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短篇小説【雪中の狩人】前編

          1
 
朝から降り続くぼた雪で庭が白くおおわれていた。
古いストーブの薪がバチっとぜる度に、タルホは僅かに尾を揺らす。
町の郵便局の軒先で産み捨てられていた5匹の内の、最後に残った1匹を貰ってきたのがもう3年前だった。
右耳が少し垂れているが、岩手犬の血が入っているはずだと、犬に詳しい郵便局の職員が言っていた。
今では随分便利になったもので、猟犬の調教動画などが簡単に検索に引っ掛かる。
タルホはとても優秀な猟犬に成長していた。
平生へいぜいは雪と雪との間に山へ入る。
クヌギやケヤキは葉を落とした枝に白雪を這わせ、俺はそれを人の骨の様で綺麗だといつも思っていた。
静まり返った森の中にいると、五感が尋常では無くなる様に感じた。
遠目が利き、微かな音を聞き分け、頬を撫でる僅かな風さえも、身が切られる様に鋭く感じたりした。
タルホはそんな俺の足元で、いつも賢げに遠くの匂いを嗅いでいた。
普通鹿は大勢で多方より囲いながら狩るが、団体行動が苦手な俺はいつも1人で足跡を追って、ただ静かに機を待った。
生活の為の猟では無いので、そこに生産性は必要無い。
では何の為にそんな事をしているのかと問われれば、俺自身にも答えられないのだった。
雲が厚いので2日は猟に出られないと踏んでいた。
大きな鍋に湯を沸かし、昼飯に蕎麦を茹でた。
俺が東京から岩手に越してきた時、世話になった保護観察官に餞別で持たされたのが、稲垣足穂いながきたるほ「弥勒」みろくという小説の薄汚れた文庫本だった。
かれこれ12年前になる。
擦り切れるまでそれを読んだ俺は、いつの間にか家に住み着いていた汚い野良猫にミロクと名を付けた。
その猫が免疫不全で死に、入れ替わりにやってきた犬に今度はタルホと名付けたという訳だ。
屋根からまとまった雪が滑り落ちて、まるで地鳴りの様な轟音を響かせた。台所の窓から外を見ていると、軽トラックが1台ゆっくりと表の坂を登ってくるのが見えた。
タルホはトラックの音を聞き付けてもう玄関で尻尾を振っている。
トラックのドアを勢い良く閉める音。
雪を踏み締めて歩く長靴の音。
鼻を啜り、軽く咳払いをしながら玄関を開けて誰かが中に入って来る音。
俺は耳から伝わってくる情報を、映像に変換する癖を山で身に付けていた。クルクルと周りを飛び跳ねながら、じゃれ付くタルホを引き連れて北浦聡子が居間に入ってきた。
「おはよう。随分早起きな事で」
台所のテーブルで蕎麦を啜る俺に、聡子は一瞥もくれず言った。
「もう昼だろ、お前こそ早いな」
ソファにドカッと腰を降ろして、煙草に火を付けている聡子に俺は答えた。
聡子は谷を挟んだ反対側にある小さな民宿の娘だ。
小遣い程度のバイト代で、たまに仕事の手伝いをしてもらっている。
「雪がヤバそうだからさ、早めに配達させてもらえる様に電話しといたよ。1日家に居るらしいからいつでもどーぞだって」
タルホの首元をワシワシと撫でながら聡子が言った。
「そうか、分った。じゃあ早速積むか」
俺は残りの蕎麦を一気に搔っ込み、勢い良く立ち上がった。
俺の本業は家具職人だった。
この人里離れた山間の独居小屋で、細々とだが何とか生計を立てている。
越してきた当初は町の材木工場で働いていたが、生来人付き合いの苦手な俺には、今の暮らしの方が性に合っていた。
日が暮れれば辺りは本当の暗闇になる。
人工的な灯りや音が無い世界では、余計な事を考えないで済んだ。
人から見れば随分寂しい暮らしに見えただろうが、ここには例えいつ死んでも誰も煩わせない様な自由があって、それが以前よりも俺の心を落ち着かせてくれていたのだった。
昨日の晩に仕上げたばかりのケヤキの飾り棚を毛布とビニールシートに包んで、トラックの荷台に載せていると雪が更に勢いを増してきた。
「おい聡子、帰りにちょっと買い物付き合ってくれ」
トラックの助手席に乗り込みながら俺が言った。
「おー、こりゃ結構積もりそうだ。食料備蓄しといた方がいいかもね」
聡子が咥え煙草で厚い雲が覆う空を見上げた。
田舎町では異様に目立つピンクの髪の毛が、雪で濡れていた。
山道を15分下りて、沢に沿った街道を更に走ると町に出る。
雪国の人間は一様に車の運転が巧い。
シビアな環境に嫌でも順応せねばならず、自然と運転技術が向上するのだろう。
俺は未だにこの季節の運転には辟易させられるので、聡子の存在は有難かった。
県道は車通りも疎らで、横殴りになりつつある雪が更に視界を悪くしていた。
「ねえ、この前講習の時に聞いたんだけどさぁ、もう超ウケた。ねえ、慎ってさぁ、令和になったの半年も気付かなかったんだって?ねえ、ちょっとどんな環境で生きてる訳?テレビ買いなよ。もうマジ笑ったよ、信じらんない」
聡子は最近になって地元の猟友会の講習に通い始めていた。
そこの講師が材木工場の時の俺の同僚で、聡子は何かとその男から俺の情報を聞き出していた。
「試験今月か。ちゃんと勉強してんのか?」
「超余裕だよ。ピンクの髪の美人ディアハンター。今シーズンのマタギ衆の話題はあたしで持ち切りだよ」
聡子は咥え煙草でケラケラ笑っている。
黙っていれば美人なのだが、どう育ち曲がったのだろうかと俺はふと考えていた。
「ねぇ、聞いた?また熊出たんでしょ?今度は小学校の裏だって。そんで役場の務さん達が撃ったらしいよ」
「ああ、冬眠前だからな。怪我人が出なくて良かったよ」
俺は窓を僅かに開けて、外の空気を吸った。
まだ昼過ぎなのに辺りは薄暗く、ガソリンスタンドには煌々と照明が灯っていた。
「ねぇ、慎は熊さんに出会った事ある?森の中で」
聡子が煙草を灰皿に押し付けながら言った。
「ああ、一度だけある」
赤信号で車がゆっくりと止まった。
「どうだった?怖かった?」
聡子が俺の目をじっと見て言った。
「悲しい目をしてたよ」
雪が音を吸うので、町は平生より随分静かだと、俺は感じていた。
 
