
西川 昌徳
「僕が子どもたちと旅する理由」
いつぶりかの無気力症候群を味わっている。
休んでいるという言い方もできるかもしれないけれど、罪悪感をどこかで抱えながらこの時間を過ごしてしまっているのだから、そうなのだと思う。
とはいっても、明日からは子どもたちとの旅の準備とスタートのために走り続けないといけない現実が待っているので、その日々と決別するためにいきなりこうして文章を書きたくなったのかもしれない。
「思う」とか「しれない」とか自分
社会のために生きるってなんだろう。
社会ってなんだろう。
社会人ってなんだろう。
社会の役に立つ人間になるってなんだろう。
昔はそこになんらかしら答えを持っていたかもしれない。
けれどそれは自分のなかから生まれたものといよりかは、学校に行って、まわりの人から言われたり自分でも言ったりしながらカタチづくられてきた何かなのかもしれない、なんてネパールに行っていて思った。
ほんとに単純に思ったの、自分が村で時間をともに過ごしたネパール
親友が旅立つ前に語った映画を観てきた。
37seconds
「ひとりだってできるよ!ほんとはお母さんがひとりになれないだけなんでしょ!」
これが役者さんが演技しているんだということを忘れていた。となりにいる人に自分の嗚咽は悟られていただろうか。
脳性マヒで車椅子生活を送るひとりの女の子が自分の人生を歩みはじめる瞬間を描いた映画37secondsを観てきた。
神戸で観たんだけれど、観客はわずか10人ほどだった。映画館を出たときしばらく
自分の表現がネット上で否定されたときに持つべき心がまえ。
先日、僕世代なら誰もがよく知っているバンドのミュージックビデオを作っているひとと話す機会があった。3、4年前に一度食事をご一緒することがあってから、また一緒になにかをできればいいなと僕が勝手に心を寄せていた方だ。
一度お会いしてからは、SNSで活動を一方的に見させてもらっては、
「新しいMVが完成しました」と出ているリンクをクリックして、そこから流れてくるずっと変わらない、あの歌い方で僕を安心さ
僕がフリーコーヒーをはじめたワケ。
企画書をつくり授業を担当する学校とスポンサーに説明する。
現地からテレビ電話で授業をする。
何月何日にはどこにいて、そしてどこから帰国する。
僕が自由を感じていた自転車旅は、いつのまにか、がんじがらめなものになっていた。それは確かに社会では必要なことなのかもしれないけれど、すでに僕の旅ではなくなっていた。それをごまかすために、これが僕の人生での役割なんだと言い聞かせていたのだ。僕はアメリカ大陸縦





