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第12話 天幕の街

 季節性の体調不良ってありがちだよね。花粉とか黄砂とかのアレルギーは、社会問題でもあり、環境問題でもあり。暑いとダメな人もいれば、寒いとダメな人もいて、もう年中無休で誰かが体調不良。私はといえば、寒暖の差が激しい時期になると、蕁麻疹が出ちゃう。
 私のある友人は、梅雨になると酷い頭痛が起きるのが悩みだった。ほんとに酷い、起き上がれなくなるような頭痛なんだって。生活もままならないでしょ、そんなの。だから梅雨から逃げちゃうことにしたんだって。それで巡りあったのが、天幕の街だった。
 その天幕の街っていうのがあるのは、巨大な高原なんだって。一年を通してカラッとした気候で、元気に茂るのは乾きに強い灌木くらい。湿気が少ないぶん、雲も少ない。太陽があるうちは直射日光が厳しくて、夜になると放射冷却で容赦なく冷える。過酷な環境だよね。寒暖の差に弱い私には、ちょっと行けそうにないや。井戸も川もすぐ干上がっちゃうせいで、伝統的な水を追っての移動生活が今も息づいてるとかで、帆布みたいな頑丈な布を使った木枠のテントが、一般的な住居として用いられてて、織物が三度の飯より好きだっていう友人には、それも堪らないんだってさ。

 使っていた水場が枯れ始めると、天幕を畳んで撤収作業が始まる。昔は放牧の問題があったから、次の牧草地はどんな状況だとか、家畜の数はそろってるかだとか、いろいろとめんどくさかったみたいなんだけど、最近の主産業はITビジネスだから、ちょっとスケジュールを調整して、お引越し休みを取ったら、あとは端末を閉じるだけで準備完了。先遣隊が次の水場で、昔から大切に引き継いできた街の土台になるスペースの手入れをしに出掛けて、あとの人員は天幕を畳み始める。
 高原を覆っている灌木は枝が固くて棘だらけだから、天幕の用地に生え広がったぶんは、火で焼いて平らにしちゃうんだって。友人はその匂いが好きだって言ってた。梅雨が近づくと、現地の友だちに「次の引っ越しはいつになりそう?」ってメールを送って、引っ越しの野焼きに間に合うように出国するんだって。灰を鋤きこんで平らに均したところに、洗い立てでいい香りのする天幕をピシッと張って、それが風を受けてぼおぼお鳴るのを聞きながら、時差ボケ解消にするお昼寝ほど気持ちのいいものはないぞって、なんだか得意げだった。

 ちょっと気は引けたんだけど、ホテルもないようなところに泊まりに行ったりして、ご迷惑はかからないのかって訊いてみたんだけど、友人が云うことには、持ちつ持たれつなんだって。
 ずっと昔から、天幕の街には友人みたいなよそ者が、いつも数人はごろごろしていて、街の人は気が向くと仲よくなった客人を頼って外に遊びに行くのが習慣になっているそうで、今の儲けになってるIT関連のお仕事っていうのも、そういう外との繋がりで見つけたんだとか。なんだか、話の第一印象では閉鎖的な暮らしをしてるのかなって勘違いしちゃったけど、見かけよりも風通しはいいみたい。
 友人もそろそろ誰か呼んでやりたいなって言いながら、地元の観光地とか産業とかを調べだしたみたいでね。いいじゃん、お勉強になるじゃんって、なんだか微笑ましいんだよね。

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