          2
 
俺は23歳の時、傷害致死罪で7年の実刑を言い渡された。
5年で仮釈放となり、2年間の保護観察期間を経てから、岩手に越してきた。
家具作りの一通りの技術は、刑務作業で身に付けたものだった。
そして町の材木工場で仕事をしていた時に、廃材で拵えた机や椅子が同僚の間で評判になって、いつの間にか注文を受ける様になったのだった。
その後、懲役中に死んだ父親の遺産で山間に古い小屋を買った。
少しづつ1人で改築して、作業場と居住スペースを拵え、人目に付かない生活を始めた。
やる事といえば山歩きと読書くらい。
そんなある日、俺は熊に遭遇したのだった。
それはまだ猟友会に入る前の事。
森の中を考え事をしながら歩いていた時、気が付いたら目の前に視界を塞ぐ程に大きな黒い熊が立っていた。
熊はじっと俺を見下ろしていた。
大きな胸の辺りから、大型バイクのエンジン音の様な唸りが聞こえてきていた。
目があったまま俺は1歩も動けない。
手を伸ばせば触れられる位の距離で、なぜかその熊も動かなかった。
風で樹々の枝葉が揺れ、森は腐葉土の湿った匂いで満ちていた。
あの日も雪が振りそうな厚い雲が広がっていて、僅かな陽差ししか届かない森の中は薄暗かった。
目を合わせてはいけない事は知っていたが、俺はその熊の目から視線を外す事が出来なかった。
何か話し掛けられている様に思った。
死ぬかも知れないと頭を過ったが、なぜか恐怖を感じなかった。
「それでどうなったの?」
新しい煙草に火を点けながら、聡子が言った。
「それだけだ。気が付いたら熊はいなくなってたよ」
俺はあの時の、どこか悲しそうだった熊の目を思い出していた。
「え~、余りの恐怖に気を失ってたとか?記憶喪失?」
聡子はハンドルを叩いて笑っている。
「ああ、ここだここだ、着いたよ」
聡子は大きくハンドルを切り、トラックが2階建てのアパートの前に横付けされた。
「あ~、マジ寒い。さっさと終わらせよう、熊が出る前に」
聡子が勢いよく運転席から飛び降り、荷台の覆いを乱暴に外していく。
「ちょっと待て、声掛けて来るから。部屋は何号?」
俺は助手席からゆっくりと降りて、ダウンコートのフードを被った。
「ん~とね、103号室。1階で良かったよ、マジで」
溜息と共に煙草の煙を吐きながら、聡子が言った。
すぐ目の前がその部屋だった。
俺は木製のドアを見て直ぐに嫌な予感がした。
ドアの幅が飾り棚を通すには少し狭い様に見えたのだ。
更に郵便受けからは無造作に突っ込まれたままの新聞や広告が溢れ、その前には枯れた鉢植えが横倒しになっていて土をこぼしていた。
呼び鈴を押したが返答が無い。
軽くドアをノックしてもやはり反応が無い。
「おい、マジかよ」
掌を擦り合わせ息を吹き掛けながら、俺がトラックにいる聡子の方に振り返ろうとした時、
ドアの鍵がガチャっと外される音がした。
「あっ、こんにちは、家具のお届けに参りました・・」
ゆっくりとドアを引きながら声を掛けた俺の顔を、パジャマを着た小さな男の子が見上げていた。
男の子は俺の顔をじっと見詰めると、そっとドアを閉めようとした。
「ちょ、ちょ、ちょっと、待って。あれ?誰か、お父さんかお母さんいるかな?」
慌ててドアを抑えながら、俺は言った。
男の子はドアからそっと手を離して、ゆっくりと首を横に振った。
「誰もいないのか?」
今度は首を縦に振る。
その間も男の子はずっと俺の目を見詰めたままだった。
玄関には女物の派手なハイヒールやサンダルが散乱していて、ゴミ袋一杯のビールの空缶が悪臭を放っていた。
部屋の奥に視線を移すと、床には脱ぎ捨てられた服や雑誌が散らばっていて、カーテンが引かれた窓には女物の下着が干されたままになっている。
薄暗い部屋の中は、息が白くなる程に寒かった。
「お母さん、どっか出掛けてるのか?いつ帰って来るか分る?」
俺がそう言うと、男の子は黙って部屋に引き返し逃げ込む様に炬燵の中に潜ってしまった。
俺が呆気に取られていると、後ろから聡子が顔を覗かせてきた。
