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建設現場の熱中症を減らしたい!ポーラ化成工業の「熱中症リスク判定AIカメラ」プロジェクト

化粧品大手のポーラ・オルビスグループで研究開発や生産を担うポーラ化成工業株式会社(以下「ポーラ化成」)は、DUMSCO・豊田工業高等専門学校と共同で、撮影した顔の画像などから熱中症のリスクを判定できる「熱中症リスク判定 AIカメラ」を開発し、2023年9月現在では建設現場での実証実験を行なっています。 

私たちDUMSCOが建設現場向けカメラのシステム開発を担っている本プロジェクト。
共同研究のきっかけや目指すビジョンについて、ポーラ化成工業フロンティアリサーチセンター副主任研究員の笠原薫さん(以下敬称略)にインタビューを行いました。

ポーラ化成工業フロンティアリサーチセンター副主任研究員 笠原薫さん

――化粧品研究開発の会社というイメージが強いポーラ化成工業が、どうして熱中症に関する研究開発をするに至ったのでしょうか? 

笠原:大きな理由が2つありまして、一つは私たちが新規事業創出を目指しているということです。
ポーラは創業から90年以上、皮膚科学研究や顔の解析などを行ってきたなかで、 肌の悩みを解決するだけではなく、もっと視野を広げて人々のウェルビーイングに貢献したいという考えのもと、新たな領域での事業展開を模索しています。 
 
そこに豊田工業高等専門学校(以下、豊田高専)との出会いがあったというのが二つ目の理由です。豊田高専の早坂・大畑研究室が、顔から熱中症リスクを判定するAI開発の基盤研究をされていて、そのプレゼンテーションを我々が拝見する機会があり、顔を用いて人々の健康課題を解決するという非常にユニークなアプローチをされているということを知りました。 

そこで、私たちと連携させていただくことで、事業化への展開やさらなる研究開発に繋げられるのではと考え、このプロジェクトが走り始めたというのが共同研究開始の経緯になります。

熱中症リスク判定AIカメラの判定イメージ(提供:ポーラ化成工業)

――高専の学生さんたちが研究されていた内容を、ポーラ化成工業といういわゆる大企業が注目して共同研究に至るというのは、世の中的にはあまり無いことなのかなと思いました。

笠原:そうですね、私たちポーラ化成工業という会社は、既存のやり方にとらわれずに「当たり前じゃないことをやろう」という考え方が根強くある会社なので、その色が出ているかもしれません。
化粧品業界では大学との共同研究はよくある話ですが、視野をさらに広げて高専さんと連携した取り組みを進められているというのは新しい事例かと思います。 

――弊社(DUMSCO)にお声がけいただくに至るにはどういった経緯があったのでしょうか?
 
笠原:弊社のビジネスパートナーの方がDUMSCOさんのことをご存知で、紹介いただいたというのが最初のきっかけです。 
熱中症リスク判定AIカメラの開発を実現させるにあたり、私たちは化粧品開発を得意としているものの、AIのシステム開発や通信周りの技術にはノウハウがなかったため、その分野に大きな力を持っていらっしゃるDUMSCOさんが非常に魅力的に映りました。 
また、この熱中症リスク判定AIカメラを真っ先に届けたい場所として、とくに熱中症課題が深刻化している建設現場の作業員の方々を想定していたので、建設業界にすでに事業展開をされているDUMSCOさんと力を合わせれば、より良いものが作れるんじゃないかと考えたのが、お声がけさせていただいた経緯です。 

――開発を進める中で、苦労した点やとくに着目した部分はどういったところでしょうか? 

笠原: 一番は、非常に短期間で建設現場での試験ができるデモ機を作り上げることに苦心しました。昨年2022年の秋頃にプロジェクトが走り始めて、そこからおよそ半年間という短い期間で実証実験まで持っていきました。
 
その中で、雨風にさらされたりホコリが飛んでいたりする建設現場の過酷な環境でも、一定期間使用し続けられるようなタブレット端末の選定が難しかったり、デモ機を組み上げた際に、現場では熱中症リスクの判定結果が思うように出なかったりといったハードルもありました。 
そうした際にもDUMSCOのエンジニアの皆様が、迅速かつ細やかに課題の発見と改善を繰り返し行ってくださって、開発を進められてきました。 

実証実験イメージ(提供:ポーラ化成工業)

また、デモ機を使って実証実験させていただける建設現場を見つけるのも苦労しました。 
「化粧品会社が建設現場の熱中症対策について研究開発している」と言われても、最初はピンと来ませんよね。

――たしかに、パッと聞いただけでは関連づけしにくいですね。
 
笠原:認知度が全くないところからのスタートでしたので、プレスリリースを打ったり、 業界団体さんにご説明に上がったり、建設会社さん各社に、1社ずつ面談に伺って交渉したり、様々な方法で連携先を探しました。
その結果、今年の夏に建設会社3社で実証実験をさせていただける運びとなって、大変ありがたく思っています。 

――建設業界の方々からは、お話を持って行った際にどのようなリアクションがありましたか? 

