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これは、“あなた”のラブストーリー 心に響く良作を紹介【次に見るなら、この映画】1月30日編

 毎週土曜日にオススメ映画をレビュー。

 今週は、映画館や自宅で鑑賞できる新作から、見れば絶対に心に響くエモーショナルな恋愛映画、世界中で絶賛を浴びるディズニー/ピクサー作品、世界の不条理を映すヒューマンドラマの3本を幅広く選んでみました。

①菅田将暉と有村架純が共演し、「最高の離婚」などの坂元裕二がオリジナル脚本を手掛けた花束みたいな恋をした」(公開中)

②人間が生まれる前の「ソウル(魂)」たちの世界を舞台に描いたディズニー&ピクサー作品ソウルフル・ワールド」(Disney+で配信中)

③“現代のチャップリン”こと名匠エリア・スレイマンが10年ぶりに長編映画のメガホンをとり、2019年・第72回カンヌ国際映画祭で特別賞と国際映画批評家連盟賞を受賞した天国にちがいない」(公開中)

 劇場へ足を運ぶ際は、体調管理・感染予防を万全にしたうえでご鑑賞ください!


花束みたいな恋をした」(公開中)

坂元裕二が奏でる、この街で暮らす「わたし」や「あなた」と地続きのラブストーリー(文:映画.com副編集長 大塚史貴

 1980年代後半以降、エポックメイキングなテレビドラマを数多く手がけてきた名脚本家・坂元裕二が、舞台を映画に移し、純正ラブストーリーをオリジナルで書き下ろした。「花束みたいな恋をした」は、鑑賞後に五感すべてに負荷のかかる意欲作といえる。

 坂元の名を一躍知らしめたのは、91年に社会現象となった「東京ラブストーリー」だが、これはもう別の時代の作品である。今作は2015~20年、山根麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)という、どこにでもいる現代の大学生の21歳から26歳までを描いている。

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 東京・井の頭線の明大前駅で終電を逃した麦と絹が偶然出会い、恋に落ち、子どもでも大人でもない5年間を迷いながら歩んでいくふたりの姿は、どこまでもリアルだ。そのリアリティを助長するのが、坂元作品の特徴ともいえる固有名詞の数々、そして菅田と有村の真似ができないバランス感覚といえるのではないだろうか。

 それにしても、今まで以上に固有名詞に溢れている。ふたりの距離を一気に縮める重要な役割を果たした押井守にいたっては本人役で出演しているし、その後も天竺鼠、ミイラ展、ジャックパーセル、今村夏子、ゴールデンカムイ、宝石の国など、書き出したらきりがない。

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 今作の脚本を読んでから本編を改めて鑑賞してみて感じるのは、坂元の脚本は役者が声に出してセリフとして発した瞬間、観る者に一番届くのだと実感させられる。固有名詞の波状攻撃を浴び、気持ち良くのみ込まれ身を任せていると、不意に忘却の彼方へ追いやっていた何十年も前の記憶がよみがえり、心が震えている…という体験をすることになる。

 そればかりではない。坂元の著書「往復書簡 初恋と不倫」にある“村上龍”ネタは今作にも登場するし、坂元が個人的に大好きなんだろうと容易に想像がつくファミレス(今回はジョナサン)は、今作でも重要な場所として登場する。

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 ロケーションのひとつひとつをとっても、何ひとつ“違和感”が紛れ込んでいないため、観る者にとっていつしか麦と絹は「わたし」であり「あなた」の物語となっていく。

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 そして巧妙に、どこまでも巧妙に、伏線が張り巡らされている。「トイレットペーパー」と「じゃんけんのルール」。このふたつの持つ意味合いが終盤、全く変わってくるのには驚きを禁じ得ない。

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ソウルフル・ワールド」(Disney+で配信中)

予想の一歩先を見せてくれる、ピクサー作品のストーリーの妙(文:映画.com「アニメハック」 五所光太郎

 ピクサー作品は、見ていて「こういうオチになるだろうな」と予想する一歩先を見せてくれることが多い。ファミリー映画のジャンルのなかで人生の深みを感じさせる描写をさらっと描き、手垢のついた教訓や結末とは異なるフレッシュなエンディングで見る人をうならせる。

