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「女性にとって”愛”が足枷でなくなる日まで、わたしたちは悩み、立ち止まり、泣いたりお酒を飲んだり、友達に慰めてもらったりしながら、前に進みつづける。」ーー山内マリコさんによる、仏コミック『クレール』あとがきを全文公開。

 仕事をして、結婚して、子育てして。そんな「普通」の幸せはどこ? 現代女性の悩みを総括した話題のフレンチ・コミック『クレール パリの女の子が探す「幸せ」な「普通」の日々』。本書の巻末に寄稿していただいた山内マリコさんによる、女性たちが勇気付けられるあとがきとともに、本書の内容をちょっぴりご紹介!

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■あとがき■

 クレールは、わたし。そしてあなただ。人種や職業といったディテールは違うかもしれないけど、ほとんど同じ。30代の女性が抱える悩みに国境無しとはいえ、憧れのフランスすら、パリジェンヌですら、ここまでそっくりなのかと驚いた。なぜならフランス人は、成熟した人間性と個人主義という、日本人とは真逆の国民性によって、大いなるお手本として君臨してきたから。実際、書店のライフスタイル本の棚で、マジカル・フランス人は一大コーナーを形成している。彼らは愛さえあれば事実婚(PACS)で子供をどんどん産み、出産年齢も気にしていない。てっきり、そういう自由な感じなんだと思っていた。

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やっと長続き出来るパートナーと出会えたと思った矢先、フラれてしまうところから物語ははじまります。


 『クレール』は、ユーモラスで洗練された線と、一人の女性が遭遇する他愛ないエピソードの連なりによって、現代女性をとりまく問題の核心を見事に掬っていく。妊娠の確率に脅かされ、美化された母性愛は無言のプレッシャーとなり、普通なんてないんだと言い聞かせながら、結婚や子供といった「普通の幸せ」を得られないことに失望してしまう。SNSが普及した2010年代、フェミニズム第4の波によって白日の下にさらされたそれらの気づきを、著者のオード・ピコーは「よし、いったんまとめてみましょうか」とばかり、手際よく総括したような一冊だ。

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健診で妊娠についての確率を診断されるクレール


 クレールは新生児医療の現場で看護師として働く32歳。仕事ぶりは素晴らしい、けれどそれだけじゃもの足りない日々を送っていて、彼女は愛のある生活を渇望している。もしかしたらアムールの国フランスは、日本よりも恋愛面の充実に対するプレッシャーがはるかに強いのかもしれない。真実の愛を見つけてこそ素晴らしい人生であるという、強固なイデオロギーが浸透しているのだろう。
 ここでいう真実の愛とは、死んでもいいと思える激しい恋ではなく、思いやりのある男性との何気ない日常のことだ。クレールはたびたびそんな妄想をしてしまう。当たり前の暮らしを。やさしいパートナーとともに送る。二人の間には可愛い赤ちゃんがいて、彼は離乳食を作ろうと申し出たり、休日には赤ちゃんを見てくれたりする……。
 だけど、そんなのは夢のまた夢だ。なぜならクレールのまわりにいる現実の男性たちはおよそ“家庭的”とは無縁なのだから。セックス目当てで、妻と子どもには我関せず。父親は家のこととなると草刈りしかできない。「めそめそするな! 女じゃあるまいし!」「だから女の子はバカなんだ」といった女性蔑視的な発言も多い。対する女性もなかなかに古風で、友人は「女は男が自信を持てるようにはげまさなきゃ」とクレールにアドバイスする。まるでそれが、賢い女の愛されるコツみたいに。

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パートナーとしてやっていけそうと思われた男性フランクに出会えたクレールだが、その価値観にはズレが。フランス人男性も意外と考えは古い??

 つまり、男は仕事、女は家庭。その大雑把な役割分担から派生するさまざまな性質の違いが、男女のミスマッチの元凶であり、溝をどんどん大きくしている理由なのは明白だ。けれどその価値観は、いまだに守るべき規範であるかのように居座っている。
 クレールは、友人が訳知り顔で放ったアドバイスにこう切り返す。
「ふううん。つまり、いつも演技しろってことね」

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 彼女は正直だ。自分に嘘をついたり、ごまかしの関係なんていらないと思っている。そして、母親世代と「同じ轍は踏みたくない」とも思っている。ああ、クレールは、やっぱりわたしだ。そして、あなたなのだ。
 この本は、35歳になったクレールの新たな一歩で締めくくられる。さり気ない仕掛けが利いたラストシーンに、思いがけず生きる勇気がわいた。
「リスクをとる人は必ず報われるものよ」
 そうであってほしいな。ううん、そうでなくちゃね。

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物語の終盤で、クレールは妊娠。悩む彼女に友達が掛けた言葉が心にジンワリと響きます。

 わたしたちはみな、進歩のプロセスにいる。女性にとって“愛”が足枷でなくなる日まで、わたしたちは悩み、立ち止まり、泣いたりお酒を飲んだり、友達に慰めてもらったりしながら、前に進みつづける。

――山内マリコ

山内マリコ・・・作家。1980年富山県生まれ。 2008年「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。12年に刊行されたデビュー作『ここは退屈迎えに来て』は映画化された。主な著書に、16年に映画化された『アズミ・ハルコは行方不明』(幻冬舎文庫)、『あのこは貴族』(集英社)、『メガネと放蕩娘』(文藝春秋)、『選んだ孤独はよい孤独』(河出書房新社)など。最新刊は『The Young Women’s Handbook ~女の子、どう生きる?~』(光文社)、『山内マリコの美術館は一人で行く派展』(講談社)。

※上記挿入されたイラストは、編集部判断で本文より引用、イラストに関する補足もDU BOOKSが加えています。

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