見出し画像

ジョニー・デップが日本の“水俣病”を追った衝撃作など 【次に観るなら、この映画】9月25日編

 毎週土曜日にオススメ映画3本をレビュー。

①ジョニー・デップが製作・主演を務め、日本の水俣病の存在を世界に知らしめた写真家を描いた「MINAMATA ミナマタ」(9月23日から映画館で公開)

②耳の不自由な主人公が、連続殺人鬼に追い回される恐怖の夜を描いた新感覚スリラー「殺人鬼から逃げる夜」(9月24日から映画館で公開)

③美しくなりたいという、人間の果てなき欲望と狂気を描いたサイコホラー「整形水」(9月23日から映画館で公開)

 劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!

◇「水俣」を知った自分はどうするか? バトンは、事実を知った者に手渡されている(文:フリーランス 木村奈緒)

「MINAMATA ミナマタ」(9月23日から映画館で公開)

 縁あって、水俣病に関わる仕事をしていたことがある。もともと水俣と関わりがあったわけではないし、今も水俣病について何かを語れるわけではないが、それでも生活の中に水俣病がある時期が数年ほどあった。

 学校の授業ではない場所で水俣病事件に触れてまず驚いたのは、水俣病にまつわる記録物、表現物の多さである。「水俣病図書目録」(認定NPO法人水俣フォーラム、2017年刊)には、400点超もの水俣病関連書籍が掲載されている。書籍だけでなく、映画、写真、絵画といった形で患者たちの言葉や姿が記録され、その数は今も増え続けている。

画像1

 このほど公開される「MINAMATA ミナマタ」もまた、それらに連なる一作だ。ジョニー・デップが世界的なフォトジャーナリスト、ユージン・スミスを演じることで、あらためて水俣病に光が当てられた。水俣病の公式確認から65年を経た今、世代や国を越えて映画に関心が寄せられるよう、本作は脚色が施されている。だから、水俣病についての知識がなくても十分、映画に没頭することができる。一方で、合間に挟まれる記録映像や写真、患者たちの言葉は、水俣病事件が確かに起きた事実であることを絶えず観客に突きつける。

画像2

 真田広之や加瀬亮、岩瀬晶子らが演ずるのは、水俣病事件がなければ、世に存在を知られることもなかっただろう無名の人々だ。著名な俳優としての顔が後景に退き、一人の人間が立ち現れるとき、そこにあるのは、事実を知った者としてそれを伝えなければならないという役者としての信念である。

 もし、ユージンとパートナーのアイリーン・美緒子・スミスがあのとき水俣を撮らなければ、本作の原案となった写真集は生まれなかったし、本作も生まれ得なかった。國村隼演ずる原因企業の社長が、自らに都合の悪い事実をなかったことにしようとする言い分は、今も至るところで聞かれる人間の偽らざる本音である。

画像3

 石牟礼道子、土本典昭、塩田武史、ユージンとアイリーン……主婦として、映画監督として、写真家として、水俣の事実を知り、見て見ぬふりをしなかった人たちがいたから、今、私たちは病苦の中で声をあげた患者と家族の存在を知ることができる。「MINAMATA ミナマタ」も、彼らを見て見ぬふりしなかったからこそ生まれ得た一作だ。

 本作を見て、涙を流してカタルシスを得ることが重要なのではない。今も世界中で続く「水俣」を知った自分はどうするのか。バトンは、事実を知った者に手渡されている。

画像10


◇孤立したヒロインの全力疾走アクションがスリラーの定石を覆す快作(文:映画ライター 高橋諭治)

「殺人鬼から逃げる夜」(9月24日から映画館で公開)

 2000年代半ば頃から韓国映画の人気ジャンルとなったスリラーは、質量共にめざましい充実ぶりが世界的に認知されている。かつての韓国スリラーは、バイオレンス描写の容赦なさ、登場人物の怨念の凄まじさが特徴として挙げられてきたが、もはやそれだけでは語れない。1981年生まれの新人監督クォン・オスンが完成させた「殺人鬼から逃げる夜」は、題名そのまんまの内容を映像化した一夜のチェイス・スリラーだが、このうえなくシンプルなプロットの中にいくつもの創意工夫と独自の視点が詰め込まれている。

 主人公はコールセンターで働く聴覚障害者の若い女性ギョンミ。会社からの帰宅中、暗い路地で大怪我を負った少女に遭遇した彼女が、それをきっかけに悪魔のような快楽殺人鬼ドシクの新たな標的にされ、逃げて逃げまくるという物語だ。