笠原:どの会社さんに伺っても「顔の表情から熱中症リスクを判定する」というアプローチが非常にユニークだという反応をいただきました。同時に、本当にそれで熱中症リスクがわかるの? と半信半疑でもあったと思います。 
そういったリアクションを受けて、私としては内心ガッツポーズをしていました。「これは新しいものが世に出せそうだな」と。 

――たしかに、人の肌や顔について長年研究して来られたポーラ化成さんならではの観点ですし、これまでにないアプローチですよね。実証実験の進捗や使っていただいた現場の声はどうですか? 

笠原:まさにこの夏、現在進行形で実証試験を続けています。 
良い点ですと、「顔をかざすだけで速やかに計測できる」というのは非常に簡便で誰でもできますし、結果も「危険」「警戒」「注意」の3段階でわかりやすいというお声をいただいています。
また、顔をかざして今の熱中症リスクを知るという体験自体が、自分の体調について考えるきっかけの一つになっているそうです。測ることで「今日は水分を多めにとっておこうかな」と体調を気にかけるようになり、健康意識が高まるという感想もいただいて、それも面白い価値なのではないかと思っています。

熱中症リスク判定AIカメラの判定結果画面(提供:ポーラ化成工業)

一方で、建設現場はヘルメットを被っている方が多く、顔に影ができると測定結果が安定しづらいという問題もありました。実証実験をすると建設現場特有のリアルな課題が色々と分かってきたので、今後改善していきたいです。 

――従来の建設現場での熱中症対策はどのように行われているのでしょうか?
 
笠原:これまでは、その日の気温に応じて現場の職長さんが声掛けをして積極的に水分補給を促したり、主観評価の体調チェックシートを各自提出したりして、異変を感じたら休むようにするといった対策を取られているとのことです。 
そういった努力も非常に有効ではありますが、それだけだと熱中症の兆候が見落とされてしまったり、なかなか対策が行き届かなかったりするので、熱中症リスク判定AIカメラを導入していただくことで、新たな価値を提供できたらいいなと思っています。 
 
――この夏、TVなどさまざまなメディアから熱中症リスク判定AIカメラの取材が入っていましたが、ここまでの反響は予想されていましたか?

笠原:正直、予想以上の反響でした。ポーラ化成の新しい領域でのチャレンジに対して世間からここまで反応いただけるとは思っていなかったのでありがたいです。メディアを通して、建設業界の方や社会全体にさらにこの共同研究について伝えていけたらと思っています。

――今後の開発はどのように進めていく予定ですか?
 
笠原:今後は、建設現場の皆さんにより使っていただきやすくなるように、熱中症リスク判定AIカメラを改良する段階に入ります。 
まずは今回の実証試験を通じて、どこが使いやすくて、どこが使い勝手が悪かったのかという現場の声を丁寧に集めたいと思っています。
その次のステップとしては、見出された改善点についてDUMSCOさんとも一緒に知恵を絞りつつ改良して、来年の2024年夏にはより多くの現場でお使いいただけるように、パートナーの皆様と開発を続けていきたいと思っています。 

建設現場での実証実験の様子(提供:ポーラ化成工業)

――このプロジェクトで、ポーラ化成さんが描くビジョンはどのようなものなのでしょうか?
 
笠原:日本全国で熱中症の救急搬送がかなり増えている現状があるので、まずは建設現場の方にターゲットを絞ってより多くの現場で熱中症リスク判定AIカメラを使っていただき、ひとりでも熱中症になる方を減らせたらと思っています。
さらには建設現場以外でも、例えば鉄や熱いものを扱う工場や学校など、熱中症問題が起きている様々な現場に向けて、その場所で使いやすい形に合わせてこのカメラをお届けして、社会全体の熱中症発症者数を減らす一助になれればと思っています。
 


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