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東京に住む龍 第七話 女神原宿に遊びに行く①

 一億歳の龍、青龍こと水神辰麿は東京の龍神社から天空に飛び立った。

 小手毬をはじめて地獄に連れて行った。用事があったから行ったのだけれど、小手毬に地獄という世界があることを教えたかった。地獄にも僕の友達がいる事、ちょっと先の未来、小手毬が地獄も天国も他所の幽世にも、自由に行き来出来るのも知らせたかった。小手毬は驚いてくれた。本当に本当に、だって帰って来てから、地獄の話をよくするし、あの世のテレビや僕の蔵書を読んで、地獄に興味深々だ。僕と生きることは世界のあの世=冥界と繋がることだ。直に君は僕の子供を産んで、不老不死になる、長い年月の先に、神の仲間になるんだ。あの世のことは知って欲しい。勉強熱心な君の事だ、直ぐに理解しまうだろうけれど。

 自己嫌悪なんだ僕は。地獄に行ける能力を見せつけたことが、今となってはちょっと恥ずかしい。現世の低俗なSNSでいうところのマウントを取るっていうやつ。「龍君って凄いのね」て言われたい。僕にこんな俗い心があったとは思わなかった。分かっているよ、気の遠くなるような昔僕は色々な恋をした。恋は愚かで野生の欲望を剥き出しにする。これが女の子たちを傷つけることも、僕はその事を知っていたのに。一億歳の理性はどうしたんだ青龍。

 辰麿はその姿を龍に変えた。地球から飛びたった。何もない宇宙空間は、青龍の数代前の龍が地球を見つける長い旅をしていた空間だ。だから少し慣れている。思い切り旋回した。青い鱗が煌めく。成長したことで大学で天文学を学んだ。そこで知った幾つかのことの中に、まだ人類は龍を捕捉できないことがあった。人類の科学はだいぶ遅れているのだ。宇宙空間で自由に龍身を動かす。旋回した時煌めく半身が青龍の目に見えた。

 ふと小手毬にこの姿をはじめて見せた時のことを思い出した。

「宝石みたい。十二歳の時の龍君みたいに凛々しくて頭良さそう」

 生きる七宝細工なんて言っていたかな。でも僕に恋してくれなかった。五歳の女の子が僕に結婚してくれと言ってくれたのは、両親の不仲だったんだから。でも僕の本能が君が龍珠だと焦がれるんだ。龍の能力を何倍も強くする龍珠、掛け替えのない龍の宝。そして勢力争いでは、奪い屠ることも。

 あの時の僕は小手毬と二人で鳥籠に入りたかった。他の男のことは見て欲しくなかった。結婚すれば二人で鳥籠に入れると思った。彼女が早い結婚を望んでないことも、別の誰かとの恋愛に期待していることも知っていたけれど、僕は結婚を急いだ。彼女には術をかけたんだ。望み通り鳥籠に入ったけれど、彼女は不機嫌なんだ。原因は僕だ。

 かなり遠くから龍の声がした。

「おーい。新婚さんがこんなところで何しているんだー」

 白い真珠の如き鱗をたなびかせた白龍だった。青龍と白龍は身体を捩じり合わせて挨拶をした。龍が天空で出会う時の習わしであった。白龍は青龍との血の繋がりはない。青龍の数代前、龍は地球に飛来した。飛来した龍は一柱だけではなかった。複数の龍がぱらぱらと数億年に渡り飛来したのだ。白龍は別の血統の龍だった。顏の造りやら耳の作りが違う。青龍より顏がぬっぺりとして、白蛇に近い頭だ。

「順調かい、青龍。青龍が観察の係になってくれて助かっている。科学研究が著しいホモ・サピエンスの情報はどう何だ」

「おかげさまで大学に通って、人間の観測方法も知ったし、ネットでの情報集も毎日しているんだ。

 ターゲットは異常なしかな、予断は許せないけれど、今のところ僕たちの本能の通りだ」

 白龍と青龍は暫らく宇宙で謀議をしたのであった。

 期末試験も怒涛のレポート提出も終わり、春休み入いって二日後、欧州天国から辰麿のお友達のドラゴン(達)が来日して、龍御殿の幽世に滞在することになった。

小手毬は青龍の妻になってから、妖怪の本性が見えるようになった。お着換えの間に控える緑の着物の三人の女性の正体は、鏡と盥と御針箱の器物の妖で、主治医はろくろ首の女医さんだ。冷静に考えれば可笑しいのだが、本性を見ても、あっそうなの程度の反応しかしなくなって来ていた。普通の人間なら仰天の事態なのだが、辰麿は龍なので私の脳の中も操作されている。神の世界も地獄の存在も小手毬の中では普通の事になってしまっている。もう人間の域から脱しているのらしい。

