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『十角館の殺人』実写化でもう止まらない! 推理小説の映像化に湧き立つ(個人的な)期待と不安(2)

 つづきです。
 前回はこちら。
『十角館の殺人』実写化でもう止まらない! 推理小説の映像化に湧き立つ(個人的な)期待と不安|涼原永美 (note.com)


 綾辻行人の傑作ミステリー「十角館の殺人」の実写ドラマが3月に配信されるというニュースを聞いて以来、推理小説の映像化についてザワついてどうしようもない思いを、あれこれ綴ります。

 今回は、「三谷幸喜による名探偵ポワロのドラマ化・・・が原作ファンにとって奇跡な理由」です(作家名や俳優名は敬称略にさせていただきます)。

 
 ――あれは2014年の暮れだっただろうか。
 三谷幸喜が脚本を手掛け、アガサ・クリスティーの「オリエント急行殺人事件」をテレビドラマ化したものが2015年1月にフジテレビで放送されるという記事を読んだ時、私は一瞬「ウソでしょ・・・」とおどろき、その後、飛び上がって喜んだ。

 ――これは、ものすごいことになったぞ!

 リアルな友人・知り合いでこの「ものすごさ」について語れる相手がいなかったのは少し寂しかったが、子育てに埋没しそうな日々のなか、久しぶりにミステリ―マニアとして血湧き肉躍る感覚を得たのだった。

 まちがいなく名作に仕上がっているだろうと思った。
 理由はたくさんある。



(1)「古畑任三郎」を創出した情熱と才能とブレない路線


 まず、三谷幸喜が生粋のミステリー好きだということだ。

 これは、伝説のテレビドラマ「古畑任三郎」(1994年~2006年放送/フジテレビ系)を観ればわかる。あらかじめ犯人がわかっている「倒叙もの」というミステリーの形式が日本人にほぼ馴染みのなかった時代、アメリカの人気ドラマ刑事・コロンボの魅力を取り入れた「和製コロンボ」を創り上げた
 コロンボを知らなくても、ある年代の日本人ならほぼ誰もが知っているのが古畑任三郎だ。その後「HR」(2002年~2003年放送/フジテレビ系)という香取慎吾主演のシットコムを三谷幸喜が手掛けたことからも(大好きだった)、「海外のおもしろい作品を伝えたい」という情熱や作り手としてのブレない路線が伝わってくる。

 それから三谷幸喜は映画監督としても活躍し、大河ドラマも手掛ける日本屈指の脚本家となった。ーーその人が、まさに満を持してクリスティの名作を「日本を舞台にして」世に送り出すというのだ。何年もあたためていたに違いないし、中途半端なものにするはずはない。


(2)過去の傑作!1974年イギリス映画「オリエント急行殺人事件」

 
 そして、題材はかの名作「オリエント急行殺人事件」だ。この映像化には過去の名作がある。1974年にイギリスで作られた映画版(監督/シドニー・ルメット)だが、これが原作小説の完全映像化ともいえる非の打ちどころのない傑作で、同年のアカデミー賞6部門でノミネートされ、乗客のひとりを演じたイングッド・バーグマンが助演女優賞を受賞した(余談だが、監督のシドニー・ルメットの初監督作はあの『十二人の怒れる男』だという。天才だな・・・というか、三谷幸喜はそのオマージュである『十二人の優しい日本人』も書いているじゃないか)。
 
 この作品を三谷幸喜が観ていないはずはなく、過去の傑作を承知のうえで、「自分ならこうする」と脚本を執筆したに違いないのである。

 ――とここまでは、ミステリーファンなら基本情報としてすぐ頭に浮かぶ。浮かぶのだが、さらにサプライズとしてそのドラマには「第2夜」があるという。「いかにしてこの犯罪が計画されたか」を描いた前日談というのだから、「ちょっと待ってくれ・・・心の準備が・・・」と涙が出そうになった。

 三谷さん、そこまでやるんだ・・・本当にすごいな!

