見出し画像

(連載小説)たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる<3章第5話>

こんにちは。ご覧くださりありがとうございます( ̄∇ ̄*)
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いします!


たこ焼き屋カピバラ、妖怪と戯れる
3章 親子の絆
第5話 そばにいるから


 まるで時間が経つのを忘れてしまったかの様に、たけちゃんはカピバラハウスの中を見つめ続ける。渚沙なぎさはそんな竹ちゃんに寄り添うつもりで、その場にしゃがみこんでいた。

 日傘が無ければ暑くて耐えられなかっただろう。渚沙は時折バッグに忍ばせたお水のペットボトルで水分補給をする。それでも額や首からつうと汗が流れて行く。

 そうしているうちに、カピバラハウスの前に人がちらほらと集まり始める。ふれあいタイムの時間が近付いているのだ。

 ここでは1日2回、ふれあいタイムを設け、カピバラに直に触れ合うことができるのだ。有料の餌もある。

 竹ちゃんは妖怪なので、本来ならこんな金網はすり抜けることができる。それでもまるでそれに遮られる様に、竹ちゃんはそこから動かない。

 我が子に駆け寄りたいのでは無いだろうか。渚沙はそう想像するのに、やはり竹ちゃんはじっとしたままなのである。

「竹ちゃん、もうすぐふれあいタイム始まるから、中入ってみようよ」

 渚沙が小声で言うと、竹ちゃんはしばらく考え込む様に目を閉じ、やがてこくりと頷いた。

 気付いてもらえなかったことは、きっと竹ちゃんに孤独感を与えた。トラウマの様なものもあるのかも知れない。

 渚沙は竹ちゃんに辛い思いをさせたいわけでは無い。それでも目の前にいるのに触れ合えない2匹をもどかしく思い、少しでも近くで、と思ってしまうのだ。

 渚沙は妖怪が見えるだけの、ただの人間である。妖怪と生きるものとの橋渡しなんて、大それたことはできない。こんな時ほど、自分に何かできたら良いのにと強く思う。だができないのだ。それは渚沙に焦燥感の様なものを沸かせた。

「お待たせしました。これから、カピバラちゃんのふれあいタイムを始めまーす」

 飼育員さんの声が響き、ハウスのドアが開く。並んでいた数人のお客さんがぞろぞろと中に入って行った。

「竹ちゃん、私らも行こ」

 竹ちゃんが頷くので、渚沙は立ち上がる。日傘があるとは言え暑い中でずっと座っていたからか、軽い立ちくらみを起こす。だがどうにか金網に手を付いて堪えた。

 竹ちゃんと並んでハウスの中に入る。カピバラはさっきから渚沙たちが見ていた3匹。モナちゃんもいる。3匹の周りにはそれぞれお客さんが囲い、餌をやったり撫でたりしていた。

 竹ちゃんはいちばん奥にいるカピバラに向かって、真っ直ぐに歩いて行く。渚沙は餌の笹を購入して、慌てて追い掛けた。

 きっとそのカピバラがモナちゃんである。渚沙にはカピバラの見分けは性別ぐらいしかできないが、竹ちゃんは同じカピバラだ。しかも自分の子なのだから、一目瞭然なのだろう。

 モナちゃんはその場でしゃがみ込み、ひとりの女性のお客さんに大人しく撫でられている。人に良く慣れているのだ。竹ちゃんはそばで、それをじっと見つめている。

 ああ、あんなに近くにいるのに、モナちゃんは竹ちゃんを見向きもしない。切なさを抱えながら、渚沙はモナちゃんの正面にかがみ、買ったばかりの笹をモナちゃんの口元にやった。するとモナちゃんは待ってましたとばかりに口を開けた。

 もっしゃもっしゃと笹を食み、あっという間に細い竹だけになった。モナちゃんはそれも貪欲に奪おうとする。渚沙が手を離すと、モナちゃんは竹をかしかしとしがみ始めた。

 そんなモナちゃんの様子はとても可愛らしいのに、渚沙の胸に過ぎるのはもの悲しさ。すぐそこに竹ちゃんが、お母さんがおるんやで。心の中で訴え掛けるが、届くはずも無く。

 渚沙はモナちゃんの横に移動し、そっとモナちゃんに手を伸ばす。背中、脇腹の辺り、お尻のあたりをわっしわっしと撫でる。カピバラはそこそこの力を入れて撫でてあげると、気持ちが良いと聞いたことがあった。

 そんな渚沙の手に、竹ちゃんの手が重なった。竹ちゃんはいつの間にか大人のカピバラの姿になっていて、渚沙の手を介してモナちゃんに触れる様に動かした。

「可愛いね。モナちゃん、可愛いねぇ」

 渚沙は囁く様に言いながら、モナちゃんを撫でる。するとモナちゃんのごわごわの毛が逆立って来た。カピバラは気持ちが良いとこうなるのだ。

 竹ちゃんを見ると、モナちゃんを見る表情はいつの間にか穏やかなものになっていて、手は懸命に渚沙に倣ってモナちゃんを撫でている。

 するとそれまでだらっとしていたモナちゃんが、不意に顔を上げる。まるで何かを探す様にきょろきょろと首を動かし、その黒い目がある1点で止まった。

 渚沙は奇跡を見た思いだった。モナちゃんが見つめる先には、竹ちゃんがいたのだ。モナちゃんが竹ちゃんに気付いたのかは分からない。だが渚沙の目には2匹の視線が交差している様に見えた。

 竹ちゃんの手、前足がモナちゃんの頭に伸びる。撫でてあげると、モナちゃんは気持ち良さそうに目を細め、まただらりと頭を降ろした。

 それは、親が子を慈しむシーンである。モナちゃんはまるで竹ちゃんを感じている様にまどろんでいる。渚沙は胸がいっぱいになり、潤みそうになる目をそっと伏せた。


がんばります!( ̄∇ ̄*)