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「嘘を愛する女」岡部えつ

 脳脊髄液減少症による3週間の入院生活明け、退院日翌日に、市役所を訪ねた。娘の通うデイ・サービス関連の書類を提出する妻にリハビリがてらついていったのだ。不登校中の娘も一緒に。

 いろいろ相談事もあるので市役所に着いてから別行動し、何件か用事を済ませた後、福祉課に。入院での休職で給料が減って、今後も復職可能かどうかは未定といったこと。妻の職場復帰は可能だが、私の今後の収入次第ではどうなるか、といった話。

 傷病手当の説明や、今後は妻の方の扶養に入るとか、私の収入が安定するまでは生活保護を視野に入れては、などの話を伺う。

 その後、妻と娘と合流し、市役所の隣にある、図書館を含めた総合施設へ。同じベンチに奥深く腰掛けた二人だが、娘は足が地面に着くのに、妻は足をぶらぶらさせていた。

 著者に金が落ちないことを気兼ねして、長らく図書館を利用していなかった。そうも言ってられない状況のため、あまり荷物にならない程度に本を借りる。入院中に書いた記事にも名前を出した岡部えつさんの著作を検索する。大量の貸出マークがついていた。借りれる分を借りる。

 翌日となる今日、娘が激しい目の痒みを訴えるので、再び3人で外出。以前通った眼科は休診日だったので、隣の駅前にある眼科へ。予約優先で混み合っていたため、待ち時間の間に「嘘を愛する女」を読み終える。

 久しぶりに読む「紙の本」に出てきた男性は、小説開始早々くも膜下出血で倒れて病院に運ばれていた。先述の市役所職員も、脳出血で倒れて入院した過去があり、私の話す脳脊髄液減少症の病状説明もよく理解してくれた。後遺症か、足を引きずっておられた。

 5年間付き合っていた男性の素性は全て偽りだった。主人公・由加利は植物状態になった恋人・桔平の勤め先に連絡すると、「そんな人はいません」と冷たく言い放たれる。由加利は探偵を雇い、なおかつ自身で大胆に行動して、桔平が本当は何者であったかを突き止めていく。

 一歩間違えば私も桔平のように植物状態になっていたかもしれない。書き残した小説を残された家族に読まれていたかもしれない。そんなことを思いながら読んでいるうちに、由加利に隠れて桔平が書いていた小説の内容の真相に触れて、涙が流れた。幸い花粉症に苦しむ患者の多い眼科の中であるから、誰にも気づかれることはなかった。長い待ち時間の間、疲れが出たのか妻は眠りこけていた。娘は藤本タツキの短編漫画集「22‐26」を読んでいた。

 眼科を出た後、近くのスーパーで買い物をする。親子定番のいつものやり取り。この3週間は決して訪れることのなかった、何気ない日常。妻の夜勤が開始されれば、このようなゆったりとした時間もなかなか取れなくなる。

 まだ重い物を持てない私のために、買い物の荷物は妻と娘が分け合って持ってくれた。疲れて口数の少なくなった二人の後ろをゆっくりと歩きながら、先程読んだ「嘘を愛する女」の各場面を思い返していた。

 3週間の不在くらいなら、すぐに取り戻せるはず。

(了)


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