 オリエント急行で起こった前代未聞の殺人事件。「どんな経緯をたどればこんな特異な犯罪が生まれるのか、ぜひ自分の手で裏側を書いてみたい」と思ったのではないか・・・いや何年も思っていたのではないか。
 
 おそらく後にも先にも世界で例を見ない試みだろう。想像だが、イギリスの関係者も「すごいな、日本の脚本家!」と驚いたのではないだろうか。

 それをドラマとして実現できるほどの、脚本家としての実力と実績を手に入れているのがまず凄いが、ベースとなっているのは紛れもない「原作愛」だと思う。「子どもの頃から刑事コロンボが大好きだった」というインタビューは目にしたことがあるけれど、きっとクリスティの小説も同様だったことだろう。

 好き、というのは熱量だ。原動力だ。
 とんでもない熱量はそれまで世の中になかったものを生み出すことがある。絶対に自分ならこうする、という「好きでたまらなさ」を、私は「三谷幸喜×クリスティ」というドラマ企画から感じ取ることができた(勝手にすみません。でも大好きなんです三谷さん)。
 

 ――そんなわけで私は、子どものようにドキドキワクワクしながら、2015年1月の、その日の夜をテレビの前で迎えたのだった。ちゃんと録画予約されているかを何度も確認しながら。子どもの寝かしつけも忘れて。



(3)まさに期待通り! いやそれ以上の溢れ出る「原作愛」

  
 第一夜を見終わった率直な感想は、「期待以上!」だった。

 とにかく、見どころが多すぎる。

 三谷幸喜ワールドではおなじみの、たたずまいだけで笑えてしまう「クセの強いキャラ」が勢ぞろいなのだが、決して小説で描かれた容疑者達と「別の人」にはなっておらず、身なりのイメージや職業など人物設定はほぼそのままにしている(確かに事件の背景を考えると人物設定は変えられない)。

 そして事件の経緯や謎解きのポイントなど、原作小説のファンとして絶対に変えてほしくない「事件そのものの性質」と「探偵が真相解明にいたった謎解きの思考・経緯」にも手を付けていない。うん、さすがだ。たまに事件の本質に手を加えてしまっている映像化作品があるので、これも良かった。

 ――とここまでなら「期待通り」なのだが、度肝を抜かれたのが、野村萬斎演じる探偵・勝呂武尊(すぐろたける)の存在感だった。



(4)イギリスのドラマ版ファンをも喜ばせる名探偵・勝呂武尊


 さて、名探偵ポワロはいったいどう表現されるのだろう・・・と注目していたが、いやこうきたか! と感動を通り越して爆笑してしまった。すごい、野村萬斎もうこの人しかできない。三谷幸喜から「思いっ切りやってください」とリクエストされたのだろう・・・と勝手に想像してしまう。

 放送終了後、勝呂武尊の独特の話し方について、ネット上では「どうしてこんなしゃべり方?」「喪黒福造?」という声があがったらしいが、まずこれは声優・熊倉一雄へのオマージュだろうとすぐに膝を打つ。いや、そっくりでしょう、あれしかないでしょう、とニヤニヤしてしまった(名前からして多少は喪黒も入っていた可能性もあるが・・・)。

 熊倉一雄は、NHKが放送していた「名探偵ポワロ」シリーズで、長らくポワロの声を担当していた人物だ。このシリーズは、本国イギリスで1989年から2013年まで制作されていたもので、「名探偵ポワロの小説をほぼすべて映像化する」という一大ロングランプロジェクトだった。そのすべての主演を名優デビッド・スーシェが務めていて、「世界最高のポワロ」と高く評価されているし、昔からクリスティやポワロが好きな日本のファンとしてはだから、「ポワロの声は熊倉一雄」なのである。


 日本版ポワロを生み出すにあたり、三谷幸喜はこのシリーズの存在も意識したことだろう。全部観ているはずだ。
 「もし自分がいちファンとして日本版ポワロをテレビで観た時に、デビッド・スーシェのポワロとあまりにかけ離れた人物像だったら、ガッカリするな」・・・と考えたかどうかはわからないが、とにかく勝呂武尊には、デビッド・スーシェ演じる名探偵ポワロのファンをも喜ばせるキャラクター造形が施されていた

 ――と、ここまでを考えても、「名探偵ポワロファンを喜ばせる」「クリスティやポワロを知らなかった人にも名作ミステリーを楽しんでほしい」という心意気が伝わってきて素晴らしいのだが。

