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【映画】人はいつから何者かになるのだろう…『フラッシュダンス』の「やり直します」に何度も胸が熱くなる理由


夢を捨てない、最後は自分
【フラッシュダンス】
(1983年/アメリカ/監督エイドリアン・ライン)

■ジャンル/ダンス、青春、恋愛
■誰でも楽しめる度/★★★★☆(ダンスにまったく興味のない人以外なら)
■後味の良さ/★★★★★(爽快)

(個人の感想です)



※以下、映画の内容にふれます

**************




(1)『What a feeling』といえば『フラッシュダンス』、『フラッシュダンス』といえば『What a feeling』なんだもの

 
 この映画の主題歌『What a feeling』を聴いて「あぁ『スチュワーデス物語』の曲だね」と言う人は、だいたい40歳以上の日本人だと思う(※)。もちろんそれ自体なにも悪くないし、私も観ていた。風間杜夫の演技がいまも好きだ。
(※『スチュワーデス物語』は1983~1984年に放送されたテレビドラマで、『What a feeling』の日本語カバーを麻倉未稀が歌っていた)

 けれど真っ先に「あぁ映画『フラッシュダンス』だね」とか、「アイリーン・キャラだね」と言ってくれる人がいたら、それだけでもう胸がいっぱいになる。「そうなの!」と握手を求めて、許可がおりればハグしたい。

 アイリーン・キャラという凄いシンガーが歌うこの主題歌は、聴けば誰もがステップを踏みたくなるような名曲(踊れないけど)。耳に残るキャッチ―なメロディライン、技術とパッションが両立してる歌声、この映画はこの曲なくしては語れない


 ちなみにアイリーン・キャラはこの曲だけの一発屋のように語られることもあるけれど、1980年に公開されたミュージカル映画『フェーム』にメインキャラの1人として出演している女優でもあり、同作でも傑出した歌声を披露している(『フェーム』についてはまた別の機会に書きます)。

自転車で早朝の橋を渡る冒頭のシーンも印象的(イメージ)



(2)ざっくりあらすじ・・・独学のダンスを踊り、プロを目指す18歳アレックスの物語


 話を『フラッシュダンス』にもどすと、主人公のアレックスはプロのダンサーを目指す18歳。アメリカのピッツバーグで、昼は溶接工、夜はナイトクラブでダンサーとして働いている。

 家族や身寄りと呼べる人も近くにいないようだし、倉庫を(たぶん自分で)改装した独特な家でひとり暮らしをしていて、日々ダンスの練習に励んでいる。

 18歳って・・・現代では日本でも成人ではあるけれど、社会全体から見たらまだ半分子どもみたいなもの。その頑張りの影で、すごく孤独なんじゃないかと思ってしまう。


 私がこの映画を初めて観たのは高校生のとき。12歳で『スタンド・バイ・ミー』を観てから始まった私の映画人生は、その流れで「青春もの」を漁るようになり、「青春・ダンス・ミュージカル系」へと進み、必然として『フラッシュダンス』に出会った。ラストのオーディションシーンに深く感動して、それ以来、何十回も観ている


日中は溶接工として働く主人公…舞台ピッツバーグは当時鉄鋼業の街(イメージ)



(3)みどころ・・・アレックスの存在感、ダンスシーンの格好よさ、そして孤独と不安

 
 
 95分ほどの映画で、無駄なシーンもないから全部見どころといえばそうなのだけど、主人公アレックスを演じるジェニファー・ビールズのみずみずしさと存在感が宝石みたい。きれいな瞳、どんな表情も魅力的だし、抜群のスタイルに目を奪われっぱなしだ。

 全編にわたって軽快な音楽と多彩なダンスシーンが繰り広げられる、ミュージックビデオのような映画にも思えるけれど、その実、ストーリーはポジティブなだけじゃない

 アレックスはプロからダンスを習ったことがない。ダンスは自己流で、なんのバックボーンもないことが、彼女のコンプレックスとして描かれている。


 恋人ニックの前で気まぐれに披露したステップを、「もういちど踊って」とリクエストされても、「できないわ  その場限り わたしはアマチュアよ」・・・と自嘲気味に笑う。私はまだ何者でもないーーアレックスの葛藤が垣間見える、印象的なシーンだ。



夜はクラブのダンサー…この経験が「人に魅せる」センスを養ったのかも(イメージ)



(4)胸に刺さる主人公の葛藤・・・「何者か」になるにはどうしたらいいんだろう


 主人公の心に影を落とすこの気持ちは、高校時代の私にもなんとなくわかったし、40代のいまはもっとわかる。さらには、資格のない職業を生業としている人なら、少なからず理解できる・・・のかもしれない。


 「何者か」には、どうしたらなれるんだろう

 いや、スクールで学んでなにかの試験に合格したとしても、それで「プロ」や「立派な職業人」に、すぐなれるわけではない。
 それに、たとえプロとして収入を得たり、大勢の人に「すごいね」と称賛されたとしても、それで終わりなわけじゃない。
 
 自分に置き換えて考えてみても、いつからプロだったかと問われると、わからない。フリーランスのライターだったとき、必要に迫られて名刺を刷り、そのときから一応「プロ」にはなったけれど、失敗も多くて、会心の仕事なんて10回に1回くらいしかなかった。思えばずっと、闘っていた。


 ――話を戻すと、この映画で闘っているのはアレックスだけじゃない。親友ジェニーはプロのフィギュアスケーター、友人リッチーはコメディアンを目指しているけれど、うまくいかない。それぞれの夢のカタチや挫折が描かれていて、ほろ苦いのだ(ショービジネスの世界だから当たり前なんだろうね)。


