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想像 偶像 それだけでは物足りないから

なぎ
悲しいくせに
強がりばかりを
吐き出してしまうのは
いつの日にか逢いたい証拠
giavitation angela

4ヶ月前から、タイトルと歌詞を引用だけして、そっとしていたこの下書きを、やっと使える日が来た。

当然のようにアニメは見てない。

歌を歌として好きで、歌詞に共感して、特に、この引用部分、悲しいくせに強がりばかりを…のくだりは、何度聞いても涙が出て出そうになる(泣けない性分のなので、泣かないが)。

最初は、北とのことを書こうと思い、実は何回か書いて、そのまま削除したりした。

好きな人のことを書くか、とすると、全く文章が浮かんでこない。

今回、この本を読んで、タイトルだけ変えて、やっとこの歌を、私のnoteで使える日が来た。

何回も言うが、私はグイン・サーガを読んでないし、後年、しかもかなり早い段階、終わりのないラブソングくらい、はっきり言うと、彼女が舞台に手を染めた頃から、彼女の小説に違和感を感じるようになった。

魔都ノートで、自分は小説を書くためでなく、芝居をするために生まれてきた、小説は代替え行為だったと書いていて、心の底からがっかりした、と言うこともある。

中島梓名義の本は、どうしても気になり買い続けたが、小説は図書館で済まし、あれほど好きだった魔界水滸伝も14巻だけ残して手放した。

14巻を残したのは、私の10代の時の片思いの相手であった北斗多一郎が、最愛の伊吹涼と幸せに過ごすが、それはクトゥルーの見せた妖しい幻想であった、と言う回。

最初は強く拒むが、次々と襲いくる幻想の果てに、この甘い毒に、そうと知って溺れようかと惑う。

幻想に絡めとられる様が、現とまやかしを行ったり来たりする自分を重ねてしまい、捨てられなかった。

しかし、この本を読むと、栗本薫は、もともとの性質として、そうであったようだ。

中島梓という基本人格があり、栗本薫が小説を書く、そんな役割りだったと。

しかし、この本はさまざまな人からのインタビューで成り立っているが、中島梓/栗本薫だけではなく、もっと沢山の人格、もしくは性格が彼女の中にはあり、結局はその事で彼女を作家として大成させもしたが、個人としては大変不幸で、周りも巻き込んで、たった1人の人間の一生と考えたら、より不幸に近いのかも知れない。

しかし、1人の男性にあれだけ思われ、批判も多いがそれ以上の熱狂的なファンもいて、また、明治大正の文豪と比較しても、人が歴史に残るには、何かしら私生活の犠牲は必要なのか、としか思えてならない。

特別な人。

物語る為だけに、生を受けた人。

私はネットでの彼女の活動は頑なに見なかったし、舞台も見てない。
音楽は、魔界水滸伝のイメージアルバムが出た時触れただけだ(LPとCD両方買ったけどな)。北斗多一郎のテーマと夏姫のテーマだけは、今も忘れない。

そんな、浅いファンである私にすら、やはりこの人は、特別、別格、神に選ばれた人なのだな、と確信させる。

栗本薫/中島梓全集に、古い作品をまとめたものが多数あるので、その辺りを読み、エッセイ(ぜんぶ持ってるが、中島梓名義の唯一の小説や、母親の育児日記など入ってる)、魔界水滸伝(全集12000円するから悩むが)、そうして、栗本薫のアイデンティティである、グイン・サーガを読んでみようか。

巡り巡り、私は、やはり彼女の作品に帰るのか。

時こそを小説のテーマの根底にしていたという栗本薫。

時を超えて、私はまた、その世界に飛び込もうとしている。

14歳のあの夏、母のコレクションルームでその名を初めて知った時の衝撃と衝動が、私を再び捉えている。

その作品群はは、もう更新されることはないけれど膨大だから、私の残りの人生をかけてゆっくり読んでいけばいい。

あなたを知る為に、この本や、今岡清の本を読む読んだけれど、あなたの本に、あなたはいるのだろう。今も。

ゆっくり帰ろう。

途方もなく壮大で悲壮で華麗で醜悪で、そうして悲しい世界へ。

まるで、果てない恋をしているようだ。

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