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東京に住む龍 第六話 日曜日なので地獄で行ってみた③


 水神辰麿と結婚したことで小手毬は龍神社の人にもなったことで、巫女になってしまった。神主の奥さんが巫女をやっている神社も歴史的にあり、差して珍しくないそうだ。家業の神社の仕事をするのに、白い着物に朱の袴の巫女は都合がよく、休みの日とかは巫女の格好で社務所にいることになった。社務所でお守り売りと社殿の掃除しかしていないが、勿論辰麿から結構な給料を貰ってだった。

 大学と目白の先生の所に通い、休日には巫女になる新婚生活になった。秋のイベントは七五三しかなく、十月十一月の休日に近所の人から予約が来た、七五三で社殿に上った親子の爲に辰麿は祝詞あげた。授与品に千歳飴がないのに小手毬が気が付いて、商店街の和菓子屋に駆け込んだりしたが、概ね平穏に過ごした。

 正月は初詣客も来るので、鈴木さんをはじめとする眷属に助けられた。年末の大掃除や大晦日の夜から出る屋台、年初に買い求められるお札の販売など手伝ってくれた。目が回るほどの忙しさはなかったが、一目で妖怪やもしや神様仏様と思われる参拝客もおり、辰麿はそういう人と古馴染みなのか。フレンドリーに接していた。

 三が日過ぎに正月は遠慮して参拝にしか来なかった祖父母の家で食事をした。父も来てくれて、鍋物を囲んだ。

 小手毬は青龍により術をかけられているので、辰麿の本性が龍なんて、酒に酔おうが、何しようが、言えないのだ。口が滑ることは無いので思い切り好き勝手に話しても大丈夫な安心感が、小手毬にあった。ここに集う親族が婿の正体を知り、孫娘が不老不死になったことを知るのは、三途の川を渡り極楽浄土にたどり着いた後だ。

 松の内が開けぬ前に地獄省から連絡が来た。現世から地獄へ大きな荷物を運ぶので、龍神社の幽世を経由したいとだけ、メールに記載されていた。

 龍神社の前は普通の区道で、住宅街を走る二車線の道路で、龍神社には道路との境界に玉垣がない。鳥居が一基あるだけだった。辰麿がご近所さんへのサービスで、宅配便や介護、果ては建物工事の車両の駐車場として無料で貸し出しいた。条件として子供たちが境内を使っていない平日の昼前は許可なしでも利用できることになっている。利用しているドライバーから感謝されて、社務所の脇に設置されている激安自販機はお礼の意味も含めて、よく利用されている。

 メールのあった二日後の夕方、長さ二十メートルもある海上輸送用にも使われそうな大型コンテナを載せたごつい牽引車が何台も龍神社の前の道に停まった。金属製で縦縞の凹凸があるコンテナは大手物流会社の名前が付いていた。コンテナは差して広くない境内ぎちぎちに、十基置かれ、送り状に辰麿がシャチハタ印を押すと牽引車は去っていった。モンスターのような大きな牽引車がまさにコンテナを境内に運び込む最中に、帰って来た小手毬はあまりの事態に目を剥いた。

「メールにあったお荷物ってこれのこと」

「そうだよ、後で引き取りに来るんだって」

 社務所の土間で大型ディスプレイのパソコンでいつも何か設計している鈴木さんが、今日は龍神社と幽世を行ったり来たりしている。送り状に、富〇通の子会社名と、富岳の文字を目にし、身の丈より高く数十メートルの長さの、湾岸辺りで目にする大型コンテナが一分の隙もなく並んでいるのには、夫婦でびっくりだった。もっと驚くことが起こったのは深夜だった。

 夜も深くなり神社の前の道の通行人の数が途絶えた頃、地獄から人間の作業員に化けた妖が現れてコンテナの搬出作業をはじめた。日付が変わるころには人間に化けもしない鬼やら妖怪がその作業に加わった。彼らは筒袖や袖なしの着物に、着物を尻じゃっぱりで足むき出しにしたり、野袴を穿いたりしていた。地獄の刑場の作業着そのままだった。

 龍御殿の玄関前に地獄から大型重機が出現した。重機には詳しくない小手毬でも、現世のクレーンに似ているが、随分華奢なものに見え。

「龍君あれで地獄に運ぶの」

「そうみたいだよ、でも僕たちの寝所の上を運ぶなんて、大概にしてよ。嫌がらせかな」

 小手毬は、大型コンテナが落下して、海老煎餅のようにプレスされた龍を想像して、笑ってしまった。でも冗談ではなく、寝所の三枚重ねの布団の上で平気で寝ていられないので、社務所で作業を二人で、見守ることにした。

 妖の作業員がコンテナにクレーンに吊るすための作業をしていると、わらわらとドローンが飛んできた。蝙蝠や天狗と云った飛ぶ妖怪も現れた。奴らは空中で地上に指示したり、空中から白くて平らな帯状の物を垂らした。地上の妖はトレーラーにそれを巻いて固定させる作業をしている模様だ。

 前に辰麿にあの世の科学は、人間の数倍先を行くものだと説明されたことがあった。空飛ぶ妖怪が空中で作業するのは人間には出来そうもない。人間を超えたテクノロジーと、妖怪の得意技での作業になった。

