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毎月一本、オリジナルの短編小説を発表しています。 日常に彩りを加えられる様な作品を志しています。 それと「えいがひとつまみ」というブログも運営しています。 ちょっと変わった映画考察が読めるブログです。是非ご覧下さい! https://eigahitotsumami.com

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短篇小説【雪中の狩人】後篇

           8 翌朝早く、ソファで目覚めるとキッチンの椅子に座っている聡子が目に入った。 分厚い毛布を肩に掛け、手に持ったマグカップの中身をじっと覗き込んでいる。 ピンクの前髪の隙間から虚ろな目が見えた。 もしかしたら眠っていなかったのかも知れない。 俺の寝惚けた頭の隅には、さっき迄見ていた夢がこびり付いたままだった。今は何処で何をしているのかも分らない嘗ての恋人の顔と、俺がこの手で命を奪ってしまった男の顔。 忘れたくても忘れられない記憶が、あれから20年経とう

    • 短篇小説【雪中の狩人】前編

                1 朝から降り続くぼた雪で庭が白く覆われていた。 古いストーブの薪がバチっと爆ぜる度に、タルホは僅かに尾を揺らす。 町の郵便局の軒先で産み捨てられていた5匹の内の、最後に残った1匹を貰ってきたのがもう3年前だった。 右耳が少し垂れているが、岩手犬の血が入っているはずだと、犬に詳しい郵便局の職員が言っていた。 今では随分便利になったもので、猟犬の調教動画などが簡単に検索に引っ掛かる。 タルホはとても優秀な猟犬に成長していた。 平生は雪と雪との間に山へ入る

      • 短篇小説【窓のない夜】

                  1 ちびた鉛筆を最後まで使う為のキャップを、私はその時初めて見た。 シルバーの金具に小指の先位になった鉛筆が差し込まれている。 斜めに傾げたちゃぶ台の上、インスタントコーヒーの空き瓶の中に それが無造作に3本突っ込まれていた。 初めて寺岡泡人(ほうじん)のアパートに行った時、 暖房器具の一切無い冷え切った部屋で私は、 その寂しげに光るシルバーのキャップをずっと見詰めていた。 寺岡泡人は世間から忘れられた男だった。 90年代の終わりに3冊の詩集を出し、そ

        • 短篇小説【泣き虫たちの島】

                    1 2階席から振り下ろされるスポットライトが眩しくて、視線を彷徨わせている内に舞台最前列の端の席に圭(けい)が座っているのが目に入った。 大きく身体を動かして手拍子をしている。 亜希がフィドルのネックで俺の方にそれを知らせる。 曲はチェコの民謡を亜希がアレンジした舞曲。 6人編成のバンドは打楽器を担当する俺と、 弦楽器を担当する亜希以外のメンバー全員ヨーロッパ出身の演奏家だった。 それぞれがトランペットやコントラバスにチューバ、アコーディオンやバンジョ

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        短篇小説【雪中の狩人】後篇

          短篇小説【閑話休題 目黒不動 丑三つの刻】

                       1 長火鉢の中で炭がこけ、薄い煙が天井に昇っていく。 それを合図に障子の磨りガラスを通して月明りが部屋に射し込み、 畳の上にぽてっと落ちた。 視線を上げると庭木の風に揺れる影が障子に映っている。 ああ、時間がまた伸びる。 樹は目を細め、冷えた指先を火鉢に当ててゆっくりと息を吐いた。 明日の出立の準備は整っている。 まだ暗い内に家を出て駅まで歩かなくてはならない。 中々寝付けず、何を考えると無しに炭を弄りながら夜が更けていった。 遠くで犬の吠える声

          短篇小説【閑話休題 目黒不動 丑三つの刻】

          短篇小説【閑話休題 西荻窪13時15分】

                  1 今からかれこれ20年以上前の事。 世間知らずの次男坊だった俺は平和ボケしたやや足りない頭と、 無計画で安易な夢だけを持って不景気真っ只中の都会に 飛び出してきていた。 これはそんな俺が新築マンションの広告チラシをせこせこと他人様の宅の郵便ポストに投げ入れ日銭を稼ぎ、駆け出しの手品師をやっていた頃に聞いたちょっと不思議な話だ。 新宿から中央線快速で15分。西荻窪の北口改札から歩いて5分。 いやに細長い雑居ビルの地下にある小さな劇場がこの話の舞台だ。 そこ

          短篇小説【閑話休題 西荻窪13時15分】

          短篇小説【閑話休題 新宿駅23時30分】

                    1                              宇都宮線の終電が視界から消えた後、 4番線ホームに残っていたのはその赤いコートの女だけだった。 チカチカと明滅する蛍光灯の灯りに身体の半分を浮かび上がらせ、 クリーム色のタイル地の壁を背に立っていたその女は、消え入りそうな白い肌から白い息を吐き、 向かいの5番線ホームの地面の辺りをじっと見詰めたまま動かなかった。 終電と業務終了のアナウンスが駅構内に響き渡る中、 その赤いコートの女に近付いて

          短篇小説【閑話休題 新宿駅23時30分】

          短編小説【やがて滅びる国の民へ】後編

                16 トキの耳に届くのは馬の荒い息遣いと、木の車輪が土を削る音だけだった。どれだけの時間が過ぎたのか見当も付かなかった。 後手に縄で縛られ目隠しもされていた。 それでも隣にミミが眠っているのが分る。 その小さな背中の上下の動きだけが、トキの心を何とか落ち着かせていた。頬に微かな風を感じる。目元の布を越す明かりが段々と薄れ、 日が暮れてきているのだろうとトキは思った。 双子の娘2人と役人住居の簡素な部屋で昼食を取っている時だった。 広場の方から大きな爆発音が聞こ

