「スペシャリストかゼネラリストか」の二項対立を超える
「スペシャリストかゼネラリストか」の議論はキャリアを語る上で昔からずっと繰り返されてきた。
これはある程度業界や業種を絞らないと抽象的すぎてあまり教訓を得ることができない。一例として私の所属する事務企画部門の話に引き付けるとどうなるだろうか。
経験則になってしまうが、事務仕事は7割が定型的で、そこまで深くない知識でも捌くことができる。一方、残りの3割は深い専門知識による判断が必要である。
例えば、たくさんの種類がある定型業務の中から1人1種類をひたすら担当してゆき、その他の社員は3割の専門的な業務を分担してやる構図だったとしよう。
これならば専門性の高い3割の仕事を1種類身につけることを目指すのは妥当な判断である。なぜなら、技術進歩が起こって自身の担当する1種類の定型業務が代替されると一気に失業者になるからだ。
ところが、現実はもうちょっと複雑だ。1人の人間に複数のスキルが宿るからである。
全体の3割にあたる専門的業務の1種類をひたすら極めたスペシャリストと、7割にあたる専門性の低い業務を10種類身につけているゼネラリストだと、どちらが良いかは甲乙つけ難い。
ゼネラリストがいれば少ない人数で全体のうち7割の業務をまず捌いてくれる。お陰でスペシャリストは残された3割の業務に対して持てる専門性を存分に発揮できるのだ。
組織がスペシャリストばかりになると、1つの課題を解決までもっていくのに縦割りで何人も関わる必要が出てくる。
その中にはスペシャリストにとって簡単すぎる業務もあるだろう。オーバースペックを起こしまくれば業務効率が下がるばかりである。
要するに、スペシャリストとゼネラリストの間に優劣はなく、ポジションをどこにとりますかという話なのだ。
物事を多角的に見て化学反応を起こしたければゼネラリストだし、特定の分野が得意でさらに極めたいのであればスペシャリストを目指すのも悪くない選択肢だ。
日本の場合、スペシャリストvsゼネラリスト論争は、「特定の業種で転職を繰り返す(スペシャリスト)」vs「大企業のジョブローテーション勤務(ゼネラリスト)」を言い換えただけだったりもする。
「大企業のジョブローテーションからどのタイミングで離脱するか」を悩んでいる時にこのテーマが気になってくるのだ。
この手の話は「これからの時代はジョブ型雇用が主流になるのだからスペシャリストになって転職によるキャリアアップを目指そう」という話に向きがちだ。
ただし、待遇アップを目指すのであればマーケットの大きさとも相談すべきである。高い専門性があっても、就職先のポストがなければ元も子もない。
「転職を繰り返して給料アップ」という夢に飛びつく前に、「自分は業界の中でどんなポジションを取りたいのか」をしっかりと見つめ直す方がよほど重要ではないだろうか。