 さらに「そこまでやるんだ・・・誰も気づかないかもしれないけど、好きならそうなりますよね!」というくらいの原作愛に溢れていたのである。
 


(5)原作本が手元にあるとより楽しい!登場人物の名前のヒミツ


 それは登場人物の名前だ。ほぼすべて、原作に登場する元の名前をもじって日本名に変換されている。たとえば被害者の秘書「マックイーン」は「幕内」「アーバスノット大佐」は「能登大佐」「ハバード夫人」は「羽鳥夫人」「グレタ・オールソン」は「呉田その子」・・・という感じだ。
 「ヒルデガルド」は「昼出川」さんだったり、わりとそのままだね! という変換もあれば、「メアリ・デブナム」が「馬場舞子」という、「あれ?」というものもあり、ジワジワ楽しい。


 いちばん笑ったのは、事件の背景にある過去の事件の被害者一家となった「アームストロング家」が、「剛力家」に変換されていたことだ。剛力! なんかすごい。誰が思いついたのだろう(三谷さんか)。

 冒頭からこれに気付いた私は、原作の小説を片手に、見比べながらドラマを鑑賞した。これは原作ファンしか味わえないおもしろさで、「本を持ってて良かった!」とにんまりしてしまった。



(6)原作愛の持ち主が手掛けた作品に感謝、そしてまさかの・・・


 さて、名探偵・勝呂武尊による、容疑者全員を集めた謎解きも大満足の大団円。こういう場面は特に、原作を絶対にいじってはいけない。あ~おもしろかった! という感想はもちろんのこと、湧き上がったのは感謝の気持ちだった。

 こんなに、こんなに、原作愛の溢れるドラマを作ってくれて、ありがとうございました

 脚本を書き上げた三谷幸喜はもちろんのこと、この企画が実現できたこと、それに関わったすべての人にお礼を言いたい、そんな気持ちだった。

 やっぱり、原作愛のある人が手掛けた映像化作品は、違う。

 

 原作愛のある人が脚本や監督を担当したら、まず自分自身が原作の世界が壊れることを嫌うだろう。だから丁寧につくるし、自分ならあのシーンを観てみたい、というシーンを確実に映像化する。骨の折れる仕事だが、もしかしたら楽しさが上回るのではないだろうか。

 そんな風にしみじみと感じ、私の2015年1月のとある夜は終わったのだった(第2夜に関してはまたいつか書きます。テレビを見逃した人も、DVD化されているのでぜひ観てみてください)。

 ・・・そしてこの時点では、3年後に第2弾が放送されることを、私は知らない



(7)第2弾「黒井戸殺し」・・・それってアレですよね?(涙)


 ――3年後の2018年4月、私が「三谷幸喜×クリスティ」ドラマ第2弾のタイトルを「黒井戸殺し」と知った時、「オリエント急行殺人事件」のそれを知った時以上の驚きの声を発することになる。

 それは「わ~第2弾やるんだ」なんていう能天気なものではない。

 ――え?
 ――え??
 ――え???

 「黒井戸殺し」

 って「アクロイド殺し」??? 
 (って、また奇跡的な名前の変換・・・)
 
 
 いや、ドラマ化すんの? どうやって?

 あの、イギリスのドラマ版でも原作をうまく消化できずに、シリーズ中、唯一と言っていいほどおかしな出来(すみません)になってしまったあの叙述トリックの傑作を、本当にドラマ化するの?

 うわぁ、頭がおかしくなりそう! 金田一耕助ばりに頭を掻きむしりたくなった。

 ・・・少し冷静さを取り戻した時に、思った。
 三谷さん、どうしてもこの作品もやりたかったんだろうな。「オリエント急行殺人事件」の次に「アクロイド殺し」って、クリスティのファン過ぎるでしょう。

 にしても、犯人は? 誰が演じるの? あ、あの人か・・・なるほど納得の配役。

 うわぁ、やっぱり頭がおかしくなりそう!(もう一回)

 ――という感じで、その日を迎えるまで、本当に頭がおかしくなりそうだったのだ(ちなみに「黒井戸殺し」もDVD化されているので、ぜひ)。

  この話、つづきます。

 つづきはこちら
■『十角館の殺人』実写化でもう止まらない! 推理小説の映像化に湧き立つ(個人的な)期待と不安(3)|涼原永美 (note.com)

  

 


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