見出し画像

東京に住む龍 第六話 日曜日なんで地獄に行ってみた②

 幽世の龍御殿から現世の東京藝大学に通う日々、小手毬は現世には妖怪、時に地元の神が紛れているか知り驚いた。上野の人ごみに、大学の構内に、地元の商店街に。辰麿に神獣や神々や妖怪の多くは人間と同じ身体『神の身体』を持っていると辰麿にに説明された。現世にこんなに多くの妖どもがいるとは知らなかった。

 東京での幽世が龍神社の裏の幽世で、ここをハブとして使っている妖も多く、外国のモンスターがここの洋館に泊まり、東京観光や日本旅行を楽しんでいた。当然行き交う妖も多かった。

 ある夕方、大学の帰り、地下鉄の駅の商店街のおでん種屋で煮物用のさつま揚げと、八百屋で長ネギとトマトを買って、商店が切れる辺りに差し掛かったとき、三十代ばかりの女性に声を掛けられた。辺りはだいぶ暗くなっていた。

 黒髪をポニーテールにし、白いブラウスにデニムパンツ何処にでもいる主婦の普段着である。ただ影の薄く困憊した女性だった。この女性は小手毬には妖怪に見えた。もしかしたら眷属の妖怪かしらと思った。

「奥様、申し訳ありません。幽世の入り口が分からなくて、教えて頂けませんでしょうか」

 女性は道端にうずくまっていた。旅行中の妖で幽世の入り口が分からなくて困っていることもあると聞いていたので、親切に案内することにした。あの世の世界では小手毬は新参者だ。妖怪達の役に立つのは、少しでも気の咎めを軽くすることだったので、応じた。

 もう少しあの世の事情を知れば、無視することだったのだけれど。

 妖怪が出入りするのは、社務所の裏手草むらだった。ここからだといい具合に龍御殿の玄関前辺りに出て、さらに現世と天国地獄の境の牛頭門に一瞬で行けた。

 女性に社務所の脇を指さして、ここからなら幽世に行けると教えた。女性は柵の前をうろうろして行こうとしなかった。ここは辰麿に結界を通るのが少し面倒だか、慣れれば通れるよと言われていた場所だ。妖怪やら鬼が始終出入りしていた。

 何度も結界を通ろうとその女性はしたが、結界が開かず哀れと思った小手毬は、自分が使う、社務所の台所から幽世の下駄箱部屋に通うずる方を案内したのだった。

 彼女にどんな妖怪なのか質問したが、女性はパートで総菜屋では働いているとう、妖怪らからぬ本性に、ちょっと驚いた。兎も角困っているなら、人でも妖怪でも助けたい。

「駄目なら、私の使う通路で行きましょう」

 お留守番の鈴木さんが戸締りした、社務所にこの女性と一緒に入ったのだった。龍御殿の玄関を開け、女性を幽世に連れ出すと、

「本当に助かりました」

 と何度も頭を下げ暗くなった幽世に、女性は消えたのだった。

 台所に行くと辰麿が、奥女中のトマトとサラミが載せられた手作りピザに、きゅうりの糠漬けを食べていた。

 事の顛末を辰麿に話すと、

「下駄箱部屋を通るのは、僕と小手毬だけだから、他の人じゃなくて、神様とか妖怪と結界を超えるときは、社務所の隣か、下の谷にして。だって下駄箱部屋、見られたくないもの」

 夕食後辰麿は、辰麿の自室の書斎に行く。

 デスクの後ろの神社の宝物庫しか見えない窓以外の壁は、天井までの本棚にびっしり本が入っていた。龍屋敷の中で異質でデスクとチェアはモダンで最先端のものだった。辰麿に聞いたらネットで評判の良いものを、Amazonで通販したものっだった。小手毬も知っているメッシュの背が高い最新型の赤いチェアに辰麿が座り、何やらぶつぶつ言いながら、あの世用のパソコンに向かってっている。

「ドラゴン可哀そうなんだ」

「ドラゴンって親戚なの龍君」

「龍とドラゴンは別系統の神さ。でもドラゴンはラテン天国の神で、僕たちと違って、火山や災害を鎮める役割があるのに、人間が迫害して数が少ないんだ」

「ラテン天国って何処」

「あーまだ覚えてくれてないのかな。現世ヨーロッパの天国、キリスト教のね。あの世界では最大勢力の一つね。

 ドラゴン可哀そうなんだ。

 だから奴らに日本旅行をさせたいのに、地獄がビザを発給しないんだ。何度も申請しているんだけど通らないんだ。困るー」

 人間に狩られて数が少なくなったドラゴンは、東洋の神々の最上位で尊ばれてる龍へのあこがれが強くて、兄貴的存在なのだそう。慕われている青龍と、太古から交流していて、今はあの世のメールで頻繁にやり取りをしていた。近頃はアニメ好きのドラゴンから、秋葉原に行きたい、日本旅行を希望されていたのだった。

 十九世紀くらいまで。世界中で妖怪が跋扈していたのは、神・妖怪はかつて頻繁に他所の天国地獄や、そこを足掛かりに現世にも旅行をしていたからだ。現在は現世に行くのが規制される傾向があり、妖の種類、特に姿を消せない妖は現世行きが禁止されるようになった。
 
