千人伝(七十一人目~七十五人目)
七十一人目 星子
星子は流れ星と流れ星がぶつかった瞬間に交接して生まれた子である。
空から落ちた星子は落ちる星の生物に似せて体を作った。
血液の代わりに極小の星々が体を巡っている。怪我をすればきらきらと星がこぼれて瞬く。眼球の大半はキラキラしているからその前に立つと眩しくて眼を閉じてしまう。
星子は地上を走る流れ星に出会うことはなかったので生涯独身を通した。
流れ星同士の衝突は星子の生まれた時以降一度も起こらなかった。
七十二人目 墨汁肩
肩の窪みをグレノイドと呼ぶ。グレノイドに墨汁を貯め、そこに筆を浸けて、なおかつ墨汁を一滴もこぼさずに字を書く書家が墨汁肩である。
自身で試してみるとわかるが、ろくに動きもない地味なパフォーマンスとなる。墨汁肩はパフォーマンス中どころか、風呂に入る時すらグレノイドから墨汁を垂らさなかった。
その結果どうなったか。
彼は栄光を手にしたりしなかったし、弟子も出来なかったし、その芸は誰も継承しなかった。
彼は自分のグレノイドで硯を作ってくれと遺言を残して亡くなったが、もちろん無視された。
七十三人目 チェンジリンク
チェンジリンクは関わりを間違え続けた。
これから買い物に行くという時に、買う物のメモを記した。ティッシュで鼻をかんだ。汚れたティッシュを財布に入れ、買い物メモをゴミ箱に捨てた。
彼は家庭に入れるべきお金を全てギャンブルに注ぎ込んだ。
雨の日に歩きながら本を読み、晴れた日に全身合羽に身を包んで全力疾走した。
アイスクリームを溶けてから食べ、鍋物はシャーベットにして噛み砕いた。
彼は隕石に衝突しても生き延びたが、豆腐の角に頭をぶつけて亡くなった。
七十四人目 氷間人
ひょうかんじんと読む。氷と氷の隙間に水が流れていることがある。不純物が混ざり、凍ることの出来ない水が氷と氷の間に取り残されたのである。そこに微生物が棲み着くことがある。氷間人は微生物の代わりに誤って人が入り込んで生き延びた例である。
そんなわけで氷間人は非常に寒さに強く、今後世界が氷で覆われた際にも彼らの細胞を移植して現存人類を強化させることが出来れば、生き延びることが出来るのではないかと期待された。
残念ながら唯一生きて発見された氷間人は、発見者への恋愛感情により自然発火して燃え尽きた。
七十五人目 酔泳
すいえいと読む。酔うと泳ぎ出す男であった。
雨上がりに酔えば水溜まりで。街中で酔えばプールを探して泳いだ。海辺で飲めば隣の国まで泳いだ。
酔泳は酒をやめるとすぐに太った。身長体重ともに五倍六倍となるため、周囲の人間は彼の健康を壊すために酒を薦めた。飲めば酔うし酔えば泳ぐし泳げば痩せた。太平洋横断時に痩せ過ぎてプランクトンほどとなり、クジラに呑まれた。クジラの中で酒を飲めない日々が続いたために、膨れ上がった彼はクジラの腹を破って生き延びた。
入院費用にあてさせていただきます。