「ねぇ、どうしたの?ここで良いんでしょ?表札見たら間違いないみたいだけど」
聡子も部屋の異様な雰囲気に気が付いて、不安げに見廻している。
「おまえ、ちょっと電話してみろ。携帯だろ、今日連絡したのって?」
「ああ、うん、ちょっと待って」
聡子が慌ててポケットからスマホを取り出した。
ピンク色の前髪を指で弄りながら、画面をじっと見詰めている。
「駄目だ、出ない。朝は女の人が出たんだけどさぁ。それで1日中家に居るからって言ってたんだけどなぁ」
聡子の雪の付いた長靴から水滴が玄関に落ちる。
炬燵から首だけ出して男の子が聡子を見ていた。
その口元が微かに笑っているのに俺は気が付いた。
「しょうがねぇな、出直すか?」
狭い玄関に2人の大人が窮屈そうに立っているのを、男の子は興味深そうに眺めていた。
炬燵の上はビールの空缶やコンビニ弁当の空容器、吸い殻で一杯になった灰皿なんかで溢れかえっていた。
壁に掛けられたピンクのスパンコールが散りばめられた派手なドレス。
あちこちに散乱している化粧道具。
台所のシンクには洗ってない皿やグラスが山積みになっていた。
その時男の子の額の所に、赤紫色になった痣があるのに俺は気がついた。
黙って同じ様に男の子の様子を眺めていた聡子が、おもむろに長靴を脱いで部屋に上がり込んだ。
「おい、ちょっと、どうすんだよ?」
慌てて俺が声を掛ける。
「中で待たせて貰おうよ。寒いからさ、ほら、慎も入って、そんでドア閉めて」
聡子は床の上の散らかった物を踏まない様に、ゆっくりと奥に入っていった。
「おい、これ不法侵入だろ?」
炬燵から顔を出してる男の子の目元に笑みが広がった。
「うう、寒い。はい、失礼しまーす」
聡子が炬燵に足を突っ込むと、男の子は堪らず声を上げて笑い出した。
恥ずかしがりながらも、急に訪れた大人に興味を隠せない様子だった。
「ねぇ、君いくつ?」
聡子が話し掛けると、男の子は顔を両手で覆って頭を捩る様にしている。
「お母さんはどこ行ったの?」
終いには炬燵に潜り込んで隠れてしまった。
「ねぇ、慎、これってさぁ、ネグレクトってやつじゃないの?育児放棄みたいなさぁ?」
俺も寒さに耐えきれず炬燵に足を突っ込んだ。
中で男の子がふざけて悲鳴を上げている。
「聡子、あの玄関のドア。多分あれじゃ棚通らねーぞ。それにこの部屋に置く場所なんてねーしな」
改めて部屋を見廻しながら、俺が言った。
「そうだね。つーか散らかり過ぎだよね。ねぇ、君、お母さんはどこかなー?」
聡子が炬燵の布団を持ち上げて中を覗き込みながら言った。
男の子がまた悲鳴を上げながら喜んでいる。
炬燵の中で2人の足から逃げ回っていた。
「ほれ、出てこい~。こら~」
聡子が男の子を引っ張って炬燵から引き摺り出した。
男の子はやっと観念した様子で、聡子の膝の上で大人しくなった。
「ねぇ、お母さんは?いつからいないの?」
聡子が男の子の目をじっと覗き込む様にして言うと、男の子はゆっくりと掌を開いて聡子の目の前に指を3本立てて見せた。
「んっ?これ3?えっ、3日前からいないの?」
聡子が首をキョロキョロさせる。
「多分、そうだ。ほらそこの日捲りのカレンダー、3日前のままだぞ」
壁のカレンダーを指差して俺は言った。
「えっ、マジで?ちょっと、ヤバくない?ねぇ、いつ帰ってくるかは分るかな?」
男の子が聡子に向かって首を横に振った。
「こんな寒い部屋に放置?マジやばいよ。電話じゃ全然普通の感じだったのに」
男の子は聡子の顔を不思議そうに眺めていた。
多分小学校に上がるかそこらの歳だろうと、俺は思った。
「それじゃあ、ここで待っててもしょうがないよね」
そう言って聡子は立ち上り、壁の日捲りカレンダーを1枚勢い良く剥がした。
そして床に転がっていた眉毛か何かを書く為のペンを拾って、紙の裏に何かを書き付けた。
「おい、何やってんだ?おまえ」
聡子は俺の問い掛けを無視して男の子に笑い掛けている。
「よし、このおじちゃんの所に行こう。棚も入らないし、お母さんはいつ帰って来るのか分んないしねー。ほら、置手紙書いたから」
聡子が無造作に俺に紙を手渡した。
 