 ただ都合の良いことに、声に出して辰麿が龍であるこということ、妖怪の眷属にかしずかれて暮らしていること、あの世には神も鬼もいることは、現世でしか生きることのない人間には話せなかった。七緒や大学の同級生と夢中になって話していても、ばれないという安心感があった。

 半端あの世の住人化した小手毬でも流石に驚いたのは、ヨーロッパから来たドラゴンだった。ドラゴンは五つの頭を持った恐竜で、この姿は小型トラック程の大きさであったが、神の姿が人間に姿が五人の青年だった。白人男性が五人纏まって歩く分には、東京では誰も不審がられないのだが、ドラゴンは不安定で、本性現し易いのだ。その上、洋の東西を問わず妖は、現世では姿を消すことができる。下等妖でも普通にする術が出来ないのだ。東京のど真ん中で五つの頭のドラゴンが、人間に見えてしまう可能性もあった。一月に地獄の野守長官のもとを訪ねヴィザ発給を頼み込んだのもこんな危険性があったからだ。

 あの世は現世なんかよりずーと科学とテクノロジーが進んでいる。飛行機的なものは数百年前からあり、空の亜空間にある各天国の間には定期航空便が飛んでいた。地獄に行く便もあった。そられは人間には察知されぬ亜空間を飛行していた。今回ドラゴンはラテン天国の空港から日本の地獄行き便で来日し、地獄観光を楽しんだ後、東京の幽世の辰麿に世話になっていた。龍御殿の傍のレトロ洋館に滞在となった。

 秋葉原に行きたいとドラゴンが希望していたので、小手毬と元人間の鈴木さんが案内することになった。普通のアニメファンなので、秋葉原には、何度か行ったことがあった。家からも近いし、気に入ったアニメのグッズは時々買いに行っている。秋葉原では小手毬がアニメの専門店は何店か知っているだけだったが、鈴木さんは終戦直後から秋葉原に通っているので土地勘があって頼もしかった。見た目が初老の鈴木さんはスーツを着ていた。

 ドラゴンが化けているのは、白人の青年で、ちょっとイケメンだ。地味目な服装に黒いショートコートを着た小手毬とスーツの鈴木さんの一行は、ドラゴンが行きたいアニメショップや、鈴木さんが案内したメイド喫茶を回った。ドラゴン達は日本のアニメが好きで、古いアニメから、最近のアニメまで、ロボットもの萌えアニメと守備範囲も広い。アニメの聖地秋葉原に興奮していた。

 メイド喫茶で一行のテンションが上がり、ドラゴンの姿に成りそうになった。慌てて店を出て、鈴木さんの先導で裏通りの古いビルに駆け込んだ。うす暗い玄関ホールで、本性を現した。爬虫類のぬめぬめした灰色の肌をして四つ足の恐竜のフォルムに背中から蝙蝠のような骨格があらわな大きな羽が生えていた。胴体からは首長竜のような首が五つ出ている。三メートル程、天井に頭が付きそうな大きさだった。

 こんなものが白昼の秋葉原に出現したら大騒ぎだ。小手毬は胸を撫で下ろした。年季の入った、うらぶれたビルのエレベターホールに、ゲームの世界から飛び出したドラゴン、床にはアニメショップ大きな紙袋が幾つも置かれているのは、この世離れした光景だった。小手毬は念のため入り口の木枠のガラス扉を閉めた。ビルの表の道は交通量が少ないが、車や歩行者が通行している。鈴木さんは妖になって年数が経ってない上に、元人間なので別の身体持っていない、姿を隠す術と簡単な結界しか張れなかった。フロアー案内板には空きフロアーもあり、いい加減にも退去された部屋にはガムテープで社名を隠しているのがうらぶれ感を増加させたビルだった。それでも幾つかの会社が入っているようで、いつエレベターから人が降りてきてもおかしくないし、さっきビルの前通り過ぎた宅配業者が、集配に入って来るかも知れなかった。最も完全な廃ビルなら一行が入り込める筈もない。

 翌日もドラゴンのリクエストにより、中野ブロードウェイに行くことになった。妖初級者の鈴木さんと、妖の世界に足を踏み入れたとは云え、何の術も使えない小手毬では心許ないので、上級妖の龍馬さんも付いて来てもらった。ドラゴン達は電車が気に入って又電車で中野に行きたいと言ったが、東京メトロや中央線内で、ドラゴンになったら、目も当てられないので、龍馬さんに小型バスをレンタルして貰った。ただ不安定なドラゴンの事を考えると、別に小型トラックを用意した方無難だとも思えた。

前話 第六話 小手毬さん地獄に行く④
https://note.com/edomurasaki/n/n324c26f3a19

つづく 第七話 女神原宿に遊びに行く②
https://note.com/edomurasaki/n/n48b7b3c3fd33

東京に住む龍・マガジン
https://note.com/edomurasaki/m/m093f79cabba5

あとがき

次回は中野でお買い物の予定です。ドラゴン面倒臭い!

 

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