誤解の多い鉄欠乏性貧血

今までいろんなアスリートから相談を受けているのですが、貧血に関して様々な誤解が世にはびこっているなと感じていたので、今回は貧血とその治療方法についてお話しします。

貧血(鉄欠乏性貧血)は赤血球不足

貧血とは酸素を運搬する赤血球の濃度が減少している状態を指します。 はたらく細胞のメインキャラでもある、あの赤血球です。

  貧血の診断には、一般的ヘモグロビン濃度(Hb)を元に判断され、臨床上では、男性ではHb値13.0 g/dl未満,女性では12.0 g/dl 未満を貧血と診断します。 女性の方がHb基準が低い理由は、女性は毎月の月経によって血液を一定量喪失しているため、全体的にHb値がやや低めになる傾向があるからです。

貧血の原因は様々ありますが、大きく以下の3つが挙げられます。

  1. 材料が足りていない:鉄欠乏性貧血、サルコペニアなど

  2. 製造工程に問題がある:白血病、葉酸欠乏、腎性貧血など

  3. 損失が多い:外傷、出産、月経過多など

この中でも1,の材料不足が最も頻繁にみるタイプの貧血で、鉄欠乏性貧血と呼ばれます。

さて、ここからは今まで私が触れてきた、貧血に関する誤解を解消していきます。

誤解1. ヘモグロビンは正常だから貧血の心配はしなくていい
訂正1. 潜在性鉄欠乏に注意

このヘモグロビン(以下Hb)ですが、主な材料は鉄分です。 鉄がもつ、酸素と結合するという能力は酸素運搬に非常に都合がよい性質ですので、人間以外の生物でも鉄分を赤血球の材料に使っています。

人間の体は鉄分を効率よく排泄する機関は備わっていないため、ほとんどの鉄は体内で再利用されています。しかし、再利用率も100%ではないため、日々の生活で少しずつ鉄分は喪失していきます。 この不足分の鉄は、基本的には食事から摂取した鉄分で補われます。それでも不足する場合は、肝臓にある鉄専用の貯蔵庫から補われるようになります。ですので食事摂取が不足したとしても、一定期間はこの貯蔵鉄からHbを生成できるため、貧血の症状としては現れてきません。

しかし、この貯蔵鉄も使い切ってしまうと、材料が不足してしまい血液工場で赤血球を作ることができません。そうすると新しい赤血球が作られず、貧血として様々な症状が出現してきます。ここで初めて貧血と診断されます。

この貧血に至ってはいないけど、貯蔵鉄が減少している状態はいわば、鉄欠乏性貧血の予備軍です。一般的な採血ではこの貯蔵鉄を計測することはほとんどなく、Hbのみの場合が多いのですが、このような貧血の予備軍である鉄欠乏状態の人は潜在的に多くいると見積もられています。

2008年の国民調査では女性の40%以上がこの潜在的鉄欠乏であったと報告されています。 「私はHb正常だったから貧血とは無縁」とは言い切れないのです。現段階で症状がなくても、鉄不足状態かもしれません。  


誤解2. 毎日運動して健康な生活を送っているから大丈夫
訂正2. アスリートのほうが貧血のリスクが高まることも

運動をされている方は食事にも意識を向けている方が多いでしょう。事実、糖尿病や脂質異常症などの生活習慣病は、アスリートのほうがかかりにくいと言われています。

しかし、貧血に関しては、むしろアスリートのほうがリスクが高くなる場合があります。なぜなら特定の競技は貧血の危険性をより高めてしまうものがあるからです。

一つは足裏からの喪失です。足裏を強く叩きつけるスポーツでは、その衝撃で赤血球が破壊されています。このため、ランニングや剣道、バスケットボールなどでは貧血のリスクが高くなります。

2つめの特徴は体重コントロールがある競技です。後述しますが、貧血の予防は基本的に食事摂取です。しかし、競技によっては体重コントロールをするために食事量を減らす必要が出てきます。このように食事を減らす必要がある審美スポーツ(体操、フィギュアスケート、バレエ、シンクロなど)や体重階級があるスポーツ(柔道、レスリングなど)では貧血のリスクが高くなります。

アスリートにとって、貧血は死活問題です。そもそもとは、貧血とは赤血球の不足が病態です。そして赤血球の役割とは、筋肉を含む全身の組織に酸素を運搬することです。運動中は筋肉を激しく動かすため、筋肉の酸素需要が増加しますが、ここで赤血球が不足すると筋肉に運ぶ酸素が間に合わないため、筋肉は本来の力が発揮できません。 事実、ヘモグロビン濃度と競技パフォーマンスは密接な関係があり、ヘモグロビン濃度が低いと競技パフォーマンスは著明に低下します。このためアスリートにとっては貧血はできるだけ避けておきたい状態です。

