塾で働くようになるまで⑤
今回は大学入学後の話。志望大学を簡単に決めてしまった私がどのような大学生活を送ったかをまとめた。
この連載を現在運営している教室の生徒さんや保護者の方に楽しんでいただけているようで、嬉しいです。
↓志望大学を決めるまでの話は前回の④までをご覧ください。
大学の授業
進学した大学は東京理科大学理工学部物理学科。キャンパスは千葉県野田市にあった。醤油の製造で有名な街。私の家からは電車で1時間半くらいの距離にあった。
この通学時間が最初の後悔。
「通学時間くらい調べておけよ」と当時の自分に言いたい。
大学の講義について、数学は楽しく受けていたが、物理系の講義になると全く興味が湧かず、拒否反応をするようになっていった。
4月は全ての講義を受講していたが、5月以降は出欠を取らない講義は受講しなくなっていった。
大人になった今は、どんな知識でも将来何かの役に立つかもしれないから真面目に受けておいた方がいいと思うのだが、当時は学ぶことを楽しいと思えなくなっていた。
そんな生活を支えてくれたのは大学で知り合った友人のIくんとKくん。Iくんは真面目な性格で私が出ていない講義のノートを取ってくれており、テスト前にコピーさせてくれたりした。大学のテスト勉強はほぼ独学で進めていきながら、困ったらKくんに聞いて理解を深めていった。大学を卒業できたのは彼らのおかげであると今でも感謝している。
当時の自分に今の私がアドバイスするなら、経営学部や心理学部に行くように勧めると思う。
マクドナルドでのアルバイト
勉強に真面目でなくなった大学生が時間をどう使っていたかというと、アルバイトである。
初めてのアルバイトはマクドナルド。
クルーという一般のスタッフからスタートし、厨房もレジもドライブスルーも経験した。
2年目あたりからはマネージャーとして店舗の開店業務や閉店業務など1日の売り上げを管理する仕事、アルバイトのシフト作成、備品や食材の発注作業など、多くの仕事を任せてもらえた。
またマクドナルドのアルバイトは高校生も多い。高校生のモチベーションをどう維持させていくかなど「人を動かす」ということを勉強させてもらった。
定期テストの期間になると、高校生スタッフがシフトに入らなくなるのだが、少しでもシフトに入ってもらおうと、休憩時間やシフト後に勉強を教えていたのもいい思い出である。
さらに大きかったのは、大学4年時のプロジェクト参加。
マクドナルドは当時バーガー類を作り置きするシステムだった。それをオーダーが入ってから作るという今は当たり前となったシステムに変更するというタイミングであった。
全店導入していくにあたり、都内で何人か選抜され、先行してそのシステムを習得させてもらうプロジェクトのようなものに選んでいただけた。
そしてシステム変更する店舗や新規出店の店舗に出向き、働くことができた。
さまざまな仕事を任されて調子に乗っていた私は、ちゃんと仕事をしていない(ように見えた)社員に対し、厳しく接していたこともあった。今思えば、それぞれの立場を理解していないイタいバイトだったなと思う。
ただその時の店長にはいつも気にかけてもらい、多くのことを学ばせていただいた。
このようにマクドナルドでは店舗運営の基礎、特に人の動かし方を学べたのは今でも大きな財産だといえるし、今の仕事にも活かせている。
学習塾でのアルバイト
大学2年の時からは学習塾でもアルバイトを始めた。
地元の集団塾だったが、主に中3と高2を担当していた。担当科目は数学。
最初に持った中3生のクラスは難関高を狙うクラス。人に教えた経験もない中で、自分なりに授業を組み立てたり、都立高校入試の予想問題を作成したり、オリジナル教材を作成したのはいい経験だった。
そして人に物事を分かりやすく説明するという術を学べたのもこの仕事。相手に合わせて伝え方を変えたり、テンポを変えたり、相手の感じていることを読み取れるコミュニケーション力がモノをいう世界だと感じた。
しかし集団授業をすればするほど、授業に集中できていない子が目に留まるようになる。
このころは塾といえば集団授業の時代。個別指導が世の中から少しずつ注目されたころ。
働いていた塾の塾長に個別指導をやらせてもらえないか進言したことがある。
その後、1:1から1:3の個別までここで講師として経験できた。
大学進学時はどちらかというと人前で話すことは苦手なタイプであったが、大学を卒業する時にはむしろ話ができる状態になっていた。経験が私を変えたということだ。
趣味の覚醒
このようにアルバイトばかりしている生活なので、一時期は月の収入がサラリーマンの初任給くらいあった。したがって好きなものを今以上にたくさん買えたのもこの時期。高い買い物では、携帯電話を大学1年時に、ノートパソコンを大学2年時に購入した。
2000年になろうかというこの時代、携帯電話はインターネットにつながるようになり、docomoがiモードを発表した頃。その対応機種をすぐに購入した。ノートパソコンはSONYのVAIOを購入した。
今ではパソコンは大学生の必需品であるが、1990年代当時はレポートなどもまだ手書きだった。そんな中、ExcelやWordを使いながら覚えていった。
そしてアルバイト先(マクドナルド)でも備品発注については売り上げと使用量の関係性を考え、自分のパソコンで発注システムを作った。
パソコン自体はインターネットも使用できたが、wi-fiもなく、通信カードみたいなものを差し込んで使うスタイル。データ量に応じて課金されたため、あまり使わなかった記憶がある。
新しいガジェットが好きなのはこの頃からであり、Apple製品を使用することが趣味になった原点である。
次回は大学編の続き、就職活動やプライベートの出来事についてまとめていきたい。
続き↓
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