【子供は預かりました。ご飯を食べさせてお風呂に入れたら帰します。
 キタウラ サトコ  090ー××××ー××××】
 
「おい!これじゃまるで誘拐だろ!」
俺の叫び声が狭い部屋に響き渡った。
 
          3
 
その男の子は武井空と名乗った。歳は5歳。
極端に無口で自分からは何も話さなかったが、聡子が名前を聞いたら素直に答えた。
俺が何か話し掛けても、笑って首を傾げてばかりいた。
その後も聡子が何度か母親の携帯に電話をしたが、全く繋がらなかった。
あの部屋を見た限り、母親は水商売でもしている人間では無いだろうかと俺は思ったが、3日も帰っていないのは普通では無いと感じていた。
あのまま寒い部屋に1人残す訳にはいかないと俺も思ったが、厄介な事に巻き込まれたと気を揉んでもいたのだった。
町のスーパーで食料品を調達し、聡子の運転でトラックはまたゆっくりと山道を登っている。
俺と聡子の間に挟まれて、適当に見つけてきた服で着ぶくれた空は、小さく背中を丸めていた。
雪は少し勢いを弱めている。
すっかり日が暮れて、ヘッドライトがカーブの度に鋭く闇を切り刻んでいく。
この辺りは鹿もいるが、特にイノシシが多い。
麓の田畑を荒らすのも殆どがイノシシなので、市では1頭につき5千円の報奨金を出していた。
それもあって猟友会には地元農家の人間が少なくなかった。
11月の半ばを過ぎると県外からの狩猟者も増える。
聡子の民宿もこの時期は客にガンケースを担いでいる者が目立ち始めるのだった。
家に着いて玄関の扉を開けると、タルホが勢い良く飛び出してきた。
真っ先に見慣れぬ空の匂いを嗅いでいる。
突然大きな犬にじゃれ付かれても空は落ち着いていた。
荷台の飾り棚を作業場に戻すと、聡子が空を連れて黙って風呂場に消えていった。
俺はストーブの薪を焚き付け、買ってきた食材で簡単な料理をした。
子供も食べられる様にハンバーグとナポリタンスパゲッティにした。
色々な考えが頭を過るが、取り敢えず空腹を満たしてやる事が先決である気がした。
「ねぇ、やっぱりあの子、背中にも痣があった。これ完全に幼児虐待だよ」
台所に戻ってきた聡子が煙草に火を点けながら言った。
その顔は怒りで歪んでいる様に見えた。
俺は3年前の冬、初めて聡子と会った時の事を思い出していた。
あの時俺は聡子の実家の民宿から、風呂場の脱衣棚の注文を受けていた。
杉の材木をトラックから下ろして、脱衣場で作業を始めようとしていた時、ふと外の軒先で高校の制服を着た聡子が煙草を吸っているのが目に入った。じっと遠くを眺め、静かに煙を吐いている聡子の頬に、大粒の涙が光っているのが目に映った。
その少女の横顔には、悲しみよりも強い怒りがある様に、その時の俺には見えたのだった。
「慎、私今日ここに泊まってもいいかな?あの子に付いててあげたい」
聡子は一点を見詰めたまま、せわしく煙を肺に送り込む。
煙草を挟んだその白い指先が、微かに震えていた。
「それは構わないけど、明日も母親に連絡が付かなかったら、役所に連絡するしかねぇぞ。ここにずっと置いとく訳にもいかないからな」
ダイニングテーブルに料理を並べながら俺は言った。
「それであの子はどうなるの?母親の所に返せばまた痣が増えるだけだよ。それとも役所が何とかしてくれるの?」
聡子が俺を睨み付ける。
「どうするかは俺達の決められる事じゃねぇだろ。もし児童相談所があのアパート見て、あの痣も見たら、保護するしかねぇってなるだろう」
「それじゃあ、あの子独りぼっちだよ!あの子何も悪く無いのに!何で勝手な親の所為でそんな目に遭うの!」
聡子の目から涙がこぼれ落ちた。ピンク色の髪を掴み、肩を震わしている。
俺は無性に腹が立ってきた。
あの子の母親にも、何も出来ない自分自身にも。
「あんな部屋に3日間も独りでいたなんて・・・・あんまりだよ・・・酷過ぎるよ・・・」
やっと絞り出した様に頼りない聡子の声は、今にも消え入りそうだった。
俺は聡子の白く細い腕を見たまま、それ以上何も言葉を掛けられなかった。
 
