう少ししたらここを出て森に入る。今はまだ休んでおけ」
ポポイは再び気配を消して黙って座っていた。窓からの月明りが届かない、部屋の隅の闇と同化してしまったかの様だった。
「リッケの古い友人と聞いたが」
ヨギがポポイがいるであろう方に向けて言った。
「・・・何度か森の縁を案内した。友人では無いし、古い付き合いでも無い。ただ私はあいつに借りがある」
ポポイはいつの間にか窓辺に立っていた。まるで音も無く移動していた。
「俺は森に人を探しに来た。おそらく赤目達と何らかの関りがあるはずなんだ。森で赤目達に会う事は出来るか?」
ヨギも立ち上がって窓辺に一歩踏み出した。
「もうすぐ月が雲に消える。闇に目を慣らせ。赤目に会いたいのであれば森の縁にある丸池で待つんだ。赤目が会うと判断すれば、あっちからお前の所にやって来る」
その時、僅かに月明りがポポイの横顔を照らし出した。
頭髪の両側が剃り上げられ、中央の部分の長い髪は後頭部で編み込まれていた。顔から首筋に至るまで複雑な文様の入れ墨が入っていて、目に黒い布を巻いていた。
「お前、目が見えないのか?」
ヨギは驚いて尋ねた。
ポポイはまた音も無く動き、部屋の闇に紛れてしまった。
「闇の中では目は役に立たない。それから森の中ではその短刀も役に立たないから置いていけ」
ポポイの声が闇から聞こえてくると、
ヨギはまるで夢の中にいる様な気分になってしまった。
その不思議な声は虫の音や木々の葉音の様に自然と耳に馴染む音に感じられる様になっていた。
「そろそろ行くぞ」
ヨギは僅かな月明りだけを頼りに、人型の闇の背中を必死で追い村を後にした。
 
        9
 
ポポイは村の外れの川岸に1頭の黒馬を用意していた。
森までの道はその馬に跨っていれば勝手に進んでいってくれた。
嘶く事はおろか、蹄の音すら立てない不思議な馬だった。
脇を歩くポポイも相変わらずいるのかいないのか分からない位に気配を消し闇に紛れ込んでいた。
まるで闇夜を1人で浮遊しているかの様で、ヨギはやはり夢を見ている様な気分のままでいた。
やがて黒い山脈の様な森が目の前に迫ってきた。
幾つもの獣道の様な入口があったが、馬は森の外周を左回りに進んで行った。オシムの村は遠く見えなくなり、視界を埋める黒い森が生き物の様にさざめいていた。
「ここだ」
ポポイが闇のどこからかそう言うと、森に僅かな斜めの切れ目が現れて、
馬が素早くその狭い道に身を滑らせた。
木々の枝葉が覆い被さってきたが、丁度馬上の人間の頭の高さで一定の空間を保っていた。それはまるで秘密の抜け道の様であった。
「森にはロー族以外に沢山の先住民がいる。それぞれに縄張りがあり、互いにそれを犯す事は無い。森の外側の部分を縁といい、そこを抜けて内側に入るには馬でも2日掛かる。赤目達は縁の何処かに根城を持っている。そこへ行くにはさっきも言った様に丸池で待っていなくてはならない。奴等が連れていくかどうかを決めるんだ」
ポポイが馬の先を歩き下生えを掃いながら先導した。
「その丸池まではどの位で着くんだ?」
ヨギがポポイの背中に向かって言った。
「そんなに遠くは無い。夜が明ける前には着くだろう」
それからは2人共黙って森を進んで行った。
馬もポポイも一定の速さで、迷いなく道なき道を分け入っていく。
時折頭上の木々の間から遠く月が見えた。
昨晩までは王都の役人住居の寝台でトキの寝息を聞いていたというのに、
ヨギは目の前の景色が信じられない様な気持ちだった。
懐には白い封筒がある。テオもこの森の何処かにいるのだろうか。
あの幼い日の秘密。3枚の絵の答えと、滅びゆくこの国の真実。
テオは何を伝えようとしているのだろうか。
ヨギは馬上で深い物思いに更け、心地の良い揺れと緊張からの疲れでまた気が付くと眠ってしまっていた。
馬はヨギを落とさぬ様にその両の腕を首に巻き、静かに歩み続けた。
ポポイはそれを気にも留めず、音や気配や空気の流れだけで道を確かめ進んでいた。やがて下生えが絶え、木々の間隔が広くなり、森にぽっかりと開いた穴の様な丸池の畔に辿り着いた。
「・・・ヨギ、着いたぞ」
ポポイが馬上でうずくまるヨギに声を掛けた。
「ああ、済まない。また眠ってしまった」
ヨギはゆっくりと黒馬から降りた。目の前にうっすらと水辺が見えた。
風で僅かに波立ち、その水の音が静まり返った森に反響している。
月明りが落ちている場所にだけ薄もやが掛かっているのが見えた。
「・・ヨギ、後一刻もすれば夜が明ける。私はここから離れた場所で待っている。もし何か助けが必要になったらこれを打ち鳴らせ」
ポポイがヨギに短い棒の様な物を2本手渡した。
「もし赤目がやってきて俺を連れて行ったら、ポポイはどうする?」
ヨギがそう言うとポポイは少し考えている様だった。
「赤目がお前に会うと判断したのなら危険は無い。私は一旦、村に帰ってまた迎えにくる」
既に黒馬に跨ってポポイは言った。
「分かった。ありがとう。世話になった」
ヨギがそう言うとポポイと黒馬は音も無く闇に消えて行った。
辺りを恐ろしいまでの静寂が包み込んだ。
森の中の静寂は音が無いのでは無く、
逆に音が溢れ過ぎていて耳に入ってこない様でもあった。
ヨギには何から何まで初めての経験だった。
戦争を知らない「運命の世代」
命の危険を一度として感じた事の無いヨギには、赤目達が何に対して抵抗しているのかも想像が付かなった。
 
