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~ある女の子の被爆体験記20/50~   現代の医師として広島駅で被爆した伯母の記録を。”救護所3“

(ノブコは、広島の町を歩き回った。へとへとになって倒れていたところを兵隊さんに助けられ、救護所へついた。)

ノブコの焼けた靴

兵隊さんは、ノブコにちょっとそこで待つように言って、どこかに行ってしまった。ノブコはガレキの上に座って、乾パンを缶から一欠片だけ取り出してふたを閉じた。お腹がとても空いていた。そして、一欠片を口に入れ、噛まずに溶けるまで口に含んでいた。眼を閉じて乾パンの甘さを感じながら、眼鏡の兵隊さんに会えた偶然に感謝した。
「待たせたね。探し物してたんでね。君、足を出してここへ置いてごらん」
兵隊さんは幅の広い紐を何本か手に握っていた。そしてノブコの足を靴ごと紐でグルグルと巻き、足の甲の部分にぎゅっと結び目をつくった。
「靴は厚く巻いておかなくちゃな。しばらくは、これで大丈夫だろうよ。
ようし、君の靴はこれで一丁上がりだ。
なぁ、足には注意しなくちゃいけないよ。この辺の線路はまだ火傷するくらい熱いから、ゴム底なんか、またすぐに溶けてしまうから。地面だって火がくすぶっているし、熱くなっているところがある。熱くなくたって、ガラスやら釘やら、足に刺さらないように歩くのだけでも大変なものだ。足をケガしたら、どこにも逃げられなくなる。靴ってものは、大事なんだなぁ
兵隊さんの牛乳瓶の底のような眼鏡から、汗の雫が落ちた。
 真っ黒な町の中をふたりで歩きはじめると、あっというまに小さな橋の前に着いた。
ノブコは橋の下を見ないように、兵隊さんの背中だけをじっと見ていた。兵隊さんは、ノブコの手をとり、橋を一緒に渡り、渡った後もしばらく寺町の辺りまで付き添ってくれた。
「僕が行けるのはここまでだ。なぁ、ノブコちゃん。実はな、僕だって、本当は途方に暮れていたんだ。僕は、本当にちっぽけな人間なんだ。爆弾に家を焼かれてしまって、家族も見つからなくなってしまったんだ。そうなんだよ。そうしたら、だれだって投げやりになってしまうだろう。嫌になってしまうだろう。それが、僕だ。
だけど、今は、僕の目の前にある、出来ることをすると決めたんだ

ノブコちゃん、君と一緒に歩いていたら、そう思えてきたんだよ。正直なところ自信は無いんだけどな。できれば僕も、心を強く持ってがんばりたいと願う。僕は、出来ることをがんばるぞ。だから、君もがんばれよ。さぁ、ノブコちゃん。一人で土橋のおばあちゃんの家まで行くんだ。いいか」
言葉が、ノブコの喉から流れ出た。
「はい。わたしも、わたしも、がんばります」
「ようし。おばあちゃんの家まではもう少しなんだろ?頑張れよ。もしもおばあちゃんに会えなくても、無理は絶対するな。ちゃんと呉の家に、帰るんだぞ」
「はい。あのう、本当に、ありがとうございました」
ノブコは深々とお辞儀をした。
「じゃあな。気をつけてな」
「はい。兵隊さんも、気をつけてください」
眼鏡の兵隊さんは片手を上げて大きく横に振り、来た道に戻っていった。その姿が小さくなって見えなくなるまで、ノブコはじっとみつめていた。

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