          4
 
明くる日は嘘の様に朝から陽が差していた。
ソファで目を覚ました俺は、至近距離からじっと見詰めてくる視線とぶつかった。
口の端にケチャップを付けた空が目の前に立っている。
そしてその傍らではタルホが嬉し気に尻尾で床を叩いていた。
「お早う。今日も早起きな事で」
ストーブの上に薬缶を置きながら、聡子が声を掛けてきた。
寝惚けた頭で俺はふと思った、もしかしたら俺にもこんな人生があったのかも知れない。
妻がいて、子供がいて、温かい家に犬までいる。
あんな事が起こらなければ、俺にもこんな生活が待っていたのかも知れない。
部屋の温かさで窓が白く曇っている。
「トーストとコーヒーでいい?朝ご飯」
咥え煙草の聡子が台所に消えていく。
居間のレコードプレーヤーからは微かにエリック・サティのピアノ曲が流れていた。
「おい、よく眠れたか?寒く無かったか?」
俺がそう声を掛けると、空は少し笑って首を縦に振った。
頭に派手な寝癖が付いている。
硝子戸を開けてやると勢いよくタルホが雪の積もったデッキに出て行った。その後を空が追い掛けていく。
梢から響くセキレイの声を俺は久し振りに聞いた気がした。
トーストを載せた皿と、マグカップを持って聡子が戻ってきた。
「あれから電話は?」
聡子は少し視線を落として首を横に振った。
「こっちからも朝方に1回掛けたんだけど、繋がらない」
「そうか」
俺はデッキでタルホとじゃれ合っている空に目をやった。
随分と奇妙な縁で集まったメンバーだと、俺は少し可笑しく思った。
「飯食ったら、少し山に入ってみるか。実技試験の練習にもなるだろ」
「えっ、いいの?」
聡子の表情が漸く少し明るくなる。
「まぁ、何もそんなに急ぐ事もねぇーだろーし」
俺は聡子のその横顔を見ながら、熱いコーヒーを一口啜った。
俺が作業場の隅にあるクローゼットの扉を開けると、直ぐにタルホが傍に走ってきた。
猟に出掛けると思ったのだろう。
ガンロッカーから散弾銃やらガンケースを取り出している俺の周りをグルグルと纏わりついてくる。
陽は出ているものの、外の気温は大分低い。
厚手の防寒着を引っ張り出して聡子に着せ、空にはぶかぶかのニット帽を被せた。
家から坂を下って直ぐの所に山道の入口がある。
砂利敷きの駐車スペースにまだ車は1台もいないので、山には誰も入っていない筈だ。
慎重に長靴の底を雪に嚙ませながら歩く3人の、吐く白い息に朝陽が差してキラキラと光っていた。
暫くいくと少し拓けた斜面に出た。
葉を落とした喬木が等間隔で並んでいる。
「聡子、こっから6本目の木まで何メートルある?」
不意に俺は言った。
「え~とねー、50メートル・・・いやっ、30!30メートル!」
聡子が慌てて答えた。
「じゃあ、あっちの茂みまでは?」
斜面を上がった奥にある灌木の方を指差して俺は言った。
「ん~っと、あれは50メートル」
「よし」
2人のやり取りを興味深そうに空が見ていた。
タルホは山に入ってから頻りに辺りの匂いを嗅いで周っていた。
10分程歩くと樹々の切れ間から谷間が見渡せる場所に出た。