「赤目達はこんな人間に会うと判断するだろうか」
 
ヨギは丸池の水際までゆっくりと歩き、両の掌で水を掬った。
汗ばんだ身体に冷たい水は心地良かった。
周りの木々から聞いたことの無い様な鳥の鳴き声がした。
池の周りは木々が無いので、月の光が充分に注ぎ込まれていた。
目が慣れると池の対岸まで見通すことが出来た。
ヨギはポポイに手渡された2本の棒を光に当ててみた。
動物の骨の様であったが、持ち手が付いていて黒く光っていた。
ヨギは先住民に会うのは初めてであったが、黒い布で目を伏せながら、
森の中を素早く歩くポポイの身のこなしには心底驚いていた。
しばらくその場に立ったまま辺りを警戒する様であったヨギも、
穏やかな池の水面を見ている内に気持ちが落ち着いてきていた。
傍にあった岩に腰を下ろしてまたじっと池の水面を眺めていた。
辺りに人の気配は無かった。
風が吹いて木々が揺れると、まるで群衆の喝采の様な大きな音が耳を覆った。
森の中で1人になるという事は、今まで経験した事が無い様な孤独だった。そこに疎外感や不安は無く、ただ自分の存在が無に等しい様な不思議な感覚だった。
ポポイが闇と同化している時も、或いはこんな感覚に近いのかも知れないとヨギは思っていた。
それからどれ程の時間が経ったのだろうか。
池の真上に開いた森の穴が少し白んできていた。
周囲の景色も徐々に浮かび上がってくる。
ヨギはゆっくりと立ち上がって水辺まで歩き、また水を掌で掬った。
冷たく澄んだ水は飲んでも平気そうに見えたが、
ヨギは口に含んだだけで直ぐに吐き出した。
その時、池の対岸に1人の男が立っているのに気が付いた。
男はヨギの方を見つめたまま全く動かない。
水面を渡る風が男の白い服の裾を揺らしていた。
ヨギにはその男の顔に赤い隈取があるのが、辛うじて見えていたのだった。
 
 
 ~中編へ続く~

illustration by chisa



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