これに加えて、女性アスリートは月経による血液の喪失があるため、さらに貧血の危険性にさらされていると言えます。

誤解3. 鉄サプリを一気に飲んだから大丈夫
訂正3. 一度に吸収できる鉄分の量には限度がある

さて、鉄欠乏性貧血/鉄欠乏の治療法はいたってシンプルで、鉄分を食べ物から補う方法です。 しかし、残念ながら鉄分は本来非常に吸収効率が悪い成分です。というのも、身体にとって鉄分は本来有害物質であり、過剰に摂取すると毒性が出てしまいます。そのため、身体は常に血中濃度をモニタリングしており、貯蔵鉄量が減れば吸収を促進し、貯蔵鉄量が十分であれば吸収しないように調節しています。 この調節機能のため、一度に大量摂取したとしても体内には吸収されません。鉄分の補給の肝は、適量をこまめに食べることです。

 

誤解4. 鉄分はとにかく肉!肉!
訂正4. ベジタリアンでも工夫すれば鉄分は十分に取れる

食事から摂れる鉄分は大きくヘム鉄と非ヘム鉄の2種類に分けられます。
ヘム鉄は動物の肉や内臓、非ヘム鉄は野菜や海藻に含まれている成分です。

先述の通り、鉄は吸収効率が悪い成分ですが、この中でも非ヘム鉄はヘム鉄と比較してもさらに効率が悪くなります。 時折、ネットで調べると、非ヘム鉄は食べてもたった2%しか吸収されない、と書いてある記事がよく紹介されています。しかし、これには大きな誤解があります。

非ヘム鉄は、貯蔵鉄の状態と、一緒に食べ合わせた成分によって吸収率が大きく変動します。実際のところ、吸収率は2%〜20%の中で変動することがわかっています。 すなわち、たとえベジタリアンの方でも、工夫すれば非ヘム鉄の吸収効率を改善できるのです。

ヘム鉄のほうが吸収効率が良いのは事実ですが、動物性食品を食べすぎると脂質過多に陥りやすくなります。動物性と植物性を上手に組み合わせるようにしましょう。

誤解5. とにかく鉄分を食事から取れば問題なし
訂正5. 食べ合わせによっては吸収が阻害されてしまう

ただでさえ吸収効率の悪い鉄分ですが、何と一緒に食べるかによって吸収効率が大きく変わります。よって鉄分摂取には食べ合わせが鍵となります。

過去の研究で、ビタミンCと併用すれば吸収率は上がり、タンニンを含む野菜や緑茶、シュウ酸カルシウムを含む食品と併用すれば低下することがわかっています。これらを考慮すると、鉄欠乏/鉄欠乏性貧血のアスリートの方は、以下のことに注意しながらお食事を楽しみましょう。

  1. 食事はゆっくり摂り、茶・コーヒーは食事から1時間程度あけて飲む

  2. 新鮮な果物、野菜などビタミンCが含まれた食材を使う。

  3. ミルク、チーズ類は食事としてではなく、間食で摂る。

誤解6. 貧血の治療法は鉄分補給のみ
訂正6. 月経や血便が原因の時もある

基本的には貧血は鉄の補充で治療されることがありますが、女性の場合、月経過多による大量失血が根本原因のケースもあります。この場合は婦人科で適切な治療を受けることで改善できます。 また消化管出血による血便や下血による貧血も認められます。この場合も専門家による診察と診療が至急必要なケースです。

誤解7. ヘモグロビンが正常に戻ったから治療終了!
訂正7. 貯蔵鉄の回復まで鉄分は摂取を続けて

先述の通り、貧血に陥った場合は体内に貯蔵されている鉄分も空っぽになっている状態です。貯蔵鉄の回復にはある程度時間がかかるため、鉄分摂取でHbが改善した後も、しばらくの間は鉄分摂取を継続してください。

まとめ
・貧血じゃなくて鉄欠乏の場合もあり得る
・アスリートは貧血のリスク高め
・鉄分はこまめに摂り、食べ合わせも気をつける
・女性の場合は月経調節で改善することも  


引用文献:わが国における鉄欠乏性貧血の全体像 病気が見える 血液・免疫 厚生労働省:https://www.ejim.ncgg.go.jp/pro/overseas/c03/07.html

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