谷の反対側に聡子の家の民宿が見える。
俺は適当な倒木に腰を下ろし、タルホの首元を撫でて「匂い取り」のオーダーを出す。
近くの獲物を猟犬に探させる指令だ。
ガンケースから散弾銃を取り出し、聡子に手渡した。
「聡子、点検・分解・組み立てしてみろ。弾は勿論入ってないから安心しろ」
煙草の火を付けようとしていた聡子が慌てて銃を受け取った。
「それから、禁煙な。山ん中は」
「はい。すみません」
何時になく素直な様子で聡子が言った。
全く危なげ無い手付きで、滞りなく点検と分解と組み立てを聡子はこなした。
それから慣れた動作で射撃体勢を取り、少し上方に銃口を向け、引き金を引いた。
カチッと乾いた音を聞いて、目を丸くしていた空が大きく口から息を吐いた。
「おねーちゃん、カッコいい」
ぶかぶかのニット帽がずり落ちてこない様に手で押さえながら、空が聡子にすり寄っていった。
すっかり聡子に懐いている様だった。
「聡子、完璧だな」
俺がそう声を掛けると聡子は笑ってピースサインをしている。
こうやって見ると聡子もまだ幼い子供の様だと俺は思った。
その時、斜面から荒い息遣いでタルホが駆け降りてきた。
俺は聡子から散弾銃を受け取って、再度点検してからポケットの銃弾を装填した。
「行くぞ、2人は必ず俺の後ろを歩いてこい。聡子、しっかりと手を繋いでやってくれ」
俺達はタルホを先頭に斜面を登り始めた。
ぬかるんだ斜面に足を取られそうになるが、慎重に進んで行く。
タルホは一定の距離感で道先と俺達の間を行ったり来たりする。
「ねぇ、何かいるの?タルホ何か見つけたの?」
聡子が後ろから声を掛けてきた。
「イノシシだ。寝屋撃ちって言ってな。イノシシの寝てる所を撃つんだ」
タルホが茂みを分け入って短く吠えた。
俺に獲物の場所を教えている。
「2人共そこを動くな」
15メートル位先のブナの根方に、枯れ枝や倒れた竹が重なっているのが見えた。
タルホはその辺りを中心にして一定の距離で周回していた。
銃身を構え、射撃体勢のまま根方を回り込む。
真横の位置に来た時、窪みの縁からイノシシの耳が見えた。
ゆっくりと狙いを付けて、俺は躊躇なく引き金を引いた。
乾いた発射音が山間に響き渡る。
タルホが窪みを覗き込み、吠えたてた。
木々の間からじっと様子を見ていた聡子を俺は手招きして呼んだ。
「空はそこで待ってろ。聡子、これで止め刺ししろ」
狩猟ナイフをケースから抜いて、聡子に手渡した。
「まだ息があるから気を付けろ。喉の辺りを突いたら直ぐに抜け」
聡子は緊張した面もちでゆっくりと根方に近付いていった。
窪みの中で、イノシシが土にもたれ掛かり、弱々しい声を上げていた。
まだ息もあり、足が痙攣している。
聡子は両足を踏ん張り、躊躇する事無くイノシシの喉元にナイフを差し込み、そして素早く引き抜いた。
「よし、それで大丈夫だ」
聡子は口をきつく結び、イノシシが最後の息を吐き終えるまで、風に揺れる茶色い毛並みを凝視していた。
俺は大きく息を吐き、聡子の背中にそっと手を置いた。
 
