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こんな風にして叶うもの

小谷美紗子さんの曲のタイトルではないけれど、ある起点からの「コトの顛末」を書き出してみたいと思う。

最初の小さな願い

昨春、佐賀駅にある書店が閉店して、「佐賀の街なかから本屋が消えた」事実に悶々としていた。「駅そばに本屋がなくてどうする?飲食店以外ここにどんな文化が残ってる?」と。いろんな店が駅前から消えていく中、小さな本屋でもいい、学生さんが偶然的に入って何かを発見できるような店は必要だと思ったのだ。

わたしは衝動的に、でも切なる願いをこめて「自分でも何かやれないか」と模索。時を待たずして物件を探し歩いた。小さく始めるにはテナントはハードルが高すぎて、仕方なく駅のガード沿いの道にあるアパートの一室を借りた。仕入れのことなどよく分からぬまま、出版社と直取引を始めた。1年後の今年、「よみかき室」と名前を付け、一日数時間だけ開放し「自由に読んだり書いたりできる場所」をつくった。

並べている本のうち大半は販売用ではなく、自由に読んでもらうための本。これもWさんを始め、いろんな方が寄贈してくれたもので兄の所有する美術書、レトロマンガ、サブカルチャー本も合わせて、推定1500冊くらい並べている。

5月の終わりから兄妹で開放を始めると、本がある空間というだけで興味を持って来室してくれる人がいた。自分たちが本に囲まれて過ごすためでもあったので、本当にゆったりのんびりしていた。ただ、もう少しお買い物用の本棚を充実させて、アップデートしていけたらいいとも思っていた。

そして、わたしの主体となる業務は、これまでと変わらず、ご縁のある方々からの制作案件の発注によるものだったが、自分の足で歩く必要性も感じ始めていた。

一年中、行政関連の仕事を中心に活動するというのは、将来的にどうなのか?と危惧している。
県内企業やクリエイターたちが持つ感性は、民間で経済を回していくことにもっと発揮されればいい。もちろん画期的な企画が行政にも多く見られるので力を合わせつつ、主体的に自主事業を回せる方向へとシフトしていくような意識が必要なのではないか。結局は自分たちで運転していかないことには、何かを生み出す力も、発展性も削がれてしまうと思うから。

アリとキリギリス

7月に入り、企画制作部門でにわかに「お困りごと」の相談が増えてきた。予算がない案件、現場人員が足りない案件、よそで構成されたシナリオの修正…。お悩みは力を合わせれば何とか解決できるだろう、と楽観的なわたしは引き受け、そう簡単には処理できない困難にぶつかった。頭も足も動かす日々が続いた。

兄と共同で開いていたよみかき室部門は、ただ部屋を開けるだけの日々。そしてとうとうそんな余裕もなくなっていった。よみかき室はわたしの「ものかき室」、そしてデザイン業務を兄と相談する、あるいは一緒に制作する部屋となっていた。

昨年からわたしは書店に勤めてもいた。夜4時間の書店員+1日X時間の個人事業とのダブルワークで、仕事以外のオペレーションが不能に。自分を『アリとキリギリス』のアリになぞらえて、今こうして休みなく働いているけど、冬には必ずゆっくりしてやる、と静かに闘志を燃やしていた。

仕事をぎちぎちに詰め込んだわたしは、周りからも異常に見えたことだろう。ギリギリにしか動けない行動パターンも相変わらずで、「思わぬ事故につながるからもう少し余裕を持って出勤して」と優しく注意されたこともあった。

運命の朝

精神的・肉体的に疲れたその日、夕飯を終えて23時には就寝しただろうか。午前3時に起きた。明け方、締め切り迫る原稿を提出し、朝から呼子での取材業務がひかえていた。「もう8時だけど。」現地までどれくらいかかるか知っているYは、いつまでも準備しないわたしを心配して声をかけた。別の原稿作成にも喘いでいた。

やっと持ち物を揃えて出発し、Google Mapを見ると、目的地には集合時刻ぴったりに着く予定だった。その日は行き慣れた唐津でなく久々の呼子。高速の多久インターで降りたら迷いが出てしまい、有料道路に入りそびれてしまった。到着予定時刻は10分ほど延びた。

「○○分頃に着きます」ともう現地に着いているスタッフに連絡を入れ、ひたすら西へと向かう。その頃から注意が散漫になりつつあったかもしれない。テレビの画面へと意識が吸い込まれ、気づいたら前の車に衝突寸前。急ブレーキをかけた。危ないところだった。気を引き締めて運転を再開した。が、その数分後、車道から外れて縁石へと突進し、事故を起こした。歩道を越え柵を突き破り、田んぼに後輪が落ちた状態で車は停止。

自家用車が廃車になるほどの衝撃で、わたしは何とか這い出た。近くの家から数人が集まってくる。敷地内の男性が警察に連絡してくださった。

よたよたと歩く私に「お体、大丈夫?」とご婦人が心配そうに声をかけてくれる。「はい」と答え、とにかく仕事の連絡を入れなければと、まず仕事用のガラケーを探すが、電池が車内ですっぽ抜けたようで、すぐには探せそうにない。スマホで連絡を取るところから始めた。