 そして映画の後半。アレックスが勇気を出してダンサー養成所のオーディションに応募し、書類審査に通ることで物語は一気に展開していく、のだけど・・・。



バレエに憧れる…けど周囲の経験者に気後れしてしまう(イメージ)



(5)ひとりで頑張ってきたプライドと夢と恐怖のせめぎ合い・・・チャンスをつかめ、アレックス

 
 
 オーディションの書類審査を通過し、実技試験にのぞめることに大喜びするアレックス。でも、それがじつは恋人ニックの人脈を生かした「コネ」によるものだったと判明し、大ゲンカの挙句「オーディションなんかどうでもいい」と啖呵を切ってしまう。――わからないではない。これまで自分の力だけで生きてきたんだから。

 でも、それを聞いたニックの毅然とした態度がいい。
「君は怖がっている ぼくを口実にオーディションから逃げてる」と言い、さらに続ける。
 

「夢を捨てるのは 死ぬことと同じだ」
When you give up your dream, you'll die.

映画『フラッシュダンス』より/字幕翻訳・戸田奈津子




 シンプルだけど、胸に染みるセリフ。
 コネがいいかどうかの議論は別として、人に頼ることは、自分への負けではない。それに、どうせ実技がダメならオーディションには受からない。踊ってみせるしかない。


 それにニックはクラブのステージで踊るアレックスを知っているからこそ、実際に観れば彼女のダンスがどれほど人を惹きつけるか、わかっていたのだろう。


(6)追い込まれた先に残ったのは、ただ情熱のみ


 というわけで、ニックとケンカ別れしたまま、オーディションの日が近づくものの、決断ができずにいるアレックス。

 そんななか、さらにショックな出来事が起こる。
 大切な友人であり、ダンスの師匠として慕っていた老婦人ハンナが、突然亡くなってしまうのだ。心の支えを失い、心にぽっかり穴が開くアレックス・・・。


 ――さあ、どうする?

 残ったものは、自分の心と体だけ。
 

 
 これは優れたダンス映画であると同時に、「夢」と「勇気」の葛藤をシビアに描いた青春映画でもある。
 数あるダンス・ミュージカル映画のなかでも私が特に『フラッシュダンス』に惹かれるのは、アレックスの孤独と不安に共感できるからかもしれない。

 オーディションに落ちれば本当に何もない人間になってしまう。恐怖だ。
 けれどダンスで自分を表現できなければ、生きてる意味なんてない


 そしてラスト。アレックスは勇気を出してオーディション会場へ。審査員が待つ「闘いの場」に入っていくシーンは、足元からスタジオ全体へ繋がるカメラワークが緊張感をそそり、何度観てもドキドキしてしまう。


 ずらりと並んだ審査員は、誰も彼女に興味をもっていない。
 

 そしてアレックスは用意してきたレコードをかけ、映画の主題歌でもある『What a feeling』が流れ始める・・・。

 ――ところが、心と体がちぐはぐなまま踊り出した彼女は、よろけて、ふらりと転んでしまうのだ。何秒か、しゃがんだまま動けない。


 どうしよう! 初めて観たとき私は、目を覆いたくなった。


 ところが意外にもアレックスは、何かがほどけたようにすっと立ちあがり、冷静な顔でこう言う。


 「やり直します」


 ・・・やり直します!?

 これにはシビれた。


最初はレコードをかける手すら震えてしまう(イメージ)



(7)ダンス映画史に残る名シーン・・・120%の「自分」を表現するパフォーマンス


 
 もしも監督にインタビューできるなら、このシーンをどんな思いで入れたのか尋ねてみたい。これがなくとも映画としては成立する。でも・・・もしアレックスが最初から晴れ晴れとオーディションに挑んでいたら、1回目で素晴らしいダンスを披露できていたら・・・私はきっといま、この文章を書いていないだろう。

 そしてレコードをかけ直す。

 1度失敗し、完璧な成功はなくなった。けれど吹っ切れた様子で、2回目の『What a feeling 』で見せるアレックスのダンスは、映画史に残る名シーンだ。



 静かに始まったかと思うと、次第に「これが自分」と言わんばかりにスタジオ中を自分のステージにし、当時まだ珍しかったブレイクダンスまで入れて、審査員の度肝を抜く。

 おそらく養成所で求められている資質とは違う、いやむしろそれを超えてしまっている、独創的な振り付けと力強さ。自分にしかできないダンスを彼女は選んだ。


 私は思った。

 何かを人にアピールするとき、相手のバックボーンや諸事情に「合わせる」安全な道をえらぶか、少しくらい逸脱しても「これが自分」という120%のパフォーマンスをみせるか。

 成功した場合はどちらでもホッとする。でも、失敗した場合にそれでも悔いが残らないのは・・・そして、評価されたときに心底喜べるのはどちらだろうか。


 私はこの映画を10代のときに観られてよかったと思う。
 そしていま観ても、青春時代に夢を追いかけるのはかけがえのない体験だと思う。人生は儚いものだから。


 ――さて、人はどうしたら「何者か」になれるのだろう。


 相変わらず答えはわからないけど、たぶん一歩踏み出す時は「自信があるからやってみる」んじゃなく、「失敗するかもしれないけどやってみる」ということかなと思う。自分を表現できるのはこの世でたったひとり、自分しかいない。

 『フラッシュダンス』は教えてくれる。もし出足で転んでしまっても、すっと立ち上がり、勇気をだして、こう言えばいいんだということを。


 「やり直します」


印象的なラストシーン(イメージ)



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