          5
 
昼になって気温も上がってきていた。
聡子の運転する軽トラックの車窓から、河川敷の藪中で雉の踏み出し猟をしている人達の姿がちらほら見えた。
何頭かの中型犬が駆け回っているのも見える。
俺達は獲ったイノシシを荷台に載せ、町の精肉店に向かっていた。
俺はいつも庭で解体をしていたが、聡子の後学の為にプロの仕事を見せてやろうと思った。
荷台の雌イノシシは50キロ程度の小振りだったが、山道の入口まで下ろすのは一苦労だった。
紐を付けた橇の様な物に固定して引き摺って運ぶのだが、初めてだった聡子は数十メートル程の距離で音を上げてしまった。
単独猟は体力勝負になる。
自然や生き物と対峙するという事は、理屈では無くひたすら場数が物を言うと俺は考えていた。
20代の殆どの期間、強制的な集団生活の中にいた俺にとって、自分の感覚や判断だけで行動する狩猟の世界は唯一生きている実感を与えてくれるものだった。
そんな俺に6年前の冬、狩猟を教えてくれたのが、その精肉店の店主の高崎昇だった。
「おお今シーズン最初の獲物か。こめかみど真ん中だな、お見事、お見事」
荷台でビニール袋に入ったイノシシを一目見て、高崎が俺に言った。
「血は抜いてあります。あと、解体をこいつに見せてやってくれますか?」
「おお、民宿屋のねえちゃんかい。あんたマタギになるんだって?」
高崎は70歳前後の細身の男だったが、1人で軽々とイノシシを担いだ。
「北浦聡子です。宜しくお願いしま~す」
高崎の後を追って聡子が加工場に入っていった。
それに付いて行こうとしていた空を、おれは精肉店の隣にある食堂に連れていった。
まさか獣の内臓や手足を切り刻む光景を5歳児に見せる訳にはいかない。
食堂の客は疎らだったが、その中に一人知った顔があった。
東京で世話になった保護観察官の親戚で、俺に岩手での働き口を世話してくれた小林という老人だった。
この人も猟友会の古株だ。
「ご無沙汰しています。お元気そうで」
俺が声を掛けると、小林は一瞬、怪訝そうな顔を見せた。
「おお、野崎君、久し振りだな。イノシシだって?マスターがさっき言ってたよ」
小林が座っているテーブルの上には、空のビール瓶が2本載っていた。
「その子は?」
老人の眠たそうな目が、俺の隣に座っている空の方に向けられる。
「ああ、知り合いの子供をちょっと預かってます」
老人の目がちらっと俺を見た。
小林はこの土地で唯一、俺の過去を知る人物だった。
身寄りも無い訳有りの俺が、職を得たり土地や家を手に入れたり出来たのは、この男の口利きが大きかったのだが、俺はこの老人の人を値踏みする様な目付きが好きになれなかった。
「猟友会辞めたんだってなぁ。まあ、若いもんにもそれぞれの考え方ってのがあるんだろうしなぁ。わしらなんかの時代とは違ってよ。でもなぁ、野崎君よ、たまにはちょっと位顔も見せんとな、ほれ、東京の保からも、宜しく世話してくれって言われてるもんだしなぁ」
老人は口角に泡を溜め、火照った顔を更に赤らめながら俺に言った。
「ええ、ご心配お掛けして申し訳ありません。また今度ゆっくりとお邪魔させていただきますので」
小林はこの地の古い豪商の出で、その昔は市議会議員でもあったらしい。
俺のいた材木工場も小林の甥だという男が経営者だったし、地元の猟友会では名誉参事に就いていた。
俺が5年前、その材木工場を辞める時には、周りの従業員から俺の素行や言動を聞いて回っていたらしい。
俺はその頃から出来るだけこの男から距離を取っていたのだった。
老人は俺達の相手に飽きたのか、今度は食堂の賄い係りの女性に何か軽口を叩いていた。
俺は空にオレンジジュースを注文し、窓際に置かれたテレビを観るでも無くぼーっと眺めていた。
「野崎君、終わったよ」
厨房の奥から店主の高崎が声を掛けてきた。
「流石、早いですね」
俺が立ち上がると、聡子が勢いよく厨房から出てきた。
「慎、もう本当、凄かった!神ってるよ。昇さんの包丁捌き、マジ神ってるよ」
聡子の興奮した様子を見て、空が声を上げて笑っている。
「聡子ちゃん、筋が良いよ。初めてなのに全然物怖じしねぇーしな」
褒められて照れた聡子が、高崎の肩をバシバシ叩いている。
そんな俺達の様子を、まるで汚いものでも見る様な目でじっと静観している小林に俺は気が付いていた。
「ねぇ、慎、お肉いっぱい貰っちゃった。3人でバーベキューしようよ」
聡子が発泡スチロールの箱を大袈裟に掲げる。
「昇さん、すいません。ありがとうございます」
深々と頭を下げて、俺は言った。
「いやいや、こっちこそ、新鮮な猪肉を提供してもらっちゃって。今日のメニューに早速使わせてもらうよ」
高崎の屈託の無い笑顔を見ていると、俺の沈んだ気持ちも幾分か晴れる様だった。
その時、小林が杖を付いてよろよろと俺達に近付いてきた。
トイレに立ったのだろうと思ったが、聡子の前の椅子に腰を下ろすと、そのつま先からゆっくりと視線を徐々に上げ、酒臭い息を大きく吐いて口元に汚い笑みを浮かべた。
「あんた、北浦ん所の娘だべ。母親は達者かのう?」
小林に声を掛けられて、聡子の顔が一瞬で凍り付いたのを俺は見逃さなかった。
聡子の家の民宿の経営が芳しく無く、それで小林の息子の会社に金を工面して貰っている事は、そこら中でこの老人が自ら吹聴しているので町の人間で知らない者はいないのだった。
「今度、わしの所に顔を出す様に言っといてくれんか。色々と話があるんでなぁ」
聡子は黙って俯いていた。
握り締めた拳が微かに震えている。
「それじゃあ、昇さん、俺達そろそろ行きますんで。ありがとうございました。小林さんもどうかお体をお大事に。また近く寄らせて頂きますので」
俺は聡子の肘を軽く掴んで、出来る限りの愛想を浮かべて小林の頭頂部に声を掛けた。
赤ら顔でニヤニヤしている小林を、蔑む様な目で見下ろしていた聡子の横顔を俺は暫く忘れられなかった。
 