スタッフや家族に電話し、保険会社にも連絡。警察や救急隊も到着。右手首のすり傷の応急処置をしてもらい、実況見分が始まる。ほどなくして、目的地から初めてお会いするスタッフも駆けつけて、わたしの代わりに対応をしてくださる。

その日と翌日、撮影同行予定だった皆さんの負担を最小限にしたく、業務の引き継ぎをするため、救急車に乗ることは拒んだ。何とか打ち合わせて解散し、わたしはお昼にかけてレッカー業者さんの作業を見守りながら、母の迎えを待った。

母のお友達の車を借りて母と兄が到着。三脚やパソコン、服など多くの荷物を積んで、そしてわたしを助手席に乗せて佐賀市内まで運んだ。途中、わたしの友人が勤めるSCOL CAFEで買って来たというあんパンを兄が半分残しておいてくれたので、食欲がないながらも食べた。この上なくおいしかった。

実家に帰ってからは兄に運転してもらい、佐賀市内の整形外科へ。保険会社からも交通事故での受診の連絡を入れてもらっていたが、15時に着いてから1時間ほど経った頃、ようやくレントゲン、そして診察。先生は撮影後のデータを見せながら骨折であることを告げた。第2腰椎椎体骨折と胸骨骨折。年齢的にまだ若いこともあり、きちんと治療してあげたい、また、それには4~6週間の入院が必要とのこと。わたしは動揺した。

待合室で看護師さんから入院についての説明があり、MRI室へ。だいぶ長く待たせた兄も含め、もう一度診察室に呼ばれ結果を聞いた。

「入院の他に方法はありますか?」と一応尋ねてみる。
「それは別の方法もあります、数えきれないくらい。放置するという方法もあります」
医師の考える最もベストな方法は、やはり入院のうえ、整復して治すことだった。
わたしは力が抜けたように、とうとう観念した。勤め先の社員の方、仕事の関係者の方に一人ずつ電話をかけ、状況を説明し相談する。次の日から入院生活が始まった。

"Life is too short"

入院当日の朝、送ってくれた母が病室を出る際、「よかった、よかった」とわたしの肩を抱く。これまで、どれほど心配させただろうか。いよいよ痛いほど分かる。自分の体も車も傷つけたけれど、人の命に危険を及ぼすことなく、わたしがこうして生きているということは何か意味があるのだろう。そして、今回のことは偶然ではなく、自分の今後の人生を立て直すための導きだと思う。

入院生活1週間目は、仰向けまたは横向きでベッドから絶対に起き上がらないという治療。寝たきりの状態はこんなに辛いものなのかと思いながら過ごした。体の痛みがある中でZoom会議、デザイン業務、執筆業務、リサーチ案件の業務を休み休み、でも集中して進めた。チャットワークに入力したタスクが徐々に減っていく。そして意識は体に。きちんと食べること、ベッドの上で足を動かす運動を忘れない。「骨を作るぞ」と。入院前より鍛えて強くなるつもりだ。

入院7日目、ようやく上半身にギプスが巻かれ、歩けるようになった。足腰はそれほど衰えていなかったようで、順調に次のリハビリ期間に入れた。夜間や朝方の寝起きの時に激痛が走るが、昼間は徐々に座って仕事ができるまでに。担当の理学療法士さんが毎日病室に来てくださり、マンツーマンでリハビリ指導。教わったことは朝昼晩、続けている。

入院生活3週目の今、だいぶ背筋力がついて来た。2週目よりも長い時間机に向かっていることができ、わたしはここで一生役立つリハビリを教わった、と感謝の気持ちでいる。

2週目にたまたま観たNHKの番組「あさイチ」に、大好きな中谷美紀さんが出演。夫であるドイツ人のティロ・フェフィナーさんとの暮らしを紹介していた。家でも執筆など仕事の時間が多い美紀さんに、"Life is too short" 、仕事をするために生きるんじゃない、人生を楽しむために生きているんだ、と諭したという。まさに今の自分へのメッセージでもある。

本のある空間をつくったのは、人にも楽しんでもらいたいし、自分もそこに身を置き、本を通して新しい発見をしていきたい、そんな想いからだ。事故はその移行期間中の出来事だった。

ただ、こうして病室で過ごしている今、不思議と穏やかな気持ちでいることに気づく。友人や知人、家族は「あんたは忙しすぎた。少し休みなさいってことよ」と口々に言う。

最初の小さな願いもよそに働いた夏。「本を読みながらのんびりと過ごしたい」「冬にはゆっくりしてやる」という願いは、皮肉にもこんな風にして叶えられたのだと気づく。でも、最初の「小さな願い」を叶えることもあきらめていない。そのために十分な反省をし生活を改善する。そして何より大事だと思い知った自分の体。「長く使えるもの」にすべく向き合っていく。

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