 その三日後だった。あの美貌の鬼、野守が、急に龍御殿を訪問してきた。
 
 龍御殿の御簾を上げると、一段下がった大きな座敷の真中に、黒の着物に黒の羽織を着た野守が一人で坐っていた。丸の内と天国のホテルで逢った長身で細面の鬼がそこにいたのだった。龍の妻として、小手毬はあの世の偉い人ととして、始めて謁見したのだった。だが鬼だけあってぐいぐいと攻めて来る。鬼には尊敬語がないのか。

「水神小手毬様、この幽世の住人から、御寮人様と呼ばれることになったそうですか。民間人の妻の呼称では、最上位です。現世でも地獄でも古語となっていましたが、神獣の婚姻でまた使われる事になって、私のような古い鬼には懐かいしい位です。

 早速ですが、単刀直入に申し上げます。御料人様は一昨日亡者を妖と間違えて幽世に連れて来ましたね。それは犯罪です」

「私何かやった」

 そう言うと小手毬は一昨日のことを思い出して、あっと思っった。

「女性を一人この幽世に連れて来ませんでした」

「大学からの帰り、困っていた女性がいたので案内しました。それが何か」

「その女性が我々と同じ妖怪の類なら良いのです。彼女は数日前に死んだ、亡者つまり人間の死人です。先程捕縛して地獄に送りました。
 
 亡者は死後速やかに三途の川に行き、十王庁の審判を仰ぐこととなっています。
 
 亡者が現世に留まることは、罪です。一日遅れて千年以上も刑期が延びたこともあります。その女性は微罪でしたので、転生のはずでしたが、地獄行き決定です」

「そう言われても、私には死人と妖怪の区別がつきません。妖怪が誰か分かるようになったのは、本当に本当に最近のこと、結婚式の直ぐ後からんです」

 野守は少し青龍を睨みつけた。

「亡者は影が弱いといったところでしょうか、慣れれば亡者と生きている人間、我らのような神妖の区別はつくのです。
 
 街で亡者を見た時は、奥様これをお使いください」
 
 野守は小手毬もびっくり、スマートフォンを差し出したのである。アイフォンなどより正方形に近く、色紙を連想させる形で、手のひらに載る大きさだ。白い綺羅綺羅とした樹脂製の躯体のシンプルなものだった。ちょっと可愛いいと思ってしまった。

「現世でも幽世でも、亡者を見かけたら、接触しないで下さい。スマホ立ち上げて、この地獄省直通の、亡者発見アプリのアイコンをタッチするだけです。地獄から追っ手を差し向けます。

 青龍様もこのスマートフォンと同型のをお持ちだそうです。早速御寮人様のを、初期設定なさってください。
 
 それと御寮人様、地獄天国の物は、現世に持ち出してはいけない大原則があることはご存知ですか」

「初耳です。持っ来てははダメなのですか」 
 
 ぐっと野守は青龍を睨みつけた。

「そういう大事なことは、きちんとお話下さ この地獄で開発されたスマートフォンは、紛失すると、自動的に壊れることになってる便利なものです。バックアップをまめに取れば不便なこともありません。現世の物に比べるとデータの流失も防げて、プライバシーも守れる優秀なものですぞ。

 そうそう忘れていました。御寮人様にはこれもお渡しせねば」

 階の下から、差し出したものは、あの世の高校の、歴史と現代社会の教科書だった。見た目は現世の教科書と同じ装丁であったが、厚さが三倍もある。小手毬がぱらぱらめくると、縦書きなどを除くと図も多く、高校の社会科の教科書に近い。

「御寮人様は大学生ですので、地獄の大学の教養課程のを差し上げようかと思いましたが、あの世のことを何も知らないようですのでこちらにしました」 
 
 地獄の最高権力者の威厳に押されながら小手毬は礼を述べた。あの世のことは辰麿に少し説明を受けているが、全体像が見えなのが歯がゆかったので、丁度よいと思った。
 
 それから例のドラゴンの件で、青龍と野守はやり合ったのである。


前話 第六話 日曜日なんで地獄に行ってみた①

https://note.com/edomurasaki/n/nb4d522fde998

つづく 第六話 日曜日なんで地獄に行ってみた③

https://note.com/edomurasaki/n/n324c26f3a194


東京に住む龍・マガジン

https://note.com/edomurasaki/m/m093f79cabba5

一話 僕結婚をします

https://note.mu/edomurasaki/n/n3156eec3308e


鎌倉巡り 着物と歴史を少し
http://koten-kagu.jp/

Twitter https://twitter.com/247kagu03bigak1  
Instagram https://www.instagram.com/yamamoto_kimiko/

この小説について

「青龍は現生日本に住んでいた。現世日本政府は龍のお世話係で、あの世の支配下にあった。人類は龍君のお嫁さんを可愛くするためだけに進化した。 青龍は思った『1億歳の誕生日に結婚しよう。そう20歳のあの子一緒になるんだ。』 そんなはた迷惑な龍の物語である。」

 異世界に移転する小説ばかりなんだろう。みんな現世に疲れてる?でも反対に、異界の者が現世にいるのはどうだろうと思ったのが発想の源です。思いついて数秒で物語のあらすじと、主なキャラクターが思い浮かびました。でも書くのは大変です、

 あーどうすればいいの!そうだ私の好きなもの満載の小説にすればいいんだ。平安装束、着物、古建築、在来工法の日本家屋、理系男子…… そうこの小説は現代を舞台とした小説で、一番平安装束率の高い小説を目指しています。

 小手毬さんと、龍君と呼ばれる青龍=水神辰麿君は、現世も天国も地獄も宇宙空間にも、自由に行けちゃうので、大変です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?