画像4

 近年のホラー&スリラー界では「ドント・ブリーズ」「クワイエット・プレイス」を代表例として、“静寂の恐怖”を打ち出した作品が目につく。本作もまた、耳が聞こえないギョンミの主観的な感覚を観る者に疑似体験させる。とりわけ物音を探知するセンサーの使い方がいい。

 身近に脅威が迫っていることをギョンミに知らせる光の点滅が、不吉な予兆のサスペンスを生み出す。すると映画は静から動へと転じ、斧を振りかざすドシクがフレーム内に飛び込んできて、危機一髪の脱出、そして怒濤の逃走シーンへとなだれ込む。

画像5

 そもそもギョンミと同じ障害を持つ母親は、再開発で住民の大半が立ち退いたゴーストタウンのような地域で暮らしている。そんな誰にも助けを求められない状況で殺人鬼につけ狙われるはめになったギョンミは、いったいどこへ逃げればいいのか。

 やがて訪れるクライマックスで、ギョンミがたどり着くのは意外な場所だ。そこは廃墟でも地下室でもビルの屋上でもない。この手のスリラーの定石をひっくり返したクォン監督の斬新なアイデアにあっと驚かされ、観ているこちらは完全に予測不能の思考停止状態に陥れられる。

画像6

 そのクライマックスの舞台設定も含め、本作にはささやかな社会批評が盛り込まれている。障害者へのハラスメント、他者に対する大衆の無理解と無関心。そんな殺伐とした現実の中で最初から孤立していたギョンミは、それでも絶望のどん底で逃げ続ける。何が何でも逃げてやる。私は絶対に生きてみせる。その必死さこそは、まさしくこの映画の命だ。

 小動物のように可愛らしい主演女優チン・ギジュの全力疾走アクションに感嘆しているうちに、実はこの陰惨なシリアルキラー映画には直接的な猟奇描写が一切ないことに思い至る。殺人鬼も観客も欺く幕切れのトリックも鮮やか。やはり韓国スリラーは侮れない。

画像11


◇人間の欲望をえぐり出す美肉ホラー、3DCGアニメならではの秀逸な表現(文:映画.com「アニメハック」編集部 五所光太郎)

「整形水」(9月23日から映画館で公開)

 体にひたすだけで容姿を思いどおりに変えることができる「奇跡の整形水」。怪しげな女性がその使用方法をレクチャーする動画からはじまる導入から引き込まれ、ホラー映画のツボを押さえつつ先の読めないドライブ感もある展開で最後までダレることなく楽しめる。

 85分というコンパクトな尺も素晴らしく、ホラー・サスペンス映画ファン、変わり種のアニメが好きな方に広くお勧めしたい。

画像9

 芸能の世界で裏方として働く主人公イェジは、自身のルックスにコンプレックスをもっており、メイクを担当する美人タレントから痛烈な言葉をあびせられて怒りに震える。さらに軽い気持ちで引きうけた通販番組への出演でネットのさらし者になってしまい、絶望のどん底に突き落とされる。

 字幕版では、豚女、ブサイク、ブスといった直截な言葉がとびかい、登場人物は主人公をふくめ清々しいほど俗物ばかり。自らの欲望に忠実に行動するさまは滑稽かつ恐ろしく、韓国映画はアニメでもここまで容赦なく描くのかというフレッシュな驚きがあった。

画像9

 整形水を使って美しく生まれ変わる選択をしたイェジは、これまで自分を見下していた男性たちを手玉にとり、利用しつくすことでこれまでの人生に復讐しようとする――ここまではお約束の展開といえるが、そこから物語は心地よく予想外の方向に流れていく。

 これは永井豪の某名作漫画へのオマージュではないかと快哉の声をあげた終盤の展開は、最近だと「ミッドサマー」で得られた高揚感に近いものがあった。ホラー映画ファンにはご褒美のような最高の“デザート”が最後に待ちうけている。

画像9

 整形というモチーフと3DCGアニメの相性のよさと、それを実現するためのアイデアにも見るべきものが多くあった。整形水の使用前はリアルなCGモデル、使用後はデフォルメの効いたアニメ的なモデルを用いることでその変貌ぶりが鮮やかに描かれ、CGの違和感を逆手にとった整形失敗の姿はアニメならではの秀逸な表現だと唸らされた。

画像12


バックナンバーと、おすすめ記事はこちら


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?