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読書記録:猫だまりの日々 猫小説アンソロジー (集英社オレンジ文庫) 著 谷瑞恵 椹野道流 真堂樹 梨沙 一穂ミチ ねぎしきょうこ

【気まぐれな猫に愛され愛す日々は、心に陽だまりをくれる】


【あらすじ】

普段の何気ない人々にひっそりと寄り添う猫と紡ぐ陽だまりのような温かな日々。

『ハケン飯友』椹野道流

『最後の晩ごはんシリーズ(角川文庫)』でお馴染みの椹野道流の作品。失業した青年と人間に化ける猫とが、ご飯と晩酌を共にする。ほっこりすると心が包まれる優しさがある。


『白い花のホテル』谷瑞恵

『思い出のとき修理します(集英社文庫)』でお馴染みの谷瑞恵さんの作品。
不思議なホテルで巻き起こる小さな奇跡。
「ぼく」と「わたし」の2つの視点から語られる、猫と女性の幼き日々の想い出が心を打つ。


『猫町クロニクル』真堂樹

猫飼い放題の住宅地「猫町ヒルタウン」に住む、若い男女の物語。
「もしも死んじゃって、猫に生まれ変わったとしたら、どれだけ見分けつくと思います?」
切ない恋が胸を掻きむしる。

『縁切りにゃんこの縁結び』梨沙

猫が集まる縁結びの神社で起きた、人間同士の仲を取り持とうと奮闘する猫達の物語。
ちょっと雑然とした感じであるが、あっさりとした結末に清々しさが吹き抜ける。

『神さまはそない優しない』一穂ミチ

猫に転生した中年男性の一人語り。
後に猫へと生まれ変わり、妻に飼われることになった男の生活が描かれる。
関西弁のストーリテーラーの語り口が親しみを感じられる。

あらすじ要約

仕事を失くす青年と猫の心温まる交流、猫と再会する不思議なホテル、猫飼い放題の町と恋 、猫が集まる神社と友情、猫に産まれ変わる男といった猫にまつわる珠玉の短編集。

 
日々を齷齪と生きていく中で、毎日楽しい事ばかりが起こる訳がない。
何で自分がこんな貧乏籤を引くのだと、神様に見放されたようなツイてない日もある。
禍福糾える縄の如しだと、不運な自分を何とか励まそうと努力し続けるが。
そういう時に限って、些細なミスやトラブルが重なって、やりきれなくて俯いてしまう。
人生を悲観して捉えようとする時、足元に温もりに満ちた猫がじゃれてくる。
猫からしたらほんの気まぐれかもしれないが。
その温もりと手触りに、予想以上に癒やされて救われている自分がいる。

生まれ変わりがあるとするならば、猫になってみたいとも思う。
悠々自適に、街並みを掻い潜って、人間社会を猫の瞳で見つめてみたい。
その時、一体何を思うのだろうか?

人が死後、猫になるストーリーが多いのは、猫を通じた人との縁を感じる機会が多いからだろう。
猫に在りし日の想い出を語りかけ、死後にようやく気持ちが一つに通じ合う。
それがハッピーエンドなのかは、その人がどう思うか次第だろう。

世の中が最近、荒んでしまって、眼を覆いたくなる事件が増えてしまった。
ペットを虐待したり、餌をやらずに衰弱死させたり、動物を傷つける事を厭わない人が増えた。
言葉は発せなくても、動物にも喜怒哀楽の心がある。
人間が傲慢にも、鬱憤を晴らす捌け口にしていい理由など何処にもない。

そんな悲劇が起こっても、神様は無関心だろうか?
しかし、たとえ神様が優しくなくても。
弱さと不器用な優しさを抱えて生きる彼らのこれからの生き方はずっと、注目している。
もしかしたら、あらゆる身に起こる不幸は、自らの生活の歪さを改める為の、赤信号なのかもしれない。

他人と人生を共にするという事は、小さな積み木を交互に重ねていくような物である。
互いが思いやりを持って積み重ねなければ、すぐに崩れてしまう。
そして、神様は聖人君子ではない。
天使のような加護を与えてくれる時もあれば、悪魔のような非業を与える事もある。
だから、人間同士で争うのではなく、その欠落した部分を、人間同士で補っていくしかない。

猫になってみると、そういった人間の愚かさがまざまざと見えてくる。
猫が相手だからこそ言える本音があり、猫になったから見える景色がある。
いつか必ず死ぬとしても、出来る限り、今世で未練や後悔を清算させて、大切な人が生きているうちに、正直な気持ちを伝えたい。
輪廻転生して、猫になってしまったら、言葉を交わす事が出来なくなってしまうから。

猫に生まれ変わった人々が学んだ事。
一生で何も成し遂げた事がなくたって生きていても良いという事。
人間は様々な欲があるから、その欲によって、苦しめられる場面が多々あるが。
ただ、生きているだけで良い。
何気なく生きているだけでも、誰かにとっての生きる希望となる。
丁寧に生活していれば、いずれやりたい事が自然と見つかってくる。

この物語を読むと、実際に街中を歩く猫達に話しかけたくなる。
どんな感情を持っているのだろう。
どんな性格をしているのだろう。
何をしたら喜んでくれるのだろう。
その、ひと鳴きに人間に対して、どんな事を訴えたいのだろうか。
そんな興味関心と好奇心が沸々と湧いてくる。
猫は人より寿命が短くて、早く老いてしまう。
自分より先にいなくなってしまうのは、やりきれない虚しさがこみ上げてくるが。
それでも、刹那の関係だとしても、紡いできた絆は、永遠に宝物となって残り続ける。
大切な想い出は、ホコリを被る事なく、心に安らぎをくれる。

猫になれば、人間の時に掴めなかった幸福が待っている。
頭を優しく撫でられる心地よさ。
飼い主と戯れに、疲れ果てるまで遊んだり。
見返りを求めない無償の愛を受け取ったり。
包みこまれるような優しさが待っている。
生きる事は苦しい事の連続だが、どうせ生きるなら、笑って楽しく過ごしたい。

死んだ人が猫に転生したり、猫が人に化けたり、それが現実に起こるとしたら、なんて楽しい事だろうか。
別れても、巡りめぐって、また出会える運命はなんて素敵な事だろうか。
出会いと別れを繰り返しても、人と猫の生は、脈々と継がれていき、この世界でまた違った形で出逢う。
人と猫を遮る垣根はもうとっくに取り払われた。

甘えたかと思えば、気まぐれに離れていく。
そんな猫の小難しい心が理解出来た時、想像を越えた喜びがこみ上げて、愛しさが募っていく。
人生の悲喜こもごもを猫をパートナーにして体験して行けば、些細な日常に生きる活力が湧いて、自らの境遇に感謝出来るのかもしれない。

人々はそんな猫との些細な交流によって、思いがけず救われるのだ。












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