          短編小説【やがて滅びる国の民へ】後編

          短篇小説【やがて滅びる国の民へ】中編

                  10 ヨギがその男に差し出せるものは白い封筒の手紙以外に無かった。 護身用の短刀も旅籠に置いてきていた。 夜明けの森の中で、今ヨギは「赤目」と向かい合っている。 その男は見た所20代後半位で長い髪を後で束ねていた。 目の周りは赤く隈取られ、鼻から下は白い布で覆われていた。 背は然程高く無かったが、がっしりとした体躯は一見して鍛え上げられた人間である事が分かる。 何故ここにいるのか、その理由を明かすのが一番安全であろうとヨギは考えた。 「この手紙は私の弟のテ

          短篇小説【やがて滅びる国の民へ】中編

          短篇小説【やがて滅びる国の民へ】前編

                  1 その列車は、国境の町まで463人の若い兵士達を乗せて干ばつ地帯を東に向かっていた。 この季節の砂漠には何の前触れも無く砂嵐が起こる事がある。 ついこの前も、ヨギは砂嵐の為に列車の中に2時間も閉じ込められたばかりだった。 代わり映えのしない景色を窓からずっと眺めていると、 今にもまた空まで覆う砂嵐が襲ってくるのでは無いかと、 ヨギは内心ひやひやしていた。 4人掛けの座席の斜向かいには盲の老人が杖を持って座っていた。 列車の揺れに時折躰を捩っていたが、 始

          短篇小説【やがて滅びる国の民へ】前編

          短編小説【遠い町と転調する虹】後編

                  6 昨夜遅くまで降っていた雨が上がり、雲間からは陽が差し込んでいた。 町の環状道路から東の方角に大きな虹が見えた。 ディズニーランドへ行く予定がまた長野の祖父の家へ変更になった事で、 朝からふてくされていた翔の3つ年下の妹・茅もその虹を見て機嫌を直していた。 翔の父親の隆が運転するフォレスターの後部座席の窓から、 俺と翔もその大きな虹を眺めていた。 「今日の徹君の試合第2試合だよな、そろそろ球場に入った頃かな。要、テレビで応援しなくていいのか?」 ハンドル

          短編小説【遠い町と転調する虹】後編

          短編小説【遠い町と転調する虹】前編

                    1 ダイニングテーブルに突っ伏す形で、いつの間にか眠ってしまっていた。 遠くで電話が鳴っている様な気がして目を覚ました。 ばあちゃんの話し声が聞こえる。 着ていたTシャツの背中が汗で濡れていて気持ちが悪い。 頭が酷くボンヤリとしていて、自分がどこにいるのかも よく分からなかった。聞こえるのはばあちゃんの電話している声と、 シンクにボタボタと垂れる水滴の音だけだった。 体が鉛の様に重たく感じて、指を一本動かすのにも苦労した。 勝手口の明り取りからは眩しい位

          短編小説【遠い町と転調する虹】前編

          短編小説【黄昏時に、面を打つ】

                               1 「休みの日とかは何してんの?」 その日、職場の先輩に聞かれて答えに窮してしまった。 まさか面を打ってるとは言えない。 多分相手はリアクションに困ってしまうだろう。 「映画とか観たりしています」 だから咄嗟に答えたが、それは満更嘘でも無い。 私の住む町には今時珍しい名画座が細々と生き永らえていて、 2週間毎に「アラビアのロレンス」とか「ベン・ハー」なんかを掛けたりしている。私は先週の休みには「雨に唄えば」を朝一番の回で観てい

          短編小説【黄昏時に、面を打つ】

          短編小説【あいつの空似】

                            1 またあいつの空似を見た。今年すでに3人目だ。いくら何でも多過ぎる。 カウンターで瓶ビールなんか飲んでやがる。 私に何か言いたい事があるのなら、直接おまえが来いと思った。 じっとその横顔を睨んでいたら、視線に気が付いたその空似は気まずそうに背中を丸めた。それを見てまた訳も無く腹を立ててしまう。 その空似にしてみれば本当にとばっちりだったろう。 少し気の毒になって店を出た。 2月の北風が頬を刺し、コートの襟を立てて足早に駅へと向かう。 あ

          短編小説【あいつの空似】

          短編小説【やわらかい月】後編

                    9 夜中に目が醒めて、そこが病院では無く自宅の寝室である事に気が付くと 美咲は何故か落ち着かない気持ちになってしまった。 手術が無事に終わって経過も順調という事で、 一昨日退院して新小岩のマンションに戻って来た。 巧の運転するアウディA3で自宅に着いた時、 美咲は何年も留守にしていた我が家にやっと帰ってきた様な気がした。 実際は2週間の入院だったのだが、 何かが以前と変わってしまった様に感じたのだ。 冷蔵庫のカステラには見事にカビが生えていた。 美咲は

          短編小説【やわらかい月】後編

          短編小説【やわらかい月】前編

                    1 先ず始めに目を疑った。次に何かのドッキリかと思った。 直ぐに思い直して何が起きているのかを必死に考えた。 初台にある小さなギャラリーで偶然目に止まった1枚の絵を前にして、 三崎巧は立ち尽くしてしまった。 以前一緒に仕事をした事のある装丁家の企画展の為に午前中からそのギャラリーを訪れていて、ふと隣の展示室で名前も知らない画家の展示をしているのが気になって覗いてみたのだった。 いくつかの風景画の前を特に気に留めるでもなく通り過ぎた。 他に客の姿は無く

          短編小説【やわらかい月】前編