          6
 
軽トラックの窓を全開にして、聡子が大きく煙草の煙を外に吐いた。
精肉店を出てからずっと無言だった。
空も空気を察して大人しく前を見て座っている。
「あのジジイ、息子と何度も借金の取り立てに来てさぁ。うちは父さんが死んでから色々とキツかったから、母さんもあちこちからお金借りてたんだ。それをあいつらが全額無利子で借換えさせてやるって言ってきたんだって。そんなのに乗っちゃう母さんも馬鹿だったんだけどさ。結局、母さんに妾になれって事だったんだよね。あそこの馬鹿息子のさぁ。私まだ小学生だったから。何も分らなかったんだ」
俺は黙って聡子が話し続けるのを聞いていた。
誰かの打ち明け話や、相談事の様な話を聞くのはいつ以来だろうかと、窓を流れる景色を見ながら俺は考えていた。
「母さん、若かったし、ほら、私に似て美人だからさ」
聡子が無理をして笑いながら、煙草を灰皿に押し付けた。
「あの頃から、母さん笑わなくなった。私もどうしたらいいか分らなくて泣いてばっかだった。家中荒れて、母さんはお酒を沢山飲む様になって、それで・・・・私にも強く当たる様になっていった。暫くしてあいつの所に母さんが行かなくなって、今度は毎日の様に家に取り立てが来る様になったの。柄の悪い余所者使ってさぁ。あいつらは屑だよ」
淡々と語る聡子の言葉に、俺は強い怒りを感じていた。
この世には人の弱みにつけ込んで、それを更に致死的な所にまで平気な顔して追い込む様な人間がいる。
笑みを浮かべながら人の横っ面を叩き、舌を出しながらその足をすくう様な人間を俺は嫌と言う程見てきた。
こんな北の外れに流れ付いても、人間の業からは簡単に逃れられない。
俺が聡子を初めて見た時、何とも言い難い既視感を得た理由が今分かった様な気がした。
心に黒い塊を持っている、自分と似た人間の目を見たからだったのだ。
気が付くと、聡子の袖を空が掴んでいた。
真っ直ぐ前を見て、一人前に口をぎゅっと噤んでしっかり握っていた。
聡子はゆっくりと左手を空の頭に軽く乗せ、満面の笑みを向けた。
俺もそれを見て、思わず頬を緩めた。
 
          7
 
猪肉の焼ける匂いに耐えきれず、タルホが前足を跳ね上げて催促をしている。
戦利品に対する正当な分け前として、タルホも脂の乗った猪肉にありつく。
ウッドデッキの手摺りに腰を掛け、聡子は缶ビールを傾けていた。
俺も久し振りに少し酒を飲んだ。
空は初めての猪肉を夢中で頬張っている。
相変わらず口数は少ないが、よく笑う様になっていた。
「ほら、空、うんっと食べて早く大きくなってね。そしたらあたしが空に鉄砲教えてあげるからね」
聡子は平生の表情でケラケラと笑っていた。
夕方になり気温が下がってきたが、薪ストーブをデッキに設置して暖を取った。
レコードプレーヤーからはローリングストーンズの曲が流れていた。
俺は柄にも無く、ずっとこんな日が続けば良いと、身分不相応に気楽な気分を味わっていた。
何の心配も無い、安寧の日々。
それはずっと記憶の奥底に沈み込んで、浮かび上がってくる事は無くなってしまっていた。
この土地に来た時の俺は、全ての事に対して無抵抗で無関心だった。
居場所なんてどこにも無く、ただ道行の先の終わりの事ばかり考えていた。そんな俺の荒み切った心を、少しづつ溶かしてくれていたのは、タルホであり聡子の存在だったのだ。
森から風が吹いて、聡子のピンク色の髪を揺らしている。
その風で吹き飛びそうになった紙皿を、寸でのタイミングで掴まえた空が大きく口を開けて笑っている。
「あたし、ビール取ってくるけど、慎もいる?」
聡子がレースカーテンの向こうから振り返って声を掛けた。
「いや、もう大丈夫だ。空のジュースを頼む」
俺がそう答えた瞬間、聡子のスマホの着信音が甲高く鳴り出した。
俺は何故だかその音に、不吉な何かを感じた。
聡子も一瞬俺の顔を見て、何か不安を訴える様な目をした。
そのまま聡子が台所の方に消えて行ってしまうと、いつの間にかレコードも終わっていて、辺りが急に静まり返ってしまった事に、言いようの無い荒涼感があった。
空はタルホの太い前足を触って、キャッキャッと笑っている。
バーベキューコンロの上で、少し焦げ始めた猪肉を紙皿に分け、炭の具合を見ていると背後に聡子が立っているのに気が付いた。
振り向くと、聡子の顔からビールの火照りが消えていた。
俺の顔をじっと見詰めたまま動かない聡子を、俺は部屋の中に連れていく。
「どうした?何かあったのか?」
スマホを持ったまま俯いている聡子に、俺は言った。
「・・・・どうしよう」
聡子が擦れた声を絞り出す。
「どうしたんだよ?」
軽く聡子の腕を俺は掴む。
「・・・・・慎、今、電話があって・・・・警察からで・・・・それで・・空のお母さんが・・・死んじゃったんだって」
聡子の手からスマホが床に落ちた。
ウッドデッキからタルホの吠える声が聞こえる。
今にも倒れそうな聡子の体を支えながら外を見ると、陽の落ちた薄暗い庭に、また大粒の雪が降り始めていた。
 
 
~後編へ続く~

                                   
 illustration by chisa



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