「ねえ、人に見られる心配はないの」

「人間だけに印象残さない術は、初級技だから掛けているよ、この辺でも夜中にジョギングする人もいるしね、神社の外に出ると、音もしないし、コンテナも見えない筈だよ」

「あの世凄いんだ」

 浴衣の寝間着の上から綿入れやらダウンジャケットを着込んだ神主夫婦は、暖房の効いた社務所の窓越しに、鬼やら天狗やらの百鬼夜行のような、作業を眺めていた。

 あの白い紐は、きしめんにしか見えないなと思いながら、小手毬は作業を見ていた。どういうテクノロジーか汚れのない真っ白な幅のある帯状で、きしめんに見えてきたのだった。

「ふぁー、きしめん食べたい」

 辰麿が言った。

「私も、随分長い間食べてないなー」

 きしめんは名古屋の名物で、東京ではマイナーな食べ物、東京ではうどんの汁で食べるものだった。

「僕も大学生の時に、飯田橋の専門店で二回くらい食べたのが最後かな、そうだスーパーできしめんを買ってきて、山吹に作ってもらおうよ」

「それいいかも」

 小手毬は時々どっきりする、辰麿と食の好みが同じだった。深く聞いてないが辰麿こと青龍は、東京の生まれだったらしい。

「青龍様、これはこれは御寮人様こちらにいらしたのですか」

 神社側の木戸を開けて、鈴木さんが戻って来た。白髪の老人で龍神社の法被を着ている。元人間で神社の番をしながら、辰麿の欲しい機械を設計している。元はゼロ戦の設計者だったいう。辰麿の眷属の一人だった。

 鈴木さんの話では、中身は富〇通のスーパーコンピューター富岳で、納入先は地獄大学だそう。小手毬は地獄の方が進んでいると聞いていたので何故なのか疑問に思った。そして発注責任者が、天国の結婚式で、三枚重ねの黒の江戸褄の裾を引いていた、野守の妻の胡蝶だという。見た目が若く女子大生に見える天人の女性だが、物理学教授だという。地獄大学は富岳の前の京も所有していて、これを搬入した時は、工場からほど近い、北陸の立山の幽世を利用した。今回も空になったコンテナは立山で現世に戻すそうだ。

「それって僕への当てつけ」

「北陸の工場からわざわざ運ぶなど、状況から見たらそうかも知れませんね。青龍様の結婚発言以来、あちらはドタドタとしてますから。嫌がらせぐらいはしたいでしょう。野守様は特に鬼ですから。

 いや御寮人様、鬼というの性悪な性格ではありませんよ。わっちなどは人間より優しくて理の通った者が多いと思っています。地獄に行くと人間の方が数段上の悪党だと分かります。こりゃ行ってみないと分からないか」

 草木も眠る丑三つ時を過ぎ、薄白く東の空が成りだしたころ、最後のコンテナが幽世側のクレーンに音もなく吊り下げられて、龍御殿の向こう側に運ばれた。天狗とあの世で開発されドローンが消え、地獄そのままの姿で働いていた、鬼やら妖怪が幽世は戻って行く。最後に作業着を着て人間の振りをした妖たちが、入念に原状回復と掃除をして幽世に帰っていった。

 それを見届けると、辰麿と小手毬は龍御殿の寝所に戻って、三枚重ねの布団にもぐり込んだ。辰麿の

「あんなのが落ちてきたら怖いよう」

 の声を聴きながら、小手毬は深い眠りに落ちたのだった。

 辰麿は現世ではあの世の物は持ち出すようなことはしなかった。厳密に区別をしていた。小手毬は本が好きで活字を見ると喜んで読んでしまう癖がある。野守からもらった高校の教科書は、現世の教科書より面白くて、通学バックに思わず入れて地下鉄の中や休み時間に読んでしまった。可愛い包装紙をブックカバーにしていたが、辰麿に気を付けるように注意されたが、

「大丈夫もうじき、本能でしなくなるから」

 というまた理解不能なことを言ってきたのだった。

 

                   ーーー次回地獄に行きます。ーーー

前話 第六話 日曜日なので地獄に行ってみた②

つづき 第六話 日曜日なので地獄に行ってみた④

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東京に住む龍・マガジン

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一話 僕結婚します

https://note.mu/edomurasaki/n/n3156eec3308e

二話 龍の恋人

https://note.mu/edomurasaki/n/ne5619c280d37


三話 龍が動き出すとき神々も動きだす
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この小説について

「青龍は現生日本に住んでいた。現世日本政府は龍のお世話係で、あの世の支配下にあった。人類は龍君のお嫁さんを可愛くするためだけに進化した。
 青龍は思った
『1億歳の誕生日に結婚しよう。そう20歳のあの子一緒になるんだ。』
 そんなはた迷惑な龍の物語である。」

異世界に移転する小説ばかりなんだろう。みんな現世に疲れてる?でも反対に、異界の者が現世にいるのはどうだろうと思ったのが発想の源です。思いついて数秒で物語のあらすじと、主なキャラクターが思い浮かびました。でも書くのは大変です。

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