 多くの頭脳によって考えぬかれたストーリーの妙に、どうやってこの話を思いついたのだろうと驚かせてくれる。

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 11才の少女の感情をキャラクター化した「インサイド・ヘッド」で、ネガティブにとらえられがちなある感情をポジティブに描いた(これにも驚かされた)ピート・ドクター監督が選んだ舞台は、人間が生まれる前の「ソウル(魂)」の世界。中年男性のジョーと、人間の世界に興味がもてない22番と呼ばれるソウルが、バディとなって現実世界とソウルの世界を行き来する。

 ジャズミュージシャンになる夢を叶える寸前にソウルの世界に迷い込み、なんとしても現実世界に帰りたいジョーと、夢中になれる「人生のきらめき」を見つけられず現実世界に出たくない22番。音楽に夢中で生きてきたジョーに感化された22番は人間的成長をとげ、ジョーは現実世界で念願のミュージシャンへの道を歩みはじめる――予告編や本編の途中まで見て思い描くストーリーの一歩先を本作では見せてくれる。

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 この映画を見た人は、ジョーが夢見たライブでの演奏シーンよりエモーショナルに描かれる、ある日常の場面にハッとさせられたはずだ。何かに夢中になることが必ずしも人生の目的ではないことを圧倒的な映像力で見せ、人生のメンター(指導者)であるジョーは、単なる生活の一部だと思っていた日々の日常にこそ「人生のきらめき」が宿っていることを、人生の後輩である22番から教えられる。

 明石家さんまの名言「生きてるだけで丸儲け」を思わせる人生賛歌にたどりつく物語と、この物語が観客に届くと信じたピクサーの心意気に、私も少し人生が変えられた気がした。


天国にちがいない」(公開中)

パレスチナの巨匠がユーモアのなかに込めた、世界の不条理を表す皮肉なメタファー(文:フリージャーナリスト 佐藤久理子

 前作「時の彼方へ」から10年ぶりの長編となった本作は、パレスチナの鬼才として知られるエリア・スレイマン監督の健在ぶりを示して余りあるものだ。これほどシンプルで、日々の些細なものごとを写しているだけのようなスケッチでありながら、そのじつ隠喩に飛んだ、味わい深い作品も珍しい。

 スレイマンの「本作は世界をパレスチナの縮図として提示しようとした」という言葉を思い起こすなら、ここに出てくるすべての小話は、パレスチナの現在の状況のメタファーと考えられる。

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 主人公は彼自身が演じる、映画監督ES(エリア・スレイマン)。ナザレの自宅で穏やかにお茶を飲んでいると、物音が聞こえ、外を見ると庭で勝手にレモンをもぎ取っている男がいる。男は「隣人よ、泥棒と思うな。ドアはノックした。誰も出てこなかったのだ」と言う。勝手に人の領地に入り我が物顔に振る舞うこの男は、果たして隣国を体現しているのか。

 やがてESは、次回作の企画を携え、プロデューサーを探しにパリ、ニューヨークと旅をする。パリでは「パレスチナ色が弱い」と断られ、ニューヨークでは、ガエル・ガルシア・ベルナル(本人役)の紹介にも拘らず、中東の和平をテーマにしたコメディという説明に「すでに笑っちゃう」と、素っ気なくスルーされる。

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 パレスチナの状況を誰もが知りつつも、実際手を差し伸べることはない。そんな世界の不条理を目の前に、どこかチャップリンを彷彿させる佇まいで寡黙に立ち尽くすスレイマンが、可笑しくもせつない。

 ニューヨークでは誰もが大仰なライフルを携帯していたり、公園に天使が出現して警官に追いかけられたりと、この監督らしい突飛なアイディアが紛れ込んでいるのは、主人公がどこに居ても、故郷を彷彿させるような不穏な出来事と無縁ではいられないことを示唆しているのだろう。

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 因みに、パリの地下鉄でむやみに彼を威嚇するパンクな男に扮しているのは、「ネネットとボニ」や「七夜待」で知られるグレゴワール・コラン。その存在もまた、得体の知れない脅威を印象づける。

 故国があるようで、それはもはや同じ故国ではない、そんな運命を背負った流浪の民、スレイマンの心の